猪苗代盛胤
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猪苗代 盛胤(いなわしろ もりたね、永禄8年(1565年) - 寛永18年(1641年))は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけての武将。蘆名氏の家臣。 猪苗代盛国の子で、家督と猪苗代城を譲られたが、後に父と対立し、一時、猪苗代城を隠居した父に奪われる。
生涯
1589年、摺上原の戦いで父は伊達政宗側についたが、盛胤は蘆名家にとどまり、蘆名軍の先鋒として父の手勢などの伊達軍と戦い、奮戦する。戦後は蘆名義広に従って常陸国へ落ち延びたが、後に義広の下を離れて故郷の猪苗代に戻り、同地で77歳で没した。
福島県耶麻郡猪苗代町内野には盛胤の墓が残っており、また、同町五輪原の国立磐梯青少年交流の家敷地内に盛胤を偲んで造られた五輪塔がある。