中野理惠
中野 理惠(なかの りえ、中野理恵とも、1950年 - )は映画プロデューサー、出版プロデューサー、映画ディストリビューター、株式会社パンドラ代表取締役、フェミニスト。
略歴
静岡県伊豆生れ。1972年大学卒業後、大手建築会社に就職、のち外国映画の輸入・配給会社であるフランス映画社に勤務。
1970年代後半より女性解放運動(ウーマン・リブ)に参画する。反性暴力のテーマを中心として映画の自主上映の活動ののち、1987年に株式会社パンドラ(パンドラカンパニー)を設立。パンドラは、映画のプロデュース、外国のドキュメンタリー映画の輸入・配給、書籍の出版を行う。内容は多岐にわたるが、一貫してフェミニストの立場からの作品を扱っている。
映画プロデューサーとしての中野は、新人、とりわけ女性の新人作品を好んで取り上げ、ジェーン・カンピオン、ビョン・ヨンジュ、カロリーヌ・リンク、河瀬直美など多くの女性監督が世に出るきっかけをつくった。
また、スールン・ホアスやシュー・リー・チェンなど、日本で知られていない映像作家作品の商業上映を実現させ、社会教育用VTRやPRなどを演出・製作。また、聴覚障害者のため副音声つき作品の上映を商業映画で実現させる試みを行なっている。
パンドラは、1984年アカデミー賞受賞作、ゲイを正面からとらえた長編ドキュメンタリー『ハーヴェイ・ミルク』をパンドラ設立後の第一作として配給した。その後『100人の子供たちが列車を待っている』(第1回山形国際ドキュメンタリー映画祭で上映)、『X指定 陽気なアメリカ・男のホンネ』、『ビヨンド・サイレンス』、『レニ』、『ニキ・ド・サンファル 美しい獣』、『ロシアン・エレジー』、『セルロイド・クローゼット』、『ナヌムの家』、『ナヌムの家2』、『逢いたくてヴェニス』、『息づかい』など外国のドキュメンタリー映画やヴェルナー・ヘルツォーク監督作品、アレクサンドル・ソクーロフ監督作品などを商業映画館へ配給。また、主要な作品はビデオ化し、販売している。
パンドラは、女性のための手帳『月日ノオト』を毎年改良しながら、『東京おんなおたすけ本』、『東京おんなおたすけ本、part2』、『お母さんが元気に働く本:東京ママおたすけ本』など、女性の仕事や生活に直結する書籍の出版からスタート。
パンドラはその後、P・アレキサンダー、F・デラコステ編、角田由紀子解説『セックス・ワーク 性産業に携る女性たちの声』、ジニ・ニッキャーシー、スー・ディヴィットソン著『夫・恋人の暴力から自由になるために』など、フェミニストのための本、ジナ・オグデン著『セックスを愛する女性たち』やザ・ケンジントン・レディース・エロティカ・ソサイエティ著『エロティカ』などの女性のためのエロティカ作品、1970年代のウーマン・リブ運動の古典ともいえる田中美津著『いのちの女たちへ とり乱しウーマン・リブ論』の復刊、レニ・リーフェンシュタールの評伝、アリス・ギイなどの女性監督の自伝など映画関連の書籍を手がけ、ほかにも伊藤野枝の評伝、花柳幻舟が天皇に爆竹を投げつけた事件報告書『冬の花火』など、その出版領域を広げている。
著書
- 1988年12月 バーナード・エデルマン編、中野理恵監訳『ディアアメリカ 戦場からの手紙』、現代書館
- 1990年7月 福島瑞穂、中野理恵インタビュー『買う男・買わない男』、現代書館
- 1995年3月 福島瑞穂、中野理恵インタビュー『買う男・買わない男』、現代書館
- 1997年3月 スザニー・ソマーズ著、中野理惠、原田隆史訳『アダルト・チルドレンからの出発 アルコール依存症の家族と生きて』、現代書館
外部リンク
オンライン・アーティクル
- 毎日新聞の虚報に学ぶ 「憂楽帳」の虚報を考える会(Last Update:99/4/9)
- 中野理惠インタビュー「バリアフリー社会の実現に向けて 副音声付上映が社会の風景を変える」映画『ラスト・プレゼント』サイト内)
- 「韓国初の女性だけの映画制作グループ『バリト』との出会い」中野理惠(シネマ・ジャーナル1993年1月第24号)