都之城

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

テンプレート:Coor title dms 都之城(みやこのじょう)は、宮崎県都城市都島町にある城郭である。都城とも表記する。別名を鶴丸城。形式は山城

概要

ファイル:MIYAKONOJOU 022.JPG
都城歴史資料館

天授元年/永和元年(1375年)、島津氏の支族である北郷氏(都城島津氏)第2代当主北郷義久が築城し、以後北郷氏の本城となる。都島に築城された故に都之城と名付けられ、後に一帯の地名の由来となった。築城後の天授5年/永和5年(1379年)、宗家で従兄の島津氏久室町幕府九州探題今川了俊と争い、北朝から南朝方についたため、了俊の5男満範が率いる南九州の国人衆の大軍を迎え撃つこととなるが、辛くもこれを撃退している(蓑原の合戦)。

伊集院氏が支配していた慶長4年(1599年)には庄内の乱の本拠地となった。庄内の乱後、再び北郷氏支配となるが、元和元年(1615年)、一国一城令により廃城となり、北郷氏は現在の都城市役所敷地内にあった領主館に移る。

現在の城址は城山公園として整備され、本丸跡には城郭風建築の都城歴史資料館が建てられている。また、本丸から掘割を渡った西城跡地には、神武天皇を祭る狭野神社西諸県郡高原町狭野神社を分祠したものか)が建立されている。なお、南側は日豊本線により分断されており、さらに南まで城域を有していたが、現在では住宅地となっている。

関連項目

テンプレート:Pref-stub