T・レックス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
T.レックスから転送)
移動先: 案内検索

テンプレート:Otheruseslist テンプレート:Infobox Musician T・レックス (T.Rex) は、イギリスグラムロックバンド

メンバー

ギター、ヴォーカル (1967-1977)
パーカッション、ヴォーカル (1967-1969)
パーカッション (1969-1974)
ベース (1970-1976)
ドラムス (1971-1973)
  • ポール・フェントン
ドラムス (1973-1975)
ギター (1973)
キーボード (1973-1977)
  • デイヴィー・ラットン
ドラムス (1973-1976)
キーボード、ヴォーカル (1973-1976)
ギター、ヴォーカル (1976-1977)
ベース (1976-1977)
ドラムス (1976-1977)

略歴

1947年に生まれたマーク・ボランがリーダー。1970年代前半にグラムロックと呼ばれるムーブメントを巻き起こす。デヴィッド・ボウイやロキシー・ミュージック、モット・ザ・フープルなどとともに、グラムロックを代表するアーティストである。その官能的な音楽は、T・レクスタシーと言われた。

1968年にデビューした頃はアコースティック・ギターとヴォーカルのマーク・ボラン、パーカッションのスティーヴ・トゥックの二人組で、ティラノザウルス・レックスTyrannosaurus Rex)と名乗り、フォークロック・グループとして一部でカルト的な人気を誇った。デビューアルバム『ティラノザウルス・レックス登場!!』をリリースし全英15位を記録。その後、新しいパートナーにミッキー・フィンを迎え、エレクトリック・ギターを導入したのは1970年だった。

1970年12月に「T.Rex」とバンド名を短縮、「ライド・ア・ホワイト・スワン」の大ヒットでスターダムに。71年にベースのスティーヴ・カーリーとドラムのビル・レジェンドが加わり、4人組のバンドになって初めてのアルバム『電気の武者』がUKチャート1位の大ヒット。「ゲット・イット・オン」「ジープスター」といった人気シングルも生まれ、グラムロック・グループとして一斉を風靡。第2のビートルズと言われた。また、デビュー当初からのプロデューサーであり、ストリングスを大胆に用いた独特のサウンドを構築したトニー・ヴィスコンティも、彼らの成功に伴って名声を得る。

1972年に『ザ・スライダー』、1973年には『タンクス』と次々にヒットアルバムを出す。さらにシングル「メタル・グゥルー」「チルドレン・オブ・ザ・レボリューション」など、数多くの大ヒットを連発していった。日本でも武道館公演を行なうほどの人気で[1]、1973年にリリースされたシングル、「20センチュリー・ボーイ」は当時の日本盤の発売元、東芝EMIのスタジオでレコーディングされた[2]。しかし、アメリカでヒットしたのは「ゲット・イット・オン」1曲だけで、大きな成功をおさめることができなかった。

1974年に入るとグラムロックブームが終わり、急速に人気はしぼんでいった。人気急落後のマーク・ボランは、もともと利己的だった性格が、手が付けられない程になり、全盛期を支えた仲間が次々と去り、自身の麻薬中毒ともあいまって、危機的な状況を迎える。この時期の楽曲はブラック・ミュージック色を取り入れたもので、現在ではそれなりに評価されているが、不摂生の祟ったマークは太ってしまい、ビジュアル面で精彩を欠いたことも致命的であった。やがて、息子の誕生などを機に、再起をかけて生活を改め、バンド・メンバーも一新。当時勃興しつつあったパンク・ロックにも興味を示し、人気・評価は徐々に持ち直しつつあった。

黒人女性シンガーのグロリア・ジョーンズとは、1969年に最初に出会い、1972年に再会し、恋愛関係になっていた。マークが恋人だったジューン・チャイルドと1970年に既に結婚していたために、グロリアとは婚姻届なしの事実婚となった。1975年に二人の間には男の子も誕生した(ロラン・ボラン:Rolan Bolan)。しかし、1977年にグロリア・ジョーンズが運転する車が街路樹に激突し、同乗していた彼は29歳の若さで世を去ってしまった。

バンド名がT.Rexとなってからは、殆どマークのソロプロジェクト状態だったが、後年はそれがより鮮明になっていた(アルバム『ズィンク・アロイと朝焼けの仮面ライダー』などはマーク・ボラン&T.Rex名義でリリースされている)。そのため、彼の死でT.Rexは活動を休止した。

Mickey Finn's T. Rex

マークの死後20年経った1997年、T.Rex に最も長く在籍したメンバーであったミッキー・フィンと、末期のT.Rexに関わったセッション・ドラマーのポール・フェントンが中心となって、「Mickey Finn's T. Rex」名義で活動を始めた。その後、2003年にフィンがアルコール性の肝臓病で死去すると、残されたメンバーは、名前をT.Rexに変更して活動を続けた。しかし、2008年にT.Rexファンから抗議を受けて、名義を「Mickey Finn's T. Rex」に戻した。現在の名義はフィン家と、T.Rexの法的権利を管理する団体TAGの承認を受けている。

ディスコグラフィー

ティラノザウルス・レックス

T・レックス

日本公演

関連項目

脚注

テンプレート:Reflist

外部リンク

  • ただし、この公演を実際に観ていた近田春夫によれば、あまりの下手さに「今なんの曲を演奏してるのかわからない」くらいだったという
  • こういった日本での成功の為か、2006年頃からテレビ番組や映画のテーマソングやCMソングで頻繁に使われるようになった。テレビ番組では「メッセ弾(番宣・エンディング)」(テレビ大阪)」、「オリキュン(オープニング)」、「めちゃ×2イケてるッ!(BGM挿入曲)」(以上フジテレビ)、「カープ応援中継“勝ちグセ。”(オープニング・ハイライト)」(広島ホームテレビ)CMでは「トヨタ・ヴォクシー」、映画では『20世紀少年(実写版)』(原作・浦沢直樹、そもそも同曲が名の由来)といった数多くの作品のテーマソングやBGMとして使用されている。