環状4号線 (横浜市)
環状4号線(かんじょう4ごうせん)は、横浜市の主要な環状道路の一つ。市内の4つの環状道路の最も外側を通る。 都市計画道路としての名称は横浜国際港都建設計画道路3・4・3環状4号線。一部区間は神奈川県道23号原宿六ツ浦線として、また、一部区間は横浜市道環状4号線として主要地方道に指定されている。横浜市主要地方道として18号という番号を持っており、道路標識等にも表示されている。横浜市内の主要な環状道路として「3環状10放射」の一つを構成する。略称は環4(かんよん)。
概要
市の最も外郭を通る環状道路で、金沢区から栄区、戸塚区、泉区、瀬谷区、緑区を経て青葉区に至る。鎌倉市内を通過する540mを除いて、横浜国際港都建設計画道路3・4・3環状4号線として都市計画決定されているが、市道等としての区間は5つに分かれる(後述)。
2006年(平成18年)3月6日に戸塚区深谷町 - 泉区下飯田町間が開通[1]したことで、西側外郭区間が環状道路としての機能を発揮するようになり、近隣の混雑緩和に寄与している。しかし、神奈川県道23号原宿六ツ浦線の区間や、海軍道路および緑区十日市場 - 青葉区鉄町間の幅員が狭いため、外環道として市域南北を結ぶ真価を必ずしも発揮できない状態である。このため、横浜市では栄区内(上郷 - 公田間)及び瀬谷区内(上瀬谷通信施設内)で優先的に整備を進めることとしている[2]。
栄区内の環状4号線区間については、横浜市が1994年(平成6年)以来、本郷小学校前交差点から公田・桂町交差点を経由して鎌倉市境に至る区間(1,160m)の拡幅整備を実施しており、2009年(平成21年)7月22日に公田交差点以西の4車線化が完了した[3]。
瀬谷区内上瀬谷通信施設内の環状4号線予定地については在日米軍の接収区域となるため、横浜市が2009年(平成21年)2月24日に防衛省に対し日米地位協定に基づく共同使用の申請を行い[4]、2011年(平成23年)8月25日に日米合同委員会の合意を得た[5]。これを受けて横浜市では平成24年度~27年度にかけて当該区間の整備を実施する予定[6]である。
路線データ
環状4号線は以下の区間に分かれている。
都市計画道路として
- 横浜国際港都建設計画道路3・4・3環状4号線 : 横浜市金沢区六浦一丁目 - 横浜市青葉区鉄町(36.55km)(ただし以下の区間を除く)
- 鎌倉都市計画道路3・5・2原宿六浦線 : 鎌倉市岩瀬(540m)
道路法の道路として
- 神奈川県道23号原宿六ツ浦線 : 横浜市金沢区六浦一丁目 - 横浜市戸塚区原宿
- 横浜市道環状4号線1308号(主要地方道18号) : 横浜市戸塚区原宿 - 横浜市瀬谷区瀬谷四丁目(主要地方道に指定されているのはこの区間だけ)
- 横浜市道環状4号上瀬谷線7165号 : 横浜市瀬谷区瀬谷四丁目 - 横浜市瀬谷区中屋敷(中瀬谷消防出張所前)
- (通称:海軍道路) : 中瀬谷消防出張所前 - 横浜市瀬谷区北町(市道として路線認定されていない)
- 横浜市道環状4号鴨志田線7161号 : 横浜市瀬谷区北町 - 横浜市青葉区鉄町
重複路線
- 神奈川県道402号阿久和鎌倉線(横浜市戸塚区・深谷交差点 - 原宿交差点)
- 神奈川県道21号横浜鎌倉線 - 鎌倉市鎌倉女子大前交差点 - 横浜市栄区公田交差点
通過地
- 横浜市金沢区
- (金沢区、栄区、鎌倉市内の詳細は神奈川県道23号原宿六ツ浦線を参照)
接続する路線
- 国道1号(戸塚区・原宿交差点)
- 神奈川県道402号阿久和鎌倉線(泉区・深谷交差点)
- 神奈川県道22号横浜伊勢原線(泉区・長後街道)(和泉坂上交差点)
- 神奈川県道45号丸子中山茅ヶ崎線(瀬谷区・中原街道)(下瀬谷2丁目交差点)
- 神奈川県道40号横浜厚木線(瀬谷区・厚木街道)(瀬谷4丁目交差点)
- 国道16号(瀬谷区・滝沢交差点 - 卸センター入口交差点の道路を介して)
- 都市計画道路山下長津田線(緑区・十日市場交差点)
- 神奈川県道140号川崎町田線 (青葉区・下台交差点)
- 神奈川県道12号横浜上麻生線(終点)
別名
- 海軍道路(瀬谷区・瀬谷中学校前交差点 - 瀬谷区・旧国道16号) - 市内2位の長距離直線道路である。戦時中は旧日本海軍補給廠(戦後は在日米軍海軍上瀬谷通信施設、現在は上瀬谷支援施設となっている)が設置され、横須賀海軍資材集結所専用線が瀬谷駅から敷設されていた。環状4号未開通区間の一箇所である。街灯設置は在るが軍事施設近傍を通過するため一部区間は夜間も点灯しない。街路樹は当時植樹されたソメイヨシノが成木化したものである。
- 産業道路(泉区・日向山団地中央 - 泉区・中和田南小学校入口) - 当該区間周辺の住民が使用している俗称である。1930年(昭和5年)から1931年(昭和6年)にかけて鎌倉郡中和田村の拡幅事業により農作業車両の通行や資材運搬に供され、俗称されている[7]。
- たつ道 - 上記の産業道路区間の別称。新田義貞の鎌倉攻めの道と言われている。
脚注・参考文献
関連項目
テンプレート:Asbox- ↑ 都市計画道路環状4号線(下飯田地区)供用開始のリリース(2006年2月21日) - 横浜市道路局建設課 - 2009年7月9日時点でのアーカイブ
- ↑ テンプレート:PDFlink(2008年5月) - 横浜市道路局企画課
- ↑ 環状4号線(公田桂町地区) - 横浜市道路局建設課
- ↑ 環状4号線(国道1号以北)唯一の未着手区間が始動 (2009年2月24日) - 横浜市道路局企画課
- ↑ テンプレート:PDFlink(平成23年8月25日) - 横浜市道路局企画課
- ↑ 都市計画道路環状4号線(上瀬谷地区)(2012年4月) - 横浜市道路局企画課
- ↑ テンプレート:Cite book