ヌレイエフ
表示
テンプレート:Otheruses テンプレート:競走馬 ヌレイエフ (Nureyev) は、サラブレッド競走馬。半妹にナンバー(父Nijinsky II。日本で種牡馬として活躍したジェイドロバリーの母)、フェアリーブリッジ(父Bold Reason。ヨーロッパの大種牡馬サドラーズウェルズ、フェアリーキングの母)がいる。名前の由来は父母の名前からの連想で、バレエダンサーのルドルフ・ヌレエフから(由来を尊重するためにヌレエフの表記も少なからず見られる)。
競走成績
1978年のキーンランド2歳市場で2億7000万円でギリシャのスタブロス・ニアルコスによって買われた。2歳時は1戦1勝。それも重賞レースでの勝利(トーマスブライアン賞)。続く3歳緒戦のジェベル賞も勝ち、3戦目は2000ギニー。ここでも1位で入線したが、競走後半における3位入線馬ポッセ(Posse)に対する進路妨害のため失格。その後感染症の病気にかかり引退した。
引退後はフランスで1年間種牡馬生活を送り、その後は32億円のシンジケートを組みアメリカへ。2001年に死亡するまで欧米で数多くの名馬を輩出した。
種牡馬実績
1987年、1997年フランスリーディングサイアー。
なお、ヌレイエフは種牡馬時代に大事故を起こしたことがある。1987年5月、放牧先で牧柵を蹴ってしまい右後肢を粉砕骨折する大事故を起こした。普通なら安楽死処分になりかねない重大なケガであったが、当時の最先端医療を駆使して奇跡的に回復し、手術から7か月後には牧場に戻って翌年から種牡馬復帰を果たした。
主な産駒
- ミエスク (1987年イギリス1000ギニー、プール・デッセ・デ・プーリッシュ、ムーランドロンシャン賞、1988年、89年ブリーダーズカップ・マイルなどG1を10勝。キングマンボ、イーストオブザムーンの母)
- ソヴィエトスター (1988年ムーランドロンシャン賞(この時の2着がミエスク)、1987年プール・デッセ・デ・プーランなどG1を5勝)
- シアトリカル (1987年ブリーダーズカップ・ターフ、ターフクラシックステークスなどG1を6勝。ヒシアマゾン、ザグレブの父)
- スピニングワールド (1996年ブリーダーズカップ・マイルなどG1を3勝)
- パントレセレブル (1997年凱旋門賞、ジョッケクルブ賞などG1を4勝)
- リームズオブヴァーズ (イギリスオークス、フィリーズマイル)
- ソニックレディ (アイリッシュ1000ギニーなどG1を3勝。ロジユニヴァースの曾祖母)
- ジルザル (サセックスステークス、クイーンエリザベス2世ステークス)
- ファスリエフ (フィーニクスステークス、モルニ賞)
- ストラヴィンスキー (ジュライカップ、ナンソープステークス)
- ウルフハウンド (フォレ賞、スプリントカップ)
- ポーラファルコン (スプリントカップ)
- ハートレイク (1995年安田記念)
- ブラックホーク (2001年安田記念、1999年スプリンターズステークス)
など多数。
血統表
| ヌレイエフの血統(ノーザンダンサー系 / Nearco 3×5=15.62%、Hyperion 4×4=12.50%) | |||
父 Northern Dancer 1961 鹿毛 カナダ |
Nearctic 1954 黒鹿毛 カナダ |
Nearco | Pharos |
| Nogara | |||
| Lady Angela | Hyperion | ||
| Sister Sarah | |||
| Natalma 1957 鹿毛 アメリカ |
Native Dancer | Polynesian | |
| Geisha | |||
| Almahmoud | Mahmoud | ||
| Arbirator | |||
母 Special 1969 鹿毛 アメリカ |
Forli 1963 栗毛 アルゼンチン |
Aristophanes | Hyperion |
| Commotion | |||
| Trevisa | Advocate | ||
| Veneta | |||
| Thong 1964 鹿毛 アメリカ |
Nantallah | Nasrullah | |
| Shimmer | |||
| Rough Shod | Gold Bridge | ||
| Dalmary F-No.5-h | |||