茨城県立水海道第二高等学校

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テンプレート:日本の高等学校 茨城県立水海道第二高等学校(いばらきけんりつみつかいどうだいにこうとうがっこう)は、茨城県常総市水海道橋本町字御城に位置する県立高等学校

通称は二高、または海二(かいに)。他の第二高校との区別のため、水海道二高(みつかいどうにこう)と呼ばれる事もある。

校風

設立当初は女子高校であったが、1995年8月、1996年度より男女共学化を決定した。

入学する男子生徒の数は年々増加しているが、現在男子生徒182人、女子生徒531人と、まだまだ女子生徒の数が多い。 共学化したことで以前よりも学力が向上したのではないかとする見方もあり、受験者数も増加している。

進学地域

学区の制限はないが、生徒の居住地域は常総市内を中心におおむね北は隣接する下妻市、南は取手市、東は隣接するつくば市西部までとなっている。

主な出身校

常総市の中学校出身者でほとんどを占める。水海道第一高等学校と比較すると、市内の中学校出身者の割合が高く、隣接自治体では守谷市つくばみらい市の中学校出身者が少ない傾向がある。

沿革

経緯

年表

  • 1911年明治44年)3月24日 - 結城郡水海道町字御城3549番地4に水海道町外六ケ村組合立実科高等女学校として創立。
  • 1915年大正4年)3月31日 - 併設されていた水海道町外六ケ村組合立小学校が解散。御城実科高等女学校に校名変更[1]
  • 1922年(大正11年)4月1日 - 茨城県立高等女学校となる。
  • 1948年昭和23年)3月15日 - 学制改革により茨城県立水海道高等女学校となる。
  • 1949年(昭和24年)4月1日 - 茨城県立水海道第二高等学校に校名変更。
  • 1954年(昭和29年)7月10日 - 結城郡水海道町が市制、橋本町を新設。当校の所在地が水海道市橋本町字御城3549番地4となる[2]
  • 1995年平成7年)
    • 4月1日 - 男女共学化及び男女共学推進指定校に指定される。
  • 1998年(平成10年) - 新校舎完成
  • 2006年(平成18年)1月1日 - 水海道市が石下町と合併し常総市となる。同時に橋本町が水海道橋本町となり、当校の所在地が常総市水海道橋本町字御城3549番地4となる。

教育組織

次の教育組織がある。

  • 全日制の課程
    • 普通科
    • 商業科
    • 家政科

教育方針

校訓

自律 協和 優雅

教育方針

学校行事

  • 御城祭

学校施設

グラウンドが他校と比較して極端に狭く、体育の授業の殆どは体育館で行われている。 その代わり、体育館は一般的な高校の体育館と比較すると極端に大きい。具体的には、バスケットボールコートなら3面、バレーボールコートなら4面(ポール設置用の穴は3面分のみ)、バドミントンコートなら6面設置出来る。さらに外周二階には観覧席もあり、大規模な試合などにも対応出来る施設となっている。 しかし建物は古く、スチールサッシの窓は開閉出来なくなっている物もある。シャワー室もあるが、使えない。 1998年に新設した校舎と比較すると、不釣り合いな感は否めない。

男子生徒の入学と共に運動部が増設されたため、1997年に河川沿いに第2グラウンドを新設したが、体育の授業で使用される事はなく、運動部の専用練習場と化している。 また河川敷にある為、台風が来ると必ず水没して使用が不可能になる。

その他敷地内に浴室や調理場を備えた大規模な合宿施設「御城会館」を持つ。 これは県などの予算で建てられた物ではなく、高校が独自に借金をし、生徒の月謝に割り増しする形で集金して返済した物である。 1990年代初頭に完済している。

生徒会活動

部活動

運動部の活動は盛んで、男子入学に伴い、野球部、サッカー部などが作られた。 中でもハンドボール部(女子のみ)は、伝統があり、全国でも著名である。

文化部では、特に演劇部の活動が盛んである。

注:(男)、(女)とつくものはそれぞれ「男子のみ」「女子のみ」を表す。

著名人

卒業生

関連項目

リンク

脚注

  1. 図説水海道市史
  2. テンプレート:Cite web

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