ライン演習作戦
ライン演習作戦(独:Unternehmen Rheinübung)とは第二次世界大戦中のドイツ海軍の作戦名の一つを指す。ドイツの大河であるライン川に由来する。
概要
作戦目的は大西洋上で、水上艦隊により、英国本土への補給を断つことにある。このために、ドイツ海軍軍令部は、巡洋戦艦シャルンホルストとグナイゼナウ、戦艦ビスマルク、ティルピッツ、重巡洋艦プリンツ・オイゲン等の戦艦や巡洋艦を通商破壊戦に投入するプランを作成していた。
しかし、シャルンホルストは先の通商破壊戦の結果機関の大修理が必要であり、グナイゼナウもブレスト港内で英軍の航空機攻撃を受けて長期の修理が必要となった。また、テルピッツは訓練中で4ヶ月以上先の就役予定であった。そのため、ドイツ艦隊の戦力の充足の後、少なくともシャルンホルストの修理後に艦隊の出撃を司令長官ギュンター・リュッチェンス中将に要請した。
しかし、徐々に増強される英艦隊、高緯度地方特有の短くなる夜、アメリカ参戦の可能性、地中海の英海軍のおびき出しの可能性を主張するレーダー元帥の指令で、ビスマルク (戦艦)とプリンツ・オイゲン (重巡洋艦)の2艦のみで、1941年5月18日にゴーテンハーフェンを、ヒトラーの不安をよそに出撃した。
24日デンマーク海峡で、戦艦プリンス・オブ・ウェールズ、巡洋戦艦フッド、駆逐艦4隻からなるイギリス艦隊と遭遇し戦闘となった。この戦闘で、ビスマルクはフッドを撃沈したが、自らも被弾して小さくない損傷を受けてしまった(デンマーク海峡海戦)。この被害による燃料タンクの破損から大西洋での通商破壊作戦は中止された。この後ビスマルクはイギリス海軍の追撃を受け、25日錯誤により無線封鎖を解除した結果26日基地飛行艇に発見され、さらにジブラルタル艦隊の空母アークロイヤル機からの攻撃により舵に被雷し、操舵不能に陥った。27日に英水上艦隊に補足される。英戦艦ロドニー、キング・ジョージ五世、英巡洋艦サフォーク、ドーセットシャーとの砲戦ののち(猛烈な砲火を受けてすぐに沈黙してしまった)、英巡洋艦ドーセットシャーからの雷撃をうけたが沈没には到らなかった。しかし、航行不能となったためビスマルクは自沈(あくまでドイツ側発表)する。なお、プリンツ・オイゲンは24日にビスマルクと別れ、6月1日にブレストに帰港している。
戦闘についてはビスマルクの項が詳しい。