近接信管

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ファイル:MK53 fuze.jpg
VT信管の構造(MARK53型信管)

近接信管(きんせつしんかん)とは、砲弾レーダーなどを組み込み、目標物から外れても一定の範囲内に目標物などが入れば起爆する信管をいう。太平洋戦争期間中にアメリカ海軍の艦対空砲弾頭信管に利用されて命中率を飛躍的に向上させる効果が確認されたことにより注目された。目標検知方式はレーダー以外に光学式、音響式、磁気検知式の信管が開発され魚雷等の信管にも応用されている。

優れている点は目標に直撃しなくても、その近くで爆発することにより、砲弾を炸裂させ目標物に対しダメージを与えることができる点にある。

現在の正式な呼称は "Proximity fuze"。太平洋戦争当時のアメリカ軍の情報秘匿通称から「VT信管」(Variable-Time fuze) と俗称される。またこの信管を「マジック・ヒューズ」と呼称していたこともある。

歴史

軍艦の高角砲の砲弾に近接信管のついたものを使用することによって、それまでの時限式の信管の砲弾に比べて数倍の防空能力を得ることができた。

ジョンズ・ホプキンス大学応用物理学研究所のマール・チューヴ博士主導のもと、アメリカ海軍が協力し1942年1月に試作品が完成した[1]。 1943年1月、ガダルカナル島の近くで行動中の軽巡ヘレナが九九式艦爆を撃墜したのがVT信管による最初の戦果である[2][3]マリアナ沖海戦でも使用され、日本海軍艦載機に大きな損害を与えた。

マリアナ沖海戦で日本海軍が一方的敗北をした理由の1つとしてこの近接信管により日本機が多数撃墜されたからかのような説が散見されるが、実際には優秀なレーダー網と航空管制による効果的な迎撃と航空機の性能差により日本機は艦隊上空に到達する以前に大半が撃墜されてしまっており、対空砲火で撃墜された割合は被撃墜378機のうち19機と少ない。またマリアナ沖海戦時点では近接信管の製造が間に合っておらず、アメリカ艦隊が発射した全高角砲弾のうち近接信管弾が占める割合は20%程度であった。

従来の信管は時限式の信管であって、目標の高度、速度等から予測される接触未来位置までの到達時間をあらかじめセットして発射し、発射後、一定時間後に爆発する仕組みだった。近接信管は、信管内に仕込まれた小型のレーダーによって、敵機が弾丸の15m以内を通るだけで爆発する仕組みである。この信管によって、以前よりも命中率が大きく向上したとされる(英語版en:Proximity fuzeでは7倍となっている)。

特別攻撃隊の項目に米軍の対空砲火の有効性に対する表があるので参照されたい。

構造

開発当初は真空管を用いており、発射の衝撃に耐えられるように樹脂などで周囲を固めると共に、中の部品にも特別なものを使っていた。そのため、VTはVacuum tube(真空管)のことだと説明されていることもあるが、Variable Timing(可変時間)の略であり、この説明は誤りである。VT信管が出現する前は対空砲弾は目標敵機周辺で砲弾が炸裂するよう距離にあわせて時限信管を使っていたが、時間設定精度が悪いうえ距離も刻々変わるため、目標の遥か手前で炸裂したり、遥か後方で炸裂したり炸裂タイミングの調定が大変困難で当たらなかった。

使用周波数は70MHz帯であった。サブミニチュア真空管3本の回路である。

  • 1本は発信器兼ドップラー効果の検波器。
  • 1本はCRの高域濾波器(検出パターンの補正。作動の時間遅れと弾片の散布パターンの補正)。
  • 1本はサイラトロン(熱陰極格子制御放電管)で、ドップラーの検出レベルがある値になると放電してヒューズを溶断し、発火する。

使用弾の種類に応じて感度を調節するため、サイラトロンのバイアス回路中に可変抵抗器があった。

弾の発射直後に近接信管が発射母体自身を検知して炸裂する自傷事故を防ぐため、近接信管に組み込まれる安全装置には、次のものがある。

  • 朝鮮戦争当時使用されていたものの場合、高射砲弾に装着するものはガラスアンプルに入った電解液が発射の衝撃で割れて数分程度の電池が作動する。
  • 爆弾またはロケット弾用は、プロペラ駆動の発電機が作動する。プロペラがある回数回転したのちに近接信管が起爆回路に接続される。

ロケットの全長約2mは70MHzの電波の約半波長であり、ダブレットアンテナを構成する。

現代の近接信管は半導体使用により真空管使用より飛躍的に信頼性が高まったほか、目標物との感応距離を様々に設定できるタイプもある。

地上砲撃への応用

地上砲撃においての榴弾砲弾の作動原理は「砲弾内の炸薬爆発によって破裂した砲弾金属破片が周囲数十mに高速飛散して殺傷効果を及ぼす」というものだが、在来の着発信管(命中衝撃で炸薬に点火するもの)榴弾は砲弾断片が着弾地表面から半球状に飛散するため、塹壕(地面に掘った溝型陣地)内の敵兵に対する殺傷効果が激減するという欠点があった。

近接信管を装着した榴弾砲弾は高度50m程で地表面を検知して空中炸裂するために、塹壕内の敵兵にも頭上から断片を注いで高い殺傷効果を発揮する。これを曳火射撃という。この技術は化学兵器を充填した榴弾砲弾を最適高度で破裂させて化学兵器を散布するのにも応用される。

近接信管が秘密兵器だった時代には、敵に信管を回収される危険があったため、対地攻撃での使用は避けられていた。初めて実戦で使用されたのは、バルジの戦いにおいてであった。

その他

検知原理は当時のものと異なるが、近くを通過するだけで爆発するというコンセプトは、目標に直撃しなくても爆散する破片だけで相手に損害を与えられるため、現在でも砲弾だけでなく対空ミサイルにも使用されている。99式空対空誘導弾のように破片が目標の方向へ飛ぶように指向性をもって爆発するものや、R-77などのように電波ではなくレーザーの反射光を用いるものも開発されている。

関連項目

参考文献

  • NHK取材班編 『太平洋戦争 日本の敗因3 電子兵器 カミカゼを制す』 角川文庫 1995年 ISBN 4041954140

外部リンク


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