ルガーP08
ルガーP08(Luger P08)は、ヒューゴ・ボーチャードが開発した大型拳銃ボーチャードピストルを原型にゲオルク・ルガーが改良・開発したドイツ製自動拳銃である。「P08」はドイツ軍での制式採用名である。口径は9mm(9mm×19パラベラム弾)を使用。装弾数はシングルカラム・マガジンによる8+1発である。支点で二つに曲がって伸縮する独特なトグルアクション機構の動きから、尺取虫という通称があった。
歴史
ヒューゴ・ボーチャード(フーゴ・ボルヒャルト)が1880年代末期に設計した特異な構造のトグルアクション式大型自動拳銃「ボーチャードピストル」は、ボーチャードの設計を買い取ったドイツ武器弾薬製造社(DWM)が製造していた。
この銃の米海軍への売り込みに失敗したDWM社の技師ゲオルク・ルガーは、ボーチャードピストル失敗の原因が、拳銃としては極度に過大な大きさ、外付けのストックを装備しないと扱いにくいバランスの悪さにあると考えて、撃発機構をベースにしながら両手保持可能な実用的サイズに小型化する改良、試作を行い、1900年に、P08の前身となるモデル1900を開発する。トグル・アクションのアイデアを除けば、モデル1900以降のDWM製軍用自動拳銃開発にボーチャードはほとんど関わっていない。
ルガーP08の原型は1893年に完成し、1900年に7.65mmパラベラム弾を使用するパラベラムP1900が発表された。これは同年スイス軍に制式採用されたほか、民間用としてブルガリアでも発売された。1902年には9mmパラベラム弾を使用するモデルP1902が開発され、翌年アメリカ陸軍がトライアルを行ったが落選した。
部品数が多く生産コストの高い銃であったが1904年には改良型がドイツ海軍に、そして1908年にはドイツ陸軍に制式採用され、第一次世界大戦から第二次世界大戦を通じて1943年まで生産され続けた。1938年に後継モデルのワルサーP38が制式採用されるまでの約30年間、ドイツ軍の制式採用銃であった。また、ナチスが台頭してからは主力制式拳銃の座を退くものの、自費で本銃を購入して使いつづけるものも多く[1]、第2次世界大戦中も、ワルサーP38の供給不足をまかなう形で、引き続き生産、使用された。そのため、「ナチスの拳銃」というイメージで知られている[1]。その過程における最大の改良は、グリップ内背面に収められるリコイル・スプリングを当初長い板バネとしていたため発射時の瞬間的衝撃で折れて破損しやすかったところ、1906年にコイルバネに変更したことで、耐久性が大幅に高まったことであった。
ボーチャードはボーチャード・ピストルと同時に7.65mmリムレス・ボトルネックカートリッジを開発している。これは後に7.63mmモーゼル・カートリッジとなり、モーゼルC96やトカレフTT-33などで採用され東側の主力軍用拳銃弾となる。一方、ルガーの開発した9mmパラベラムはルガーP08の他にワルサーP38などで採用され、その後軍用拳銃の傑作銃ブローニングHPの使用弾として50ヶ国以上の軍隊で採用された。これら自動拳銃用のリムレス弾丸は、結果として銃本体以上の成功を収めるに至った。
- 1885年 - マシンガンにマキシムがトグルロックを初めて採用。
- 1893年 - ヒューゴ・ボーチャード、トグルアクションの自動拳銃の特許取得。
- 1896年 - ボーチャードピストル販売開始。
- 1894年 - ゲオルク・ルガー、米海軍にデモンストレーションを行うが不採用。
- 1900年 - ゲオルク・ルガー、口径7.65mmのM1900を開発。
- 1901年 - スイス陸軍に制式採用。後にノルウェー、オランダ、ポルトガル、ルクセンブルク、ブラジル、チリで制式採用。オーストリア、カナダ、スウェーデン、ノルウェー、オランダ、ロシア、スペイン、ブルガリアでもトライアルが行われているが不採用。
- 1901年 - 米軍でトライアル。1000丁購入されたが、当時リボルバー志向が強かった米軍ではまったく不評で倉庫入りとなる。
- 1902年 - 9mmパラベラム開発。9mmルガーの原型ができる。
- 1904年 - ドイツ海軍で採用。
- 1906年 - リコイルスプリングを撃発折損しがちな板バネから丈夫なコイルスプリングへ変更。これを境に以前をオールド・モデル、以降をニュー・モデルと分類。
- 1906年 - 使用弾を.45ACPにしたモデルを米陸軍のトライアルに提出するがまたも不採用。
- 1908年 - ドイツ陸軍で制式採用。グリップセイフティを省略。
- 1914年 - 第一次世界大戦勃発。ドイツ軍主力拳銃となる。ネイビー、カービン、アーティラリー、スネイルマガジンなど多数のモデルが派生。
- 1930年 - DWM社がモーゼル傘下に。以降モーゼル社マーク入り。
- 1938年 - ワルサーP38がドイツ軍に制式採用。
特徴
ルガーP08の独特な作動方式は「トグルアクション」と呼ばれるショートリコイル機構の一種だが、直後の時期にコルト・ガバメントによってより単純で信頼性の高いティルトバレル方式が確立されて以降、この機構を使用した拳銃は存在しない。撃発方式はストライカー式であり、大口径の拳銃としては珍しい。トリガーガードと引き金の隙間が狭く、手袋をした手では扱いづらい。
自動拳銃としてはきわめて初期の設計で、部品数が多く、職人の手作業による高い工作精度による削り出しで部品の多くが作られている。部品には全て同じ刻印がされており、刻印が異なるルガーどうしではパーツの互換性が無い。さらに高い必要工作精度は砂埃などの汚れに弱かった。また分解にねじ回しや専用工具を必要とする部分が多かった。要するに機械としての完成度は高いが、武器としての大量生産性や、劣悪な使用環境での耐久性、整備性などは考慮されていなかった。
操作
トリガーガード後部左側面にあるボタンを押しながら弾倉をグリップに装填し、トグルを後ろに引き上げて離すことで第一弾が装填される。薬室に実弾が装弾されているときはエキストラクターが上に持ち上がって装填状態であることを表示する。この状態でセーフティ・レバーを下に押し下げるとシアーバーがロックされて安全装置がかかる。最終弾を撃つとトグルが持ち上がった状態で保持されるので、弾倉交換後トグルを少し後ろに押し下げて離すと保持が解除され、再度初弾が装填される。不発が発生した場合、再度ストライカーをコッキングする手段は無いので、トグルを引いて不発弾を排莢することになる。
また、薬室に実弾が装填されている状態で、しばしば安全装置が機能せずに暴発することがあり、この欠点を改善したワルサーP-38が後に独軍に正式採用されたという説がある。
オリジナルのルガーはヨーロッパ製の軍用9mmパラベラムにあわせて製作されているため、アメリカ製のやや弱い9mmルガー弾を使用すると作動不良を起こすことがある。また、撃針の先が鋭いので、プライマーが薄いカートリッジを使用するとプライマーを突き抜けて爆風を浴び、破損する場合がある。
バリエーション
- ルガーP08 マリーネ(ネイビー)
- ドイツ海軍用6インチ銃身モデル。2段切り替え式のリアサイトを、トグル後部に有する。
- ルガーP08 ランゲ・ラウフ(アーティラリー)
- 陸軍用8インチモデル。ロングバレルによる長射程を想定した特異な重装備型で、8段のタンジェントサイトを、バレル基部に有する。銃床と、スネイルマガジンと呼ばれる32発の多弾装マガジンが装備されている。“アーティラリー”は砲兵の意であり、スネイルマガジンはMP18(短機関銃)にも使用可能である。自動小銃実用化以前の1910年代、大型の手動ライフルよりも軽便でありながら一定の威力があるカービン銃代用品として、一部の兵士へ供給された。
- マリーネP04/ルガーM1904
- 海軍採用6インチ銃身モデル。グリップ・セーフティを有しているうえ、セーフティ・レバーは上に押し上げてロックという点が、P08マリーネとの目立つ相違点である。
- モーゼル ニュー・パラベラム・ターゲット
- 第二次大戦後に発売された、モーゼル社製のルガーP08復刻版。スイスのSIGはDWMからのライセンスにより、スイス軍向けにM06/29としてルガー・ピストルを生産していたが、設計が旧式化したことから代替としてフランスSACM社の「ペッターM1935」自動拳銃を技術導入・改良、1949年にP49としてスイス軍に制式採用された(市販モデルはSIG・P210と呼ばれる)。P49採用で不要となったルガー・ピストル生産ツールはその後もSIGに保管しており、1960年代後期に至ってルガーの人気の高さに目を付けたモーゼル社が、SIGの生産設備を入手、マニア向けの生産を再開した。「ルガー」の名はアメリカの銃器商・ストーガー社が商標取得していたため、これを避けて別称の「パラベラム」として販売されている。当初スイス軍向けモデルに見られたグリップ形状のストレート化改変を踏襲していたが、その後グリップ形状は下端に突起のある本来の形状に変更された。オリジナルのものより銃身が太くなっている。
逸話
ナチスの幹部たちは金メッキされた特注のルガーP08を贈り合った[2]。ドイツ空軍総司令官であり、アドルフ・ヒトラーの片腕とされたヘルマン・ゲーリング国家元帥もP08を好んでおり、後継のワルサーP38が開発された後も、空軍の制式拳銃としてP08を採用し続けた。これは、ゲーリンクが当時のP08の製造元であるクリークホフ社の株主であった事も関係している。国家元帥昇進の際には、クリーフホフ社より2挺の文様入りのP08を贈られている(シリアルナンバー16999と17239)。この2挺は銃本体と弾倉を艶消し銀色のサテン・クロームメッキとし、樫の葉をモチーフにした文様が彫刻されている事は共通であるが、文様のパターンは両者でやや異なっており、またグリップがNo.16999は銃本体と同様の文様が彫られた象牙製、No.17239はチェッカー入りのウォールナット製という点も異なっている。この2挺のP08は、通称「ゲーリング・ルガー」と称される事が多い。
第一次世界大戦・および第二次世界大戦で、ヨーロッパ出征アメリカ兵たちの間で本銃は最も人気の高い戦利品とされた。独特の設計と凝ったメカニズム、品位のある外観から、現在でも収集家の間で高値で取引され、状態のいいものに1750ドル(140万円以上)の価値がついたこともある。米国内では複数のメーカーからルガーP08のコピー銃も販売されている。
日本軍がオランダ領東インドに侵攻した際、降伏したオランダ軍から本銃約3,000丁が接収され[3]、菊紋を彫り込まれて日本軍将兵に使用された。特に日本軍では、将校の制式拳銃の規定がないので、日本軍将校は世界各国の好きな拳銃を自費購入して装備していたため、重宝されたという。今日では「菊ルガー」の通称で貴重品とされている。
ヨーロッパ諸国ではパラベラムピストルとも呼ばれ、米国ではルガーと呼ばれる。「ルガーP08」とはアメリカ合衆国でのパラベラム拳銃輸入元となった商社のストーガー社が、本来の名前である「パラベラム・ピストーレ」では市場においてインパクトが無いということで、ルガーの名を勝手に冠し、ドイツ軍の制式名「Pistole 08(ピストーレ ヌル アハト)」を略して付けたものである。しかし、「フォルクスワーゲン・タイプ1」をして「ビートル」と通称させた結果、後年にはフォルクスワーゲン社に名称が逆採用されたような風潮と同様、「ルガーP08」も、最早正式名称と言って良いほどに浸透している。アメリカの大手銃器メーカー、スターム・ルガー(Ruger)社とは、銃もゲオルグ・ルガー技師も無関係である。
自動拳銃用の弾丸として広く使われている9ミリパラベラム弾は、この銃のために開発されたもので、俗に9ミリルガーとも呼ばれる。「パラベラム」とは、ラテン語で「平和を欲するなら戦争に備えよ」という箴言から採られ、「戦争に備える」の意味。ラテン語ではパラ・ベルーム。