フェルナンド2世 (レオン王)
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フェルナンド2世(スペイン語:Fernando II, 1137年頃 - 1188年1月28日)は、レオン王国の国王(在位:1157年 - 1188年)。「ヒスパニア皇帝」を自称したカスティーリャ=レオン王アルフォンソ7世と王妃ベレンゲラ・デ・バルセロナの次男。トレドの出身。
1157年に父王アルフォンソ7世は死去するが、その遺言により王国を兄サンチョと分割した。サンチョはサンチョ3世としてカスティーリャ王に、フェルナンドはフェルナンド2世としてレオン王にそれぞれ即位した。
フェルナンド2世の30年の治世は、勝敗のはっきりしない対立で特徴づけられる。彼は反抗的な貴族に対して手を下さなければならず、急死した兄の後を嗣いでカスティーリャ王に即位した甥のアルフォンソ8世に摂政として干渉しようとしてカスティーリャ側の反発を受け、さらに西方のポルトガルとの間にも紛争を抱えていた。ポルトガルは1139年にカスティーリャ=レオン王国から独立していたが、王妃にポルトガル王アフォンソ1世の王女ウラカを迎えたものの彼女に拒否されたことは、フェルナンド2世とポルトガル王家(ブルゴーニュ朝)の複雑な関係を窺わせる。
1169年、フェルナンド2世はアフォンソ1世を捕虜とするが、彼はこれを政治的に利用しなかった。一方、ムワッヒド朝を破って領土を南方に拡大した。
1188年、フェルナンド2世は死去した。彼は騎士道精神に篤く強い戦士であると評されたが、政治力や組織力を示すことはなかった。王位は一人息子のアルフォンソ9世が嗣いだ。