コンテンツにスキップ

酒井忠囿

提供: Wikippe
2013年7月10日 (水) 22:31時点における119.240.153.32 (トーク)による版
(差分) ← 古い版 | 最新版 (差分) | 新しい版 → (差分)

テンプレート:基礎情報 武士

ファイル:Sakai Tadasono's Grave in Obama.jpg
空印寺の墓

酒井 忠囿(さかい ただその)は、若狭小浜藩の第4代藩主。小浜藩酒井家5代。

第3代藩主酒井忠隆の長男。貞享3年(1686年)、父の死去により家督を継いだ。元禄10年(1697年)、病気のため辞退した水野勝種に替わって、美作津山藩主森長成が徐封となった津山城の受け取りを、松平直明と共に務める[1]。宝永3年(1706年)9月8日、嗣子無くして小浜で死去した。享年37。このため、分家の敦賀藩から忠音を養嗣子に迎えて家督を継がせた。

脚注

テンプレート:Reflist

テンプレート:酒井雅楽頭家当主 テンプレート:小浜藩主