進化的に安定な戦略
進化的に安定な戦略(しんかてきにあんていなせんりゃく、ESS:evolutionarily stable strategy)は、進化生物学およびゲーム理論の重要な概念である。ジョン・メイナード=スミスとジョージ・プライスによって1973年に提唱された(詳細はMaynard Smith, 1982)。これは、生物の母集団のとる、「侵略されない戦略」の概念を基礎としている。仮に突然変異で対立遺伝子が発生し、別の戦略を取って他の生物に働きかけようとしても、母集団を侵略することはできず、逆に自然淘汰で排除されてしまうような戦略である。メイナード=スミスらはこの概念によってゲーム理論の有効性を広く示し、行動生態学、経済学、心理学などに影響を与えた。
歴史
この概念は1972年のプライスの動物の対立に関する論文を基盤としている。のちに精神的な不調に陥ったプライスに変わりメイナード=スミスが洗練させた。プライスの論文は ウィリアム・ドナルド・ハミルトンの「打ち負かされない戦略」から着想を得ている。違いは、「打ち負かされない戦略」が、大挙して来襲した移住者に対抗するものであるということである。これはハミルトンの性比の研究に由来し、さらにアイディアのルーツはロナルド・フィッシャーのフィッシャーの原理 (1930) やチャールズ・ダーウィンの『種の起源』にまでさかのぼることができる。
概要
戦略 X を採用している母集団に戦略 Y を採用している個体が侵略してくるとする。 その母集団内でゲームを行い、得点が高い個体が生き残るとしよう。 戦略 X が ESS とは、X 以外の、いかなる戦略 Y によっても侵略されないということである。 プレーヤーが、とる戦略を選択・変更できる場合、もとの母集団は戦略 Y に切り替えていくことになるだろう。そうなると多くの場合、戦略 Y を取る方の得点は低くなり、結局は戦略 X と戦略 Y がある割合を取って釣り合うこととなる。 ESS は、たまたま発生する侵略的戦略に対しては安定であるが、大挙して来襲する侵略者に対しては安定とは限らない。
戦略 X が ESS であるとは、以下の 2 条件を満たすことである。
X 以外の、任意の戦略 Y に対して、
- <math>E (X, X) \ge E (Y, X)</math>
- <math>E (X, X) = E (Y, X)</math> ならば <math>E (X, Y) > E (Y, Y)</math>
ここで、<math>E (i, j)</math> とは戦略 i が戦略 j と対戦した場合の i の得点である。 これはナッシュ均衡と密接に関係している。ESS は、対称ナッシュ均衡 (自分も相手も同じ戦略を取っているナッシュ均衡) を構成する戦略の部分集合である。それは、1 の条件から明らかである。
ある個体群に属する個体がみな進化的に安定な戦略を採用している時、それを進化的に安定な状態 (evolutionarily stable state) と呼ぶ。このとき採られる進化的に安定な戦略は一つとは限らず、複数の戦略が同時に存在して進化的に安定な状態を構成するとき、それらの戦略を混合 ESS と呼ぶ。
近年では、論争的な科学「社会生物学」、および「進化心理学」が、動物や人間の行動、それに社会的な構造を、進化的に安定な戦略の語を使って説明する傾向にある。(外部リンク参照)
参照
- チャールズ・ダーウィン (1859). 『種の起源』
- A.W.F. エドワーズ (1998). en:Journal of Theoretical Biology
- ロナルド・フィッシャー en:The Genetical Theory of Natural Selection. Clarendon Press, Oxford.
- W.D.ハミルトン (1967) "Extraordinary sex ratios." Science
- ジョン・メイナード=スミス and ジョージ・プライス (1973). "The logic of animal conflict." Nature
- ジョン・メイナード=スミス (1982) Evolution and the Theory of Games. ISBN
- ロバート・アクセルロッド(Basic Books, 1984) The Evolution of Cooperation 松田裕之訳『つきあい方の科学――バクテリアから国際関係まで』(CBS出版, 1987年/ミネルヴァ書房, 1998年)