粟津駅 (滋賀県)
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粟津駅(あわづえき)は、滋賀県大津市別保一丁目7-6にある、京阪電気鉄道石山坂本線の駅。
「粟津」という駅名を名乗ってはいるが、滋賀県大津市粟津町の最寄り駅は当駅ではなく、1駅石山寺駅寄りの京阪石山駅である。
ローマ字表記はAWADUではなくAWAZUである。
駅構造
相対式2面2線ホームをもつ地上駅。駅舎(改札口)は坂本方面行ホームの浜大津寄りにあり、反対側の石山寺方面行ホームへは構内踏切で連絡している。改札口には窓口・自動改札機(PiTaPaなどICカード専用)が設置されている。
早朝と夜間には無人となる。土休日は駅員配置時間がさらに短くなる[1]。
のりば
(駅舎側) | テンプレート:Color石山坂本線(下り) | 浜大津・坂本・京都・大阪方面 |
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(反対側) | テンプレート:Color石山坂本線(上り) | 京阪石山・石山寺方面 |
※ホーム有効長は2両。のりば番号は設定されていない。
駅周辺
- 日本電気硝子
- ルネサス セミコンダクタ マニュファクチュアリング 滋賀工場(旧・ルネサス関西セミコンダクタ)
- 大津市立粟津中学校
乗降客数
1日:993人(2003年11月調べ)
歴史
太平洋戦争末期から終戦直後にかけて、京都市内から出る屎尿を当駅まで運ぶ貨物輸送が行われたことがある(鉄道による糞尿輸送を参照)。
- 1913年(大正2年)5月1日 - 大津電車軌道膳所(現・膳所本町)~別保間開通と同時に、別保駅として開業。当初は終着駅で現在の瓦ヶ浜駅付近にあった。
- 1914年(大正3年)1月12日 - 当駅から石山駅前(現・京阪石山)まで路線延伸。途中駅となる。
- 1914年(大正3年)1月17日 - 現在地に移設。同時に粟津駅に改称。
- 1927年(昭和2年)1月21日 - 会社合併により琵琶湖鉄道汽船の駅となる。
- 1929年(昭和4年)4月11日 - 会社合併により京阪電気鉄道石山坂本線の駅となる。
- 1943年(昭和18年)10月1日 - 会社合併により京阪神急行電鉄(現・阪急電鉄)の駅となる。
- 1949年(昭和24年)12月1日 - 会社分離により改めて京阪電気鉄道の駅となる。
隣の駅
- 京阪電気鉄道
- テンプレート:Color石山坂本線