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杉山直久

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テンプレート:Infobox baseball player 杉山 直久(すぎやま なおひさ、1980年12月25日 - )は、京都府舞鶴市出身の元プロ野球選手(投手)。

経歴

プロ入り前

舞鶴市立青葉中学校から東舞鶴高校に進む[1]。2年夏の府大会にはエースとなり、2回戦で4安打完封勝利を収め[2]、続く3回戦でも綾部高校を被安打1に抑えたものの1対2で敗れた[3]。3年夏は4回戦の試合途中に右手中指の皮がめくれ、大谷高校に2対4で敗れている[4]。

卒業後は龍谷大学経済学部に進学し[1]、2年春に対京産大戦で新リーグ史上5人目となるノーヒットノーランを達成し[5]、同季の新人賞とベストナイン特別賞を受賞した[6]。同年秋の明治神宮野球大会では4強入りした。3年秋には防御率0.86で4勝を挙げてリーグ優勝に貢献し、MVPを獲得している[7]。4年になると第31回日米大学野球選手権大会の日本代表にも選ばれ、リーグ戦では植大輔と共にダブルエースとして大学通算15勝4敗、防御率1.19の成績を残した[1]。

150 km/h近い速球を持つリーグNo.1右腕として高い評価を受け[8]テンプレート:Byのドラフト会議で阪神タイガースに自由獲得枠で指名され入団。契約金は1億円+出来高払い5,000万円、年俸は1,500万円(いずれも推定)で、背番号はエースナンバーの18[9]が与えられた。

阪神時代

テンプレート:Byはキャンプの時期から三軍で基礎体力を強化し[10]、8月に一軍に昇格して3試合の登板に終わったものの投球内容は評価された[11]。翌テンプレート:By6月15日の対ヤクルトスワローズ戦で初先発しプロ初勝利を挙げた。

テンプレート:Byに球の出所が打者に見破られやすいという指摘を受け、体で球を隠す投法に改造した。同年は先発投手として一軍に定着し、5月18日の対西武ライオンズ戦では、同学年だった松坂大輔と投げ合い勝利した。9月11日の対広島東洋カープ戦ではプロ初完投・初完封を記録するなど、規定投球回数には届かなかったが9勝を挙げてリーグ優勝に貢献し2005年の日本シリーズでも登板を果たした。オフには1,500万円増の年俸3,200万円(推定)で契約を更改している[12]。

テンプレート:Byは開幕後1か月間、雨天や日程の都合で登板機会が飛び、先発して好投するも打線の援護に恵まれず、初勝利が8月末、成績は4勝4敗と伸び悩んだ。テンプレート:Byは開幕一軍を逃すも、4月に福原忍の抹消に伴い一軍昇格。しかし結果を残せず降格と再昇格を繰り返し、8月から先発ローテーションに定着したものの、終盤は打線の援護に恵まれず白星を逃し、9月の対ヤクルト戦で炎上し、降格した。

テンプレート:Byは開幕から先発ローテーションを任されるものの、雨天中止などで登板が流れがちで[13]不安定な投球も続いたため5月19日に二軍に降格。同年オフの契約更改では成績の低迷に加えて横浜ベイスターズからFA宣言していた三浦大輔の獲得をチームが目指していたことを理由に[14][15]、背番号が17に変更となった。

テンプレート:By10月9日に戦力外通告を受け[16]、12月2日に自由契約公示された。

阪神退団後

テンプレート:Byはベースボール・チャレンジ・リーグの富山サンダーバーズで選手兼任コーチとしてプレー[17]。同年10月17日、現役引退を表明した[18]。

引退後は自身が契約していたスポーツマネジメント会社オフィスSICに就職[19]。阪神時代にチームメイトだった赤星憲広のマネジメントも同社で手掛けていることから、入社後には赤星のマネジャーを務めている。テンプレート:By1月7日には、赤星が主宰する中学野球チーム「レッドスターベースボールクラブ」のピッチングコーチにも就任した[20]。

詳細情報

年度別投手成績

テンプレート:By2 阪神 3 2 0 0 0 0 2 0 -- .000 48 11.2 12 1 3 0 0 8 1 0 10 10 7.71 1.29
テンプレート:By2 13 9 0 0 0 2 2 0 -- .500 241 53.2 52 10 26 0 2 57 7 0 33 30 5.03 1.45
テンプレート:By2 23 22 1 1 0 9 6 0 0 .600 568 134.2 131 12 39 0 11 103 9 0 51 44 2.94 1.26
テンプレート:By2 17 14 3 0 1 4 4 0 0 .500 381 90.1 79 8 30 1 8 65 6 0 34 31 3.09 1.21
テンプレート:By2 20 15 1 1 0 4 5 0 0 .444 371 84.0 101 4 19 3 10 51 3 0 45 43 4.61 1.43
テンプレート:By2 9 8 0 0 0 2 3 0 0 .400 198 43.1 54 5 16 0 3 24 4 0 29 28 5.82 1.62
テンプレート:By2 2 1 0 0 0 0 1 0 0 .000 23 5.0 8 2 1 0 1 1 0 0 3 3 5.40 1.80
テンプレート:By2 7 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 28 6.1 8 0 2 0 1 3 0 0 2 2 2.84 1.58
通算:8年 94 71 5 2 1 21 23 0 0 .477 1858 429.0 445 42 136 4 36 312 30 0 207 191 4.01 1.35
  • 各年度の太字はリーグ最高

記録

投手記録
打撃記録

背番号

  • 18 (2003年 - 2008年、2012年)
  • 17 (2009年 - 2011年)

独立リーグでの成績

年

度
球

団
登

板
完

投
勝

利
敗

戦
セ
|
ブ
勝

率
打

者
投
球
回
被
安
打
被
本
塁
打
与
四
球
与
死
球
奪
三
振
暴

投
ボ
|
ク
失

点
自
責
点
防
御
率
W
H
I
P
テンプレート:By2 富山 35 1 4 7 12 .364 363 79.0 86 1 31 9 47 4 1 48 43 4.90 1.48
通算:1年 35 1 4 7 12 .364 363 79.0 86 1 31 9 47 4 1 48 43 4.90 1.48

脚注

テンプレート:Reflist

関連項目

外部リンク

テンプレート:阪神タイガース2002年ドラフト指名選手

  1. ↑ 1.0 1.1 1.2 朝日新聞、2002年11月7日付朝刊、京都地方面
  2. ↑ 朝日新聞、1997年7月16日付朝刊、京都地方面
  3. ↑ 朝日新聞、1997年7月19日付朝刊、京都地方面
  4. ↑ 朝日新聞、1998年7月26日付朝刊、京都地方面
  5. ↑ 読売新聞、2000年5月7日付朝刊、P.21
  6. ↑ 朝日新聞、2000年5月25日付朝刊、P.23
  7. ↑ 読売新聞、2001年10月24日付朝刊、P.25
  8. ↑ 読売新聞、2002年6月17日付朝刊、大阪版夕刊、P.4
  9. ↑ 読売新聞、2002年11月25日付朝刊、P.27
  10. ↑ 読売新聞、2003年2月22日付朝刊、P.25
  11. ↑ 朝日新聞、2003年9月17日付夕刊、P.5
  12. ↑ 読売新聞、2005年12月7日付朝刊、P.18
  13. ↑ 雨男杉山、先発「また流れた」岡田監督も残念がる スポーツニッポン、2008年4月18日閲覧。
  14. ↑ 読売新聞、2008年11月29日付朝刊、P.18
  15. ↑ 阪神、FA三浦獲得前に杉山の「18」剥奪 日刊スポーツ、2008年11月29日閲覧。
  16. ↑ テンプレート:Cite web
  17. ↑ テンプレート:Cite web
  18. ↑ テンプレート:Cite web
  19. ↑ 週刊ベースボール2013年7月1日号 P60
  20. ↑ 週刊ベースボール2013年7月1日号 P61