天塩川

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
2014年4月12日 (土) 00:52時点における218.47.99.21 (トーク)による版 (関連項目)
(差分) ← 古い版 | 最新版 (差分) | 新しい版 → (差分)
移動先: 案内検索

テンプレート:Infobox 河川

ファイル:Estuary of Teshio river Aerial photograph.1977.jpg
天塩川河口周辺の空中写真。海岸沿いを約10km南流し、天塩町の中心部付近で日本海へ注ぐ。1977年撮影の18枚を合成作成。
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成。

天塩川(てしおがわ)は、北海道北部の上川総合振興局留萌振興局宗谷総合振興局の各管内を流れ日本海に注ぐ一級河川。天塩川水系の本流である。長さ256kmは北海道内で2番目に長く日本で4番目に長いが、大きな支流が少ないため、流域面積は5,590km²で10番目にとどまる。 北海道遺産。

川名の由来

アイヌ語の「テシ・オ・ペッ」(梁(やな)・ある・川 → 梁のある川)から。中流域(中川郡美深町恩根内付近)にかつて梁状の岩が川を横切っていたことに由来する。なお、この岩は水運に支障があったことから、河川改修の際に撤去され無くなっている。

地理

北海道士別市南東の紋別郡滝上町との境界に位置する北見山地天塩岳付近に源を発する。名寄盆地を北へ流れ、天塩平野に出て天塩郡天塩町幌延町の境界を西へ流れる。海岸目前で南に向きを変え浜堤に沿って10kmほど流れ、天塩町の市街地前で日本海に注ぐ。

過去には水運が利用されていた。1900年(明治33年)の長門丸の就航に始まり、士別1901年)や名寄1904年)と河口の間を往復していた。1909年(明治42年)からは小蒸気船が遡行しはじめ舟運がさらに活発になった。運行は4月中旬から11月下旬に限られ、冬は河川の凍結のため休業となった。大正時代に入り、川沿いに宗谷本線が開業すると、水運はその役目を終えることになった。[1]

和人入植以来、数次に渡り流路変更等の河川改修を行ってきた結果、その全長は明治時代初期より大幅に短くなっている。また、下流部を中心に河川改修跡である三日月湖が沿川に多く見られる。

流域の自治体

北海道
士別市名寄市中川郡美深町音威子府村中川町天塩郡天塩町幌延町

支流

括弧内は流域の自治体

  • 似峡川(士別市)
  • ペンケヌカナンプ川(士別市)
  • 剣淵川和寒町剣淵町、士別市)
  • 新タヨロマ川(士別市)
  • 日向川(士別市)
  • 風連別川(名寄市) - 多寄間川(士別市、名寄市)
  • 名寄川(下川町、名寄市)
  • 内淵川(名寄市)
  • 吉野川(名寄市)
  • ペンケニウプ川(美深町、名寄市)
  • ウルベシ川(美深町)
  • 美深パンケ川(美深町)
  • 音威子府川(音威子府村)
  • 安平志内川(中川町)
  • 問寒別川(幌延町)
  • 雄信内川(天塩町)
  • サロベツ川稚内市豊富町、幌延町)

並行する交通

主な橋梁

脚注

テンプレート:Reflist

関連項目

外部リンク

テンプレート:一級水系

テンプレート:北海道の一級水系
  1. 北海道庁『北海道名勝誌』、1911年、75-76頁。