D.I.E.

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DIE(ダイ、本名:野澤 大二郎(のざわ だいじろう)、1964年2月15日 - )は東京都出身のミュージシャンキーボーディストとしてのスタジオミュージシャンでもある。 北区立赤羽台東小学校北区立赤羽台中学校東京都立板橋高等学校学習院大学出身。本名は乃澤とされているが野澤が正しい。

概要

  • hideX JAPAN)のソロ活動の初期からのサポートメンバー(バックバンド)であり、「hide with Spread Beaver」のメンバーにも当たる。同じメンバーのCHIROLYNと共に、通常のサポートメンバーの枠を超えて色々な意味で暴れ、「珍獣」や「怪人」とも呼ばれた。
  • 一時期、DER ZIBETGLAYのサポートメンバーとしても活動していた。
    • (GLAYのサポートをしていた時代は、TAKUROと共にコーラスに参加している。97年秋頃、頭髪をモヒカンにして、数あるサポートメンバーの中でも際立つ存在になる。)
    • 特にDER ZIBETではライブだけでなく、アルバム『HOMO DEMENS』(1990年)全曲で演奏に参加しており、その際、かなり自由にやらせてもらえたことがその後の活動のきっかけになったとのこと。ちなみアルバム『POP MANIA』(1994年)収録の「ぜんまい仕掛けのピエロ」では演奏だけでなく作曲でも関与している。
  • 2006年10月にミュージシャン名「D.I.E.」から「DIE」へ改名。
  • 2007年5月19日YOKOHAMA 7th Avenueのライブをもって、PATA率いるRa:INの正式メンバーとなる。

エピソード

  • 1996年9月8日千葉マリンスタジアムで行われたhideのライブの最中ステージから飛び降りた際、左足かかとを骨折する。そのため同年に行われた『hide solo tour 1996-PSYENCE A GO GO』はギプスをして参加する。ちなみにその時のギプスはツアーファイナルの仙台公演のときに客席に投げている(なお骨折したときの映像は全国のライブ会場で流され、のちに発売されたビデオにもしっかり収録されている)。hideからは「キィボードなのに、なぁぜか骨折」と、MCのネタにされていた。
  • 『PSYENCE A GO GO』にはD.I.E.のソロコーナーがあったが、その際カスタム車椅子に乗って『NATURAL BORN ONANIST』をティッシュペーパーを撒き散らしながら熱唱する。このカスタム車椅子は火花が出る仕掛けがあったが、1996年9月28日金沢公演において車椅子を押していたhideの衣装が燃える珍事が起きる(この時D.I.E.は真後ろでhideが素になっていることに気付かずティッシュを撒き散らしていた)。

ディスコグラフィー

シングル

アルバム

ビデオ

関連項目

外部リンク

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