東京都交通局5000形電車 (軌道)
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東京都交通局5000形電車(とうきょうとこうつうきょく5000がたでんしゃ)とは、1930年に登場した東京都交通局の路面電車(都電)車両である。
概要
1930年(昭和5年)に三扉の東京市電初の鋼製車として12両が製造された。毎年12両ずつ量産する計画があったが当時の不況で実現せず、その後は1943年(昭和18年)に戦時下での輸送力増強のため12両が増備されるに止まり、製造は全24両となった。
1930年製の車両と1943年製の車両では台車が異なり、車体にも差異が見られる。戦災で3両が被害を受けたが2両は復旧された。1957年(昭和32年)に戦時下の製造で痛みの激しかった1943年製の車両が更新され、中央扉を撤去して前後二扉車になった。
1960年(昭和35年)に1930年製の車両も更新されたが、後扉を撤去し、中扉を後寄りに移設するなど、かなり雰囲気の違う車両になった。このほか張り上げ屋根と普通屋根の相違や、前面上部の処理など、更新後は少数派の割には個体差が大きくなった。
一部の車両が三田車庫に配属されていた一時期を除き、全車が新宿車庫(後年大久保車庫に転属)配置で、後年製造された5500形に次ぐ大型車であり、11・12系統専用で運用されたが、そもそも13m級以上の大型車が運行できる系統は一部車両の三田所属時代に限定運用され、また5500形が運用可能であった1系統ぐらいであり、他に運用できる系統がなかったことから、1967年の銀座線廃止時に他車庫からの転属車に置き換わり、全車廃車になった。