筑波山鋼索鉄道線
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筑波山鋼索鉄道線(つくばさんこうさくてつどうせん)とは、茨城県つくば市の宮脇駅から筑波山頂駅に至る筑波観光鉄道のケーブルカーである。通称は筑波山ケーブルカー。
概要
筑波山の西方の峰、男体山を登るケーブルカーで、宮脇駅は筑波山中腹の筑波山神社拝殿脇に、筑波山頂駅は男体山山頂近くの御幸ヶ原にある。線路は途中西方へカーブしており、難工事を要した斑れい岩のトンネルを通過する。
また、筑波山頂駅近くにはコマ展望台がある。十二角柱の3階建ての建物で屋上は展望台だが、レストランのある2階が360度回転する。
ケーブルカーでは車内電源用として架線が張ってあることが多いが、当路線は近隣にある気象庁地磁気観測所での地磁気観測に影響を及ぼすため架線を張らず、車内電源は車載の蓄電池によりまかなっている。ただし、駅構内にのみ交流100Vの第三軌条を敷設し、自動ドア作動用の電源としている。
路線データ
運行形態
20分間隔で運行。多客時には連続運転を行う。宮脇 - 筑波山頂間の所要時間は8分。始発は9時前後、終発は17時前後であり、季節・曜日により異なる。
車両
現在の車両は3代目で1995年に大栄車輌で製造されたものであり、定員は106名である。愛称は「つつじ」と「もみじ」であったが、2005年2月頃に塗装を赤色と緑色に変更し、同時に愛称も「つつじ」を「わかば」に変更している。旧塗装は親会社である京成電鉄のAE100形特急車に似た白地に赤と青帯の塗装であった。
開業時に導入した初代車両はA・Bの2両で、車体が日本車輌製造製の木造車体、台車・非常制動装置はテオドル・ベル製であった。戦後の再開時に導入した2代目車両は番号が同じくA・Bであった。
歴史
- 1922年(大正11年)11月16日 筑波登山鉄道に対し鉄道免許状下付[1]。
- 1923年(大正12年)
- 1925年(大正14年)10月12日 営業開始[4]。
- 1944年(昭和19年)2月11日 不要不急線として廃止。
- 1952年(昭和27年)8月28日 筑波山鋼索鉄道に地方鉄道免許[2]。
- 1954年(昭和29年)11月3日 営業再開[2]。
- 1995年(平成7年)3月1日 3代目車両運行開始。
- 1999年(平成11年)10月1日 筑波山鋼索鉄道が筑波山ロープウェーを合併し筑波観光鉄道に社名変更。
駅一覧
宮脇駅 - 筑波山頂駅
接続路線
両駅とも直接連絡している鉄道路線はなくバスなどによる連絡となる。
- 宮脇駅:筑波神社入口バス停下車、門前町を通り抜け徒歩乗り換え。
- 秋葉原駅から首都圏新都市鉄道つくばエクスプレス線で45分の終点つくば駅から筑波山シャトルバス、筑波神社入口バス停下車。
- 筑波山頂駅:筑波山ロープウェイ女体山駅まで徒歩15分。
交通アクセスは筑波山の項目も参照。
関連項目
- 日本の鉄道路線一覧
- 出没!アド街ック天国 - 番組で取り上げられたことがある。
- ちい散歩 - 番組で取り上げられたことがある。
脚注
- ↑ 「鉄道免許状下付」『官報』1922年11月18日(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ↑ 2.0 2.1 2.2 国土交通省鉄道局監修『鉄道要覧』平成十八年度、電気車研究会・鉄道図書刊行会
- ↑ 『鉄道省鉄道統計資料. 大正12年度』(国立国会図書館近代デジタルライブラリー)
- ↑ 「地方鉄道運輸開始」『官報』1925年10月21日(国立国会図書館デジタルコレクション)