白鯨

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テンプレート:基礎情報 書籍 テンプレート:Portal白鯨』(はくげい、英: Moby-Dick; or, the Whale)は、1851年に発表されたハーマン・メルヴィル長編小説。たびたび映画化されている。

概要

本作品はイシュメルと名乗る主人公が語る、白いマッコウクジラ「モビィ・ディック」を巡る、悲運の捕鯨船の乗組員としての数奇な体験談の形式をとる。本書の大半は筋を追うことよりも、に関する科学的な叙述や、作者が捕鯨船に乗船して体験した捕鯨技術の描写に費やされ、当時の捕鯨に関する生きた資料となっている。

この作品は象徴性に富み、モビィ・ディックは悪の象徴、エイハブ船長は多種多様な人種を統率した人間の善の象徴、作品の背後にある広大な海を人生に例えるのが一般的な解釈であるが、サマセット・モームは逆に、全身が純白で大自然の中に生きるモビィ・ディックこそが善であり、憎しみに駆られるエイハブが悪の象徴であると解釈している[1]。イシュメルやエイハブという人名は聖書から取られている。

なお、本作の白鯨は全身が白くアルビノであるかのような印象を与えるが、新潮文庫田中西二郎訳『白鯨』(上)では「いちめんに同じ屍衣(きょうかたびら。死装束)色の縞や斑点や模様がある」という記述がある。マッコウクジラは加齢とともに、捕食するダイオウイカなどにつけられた白い引っ掻き傷が増え、一部の老齢個体の体色が薄くなることもある。作中シロナガスクジラに関しては触れられていない。

2011年、モビー・ディックのモデルとなった19世紀の捕鯨船ツー・ブラザーズ号が発見され、調査が開始された[2]

あらすじ

19世紀のアメリカ東部の捕鯨基地・ナンタケットにやってきたイシュメイル(物語の語り手)は、木賃宿で知り合った南太平洋出身の巨漢の銛打ち・クイークェグとともに、捕鯨船ピークォド号に乗り込むことになった。やがて甲板に現れた船長のエイハブは、かつてモビィ・ディックと渾名される白いマッコウクジラに片足を食いちぎられ、鯨骨製の義足を装着していた。片足を奪った「白鯨」に対するエイハブ船長の復讐心は、モビィ・ディックを完全な悪魔とみなす狂気と化していた。エイハブ船長を諌める冷静な一等航海士スターバック、常にパイプを離さない陽気な二等航海士のスタッブ、高級船員の末席でまじめな三等航海士フラスク、銛打ちの黒人ダグーやクイークェグ、インディアンのタシテゴなど、多様な人種の乗組員はエイハブの狂気に感化され、白鯨に報復を誓う。

数年にわたる捜索の末、遂にピークォド号は日本近海の太平洋でモビィ・ディックを発見・追跡するが、死闘の末にエイハブは白鯨に海底に引きずり込まれ、損傷したピークォド号も沈没し、乗組員の全員が死亡する。ひとりイシュメイルのみが、漂流の末に他の捕鯨船に救い上げられる。

映画化作品

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  • 海の野獣 The Sea Beast1928年
    ミラード・ウエッブMillard Webb)監督、ジョン・バリモア主演。サイレント映画。ただし、原作が余りに暗く難解なため、大幅にアレンジされた。足を失う前のエイハブの姿が描かれ、エイハブが愛するエスターという美女や彼の舎弟デレックなど原作に存在しない人物が登場する。更にラストはエイハブが白鯨を倒し、エスターと結ばれるハッピーエンドとなっている。
  • 海の巨人 Moby Dick1930年
    トーキー。こちらも原作をアレンジしていたと言われている。
  • 白鯨 Moby Dick1956年
    ジョン・ヒューストン監督、グレゴリー・ペック主演による3度目の映画化。『白鯨』という邦題が初めて映画にも使われた。原作に忠実に作られたが、前2作に比べて興行的に大失敗となった。暗く難解な原作を再現したため、観客が作品のストーリーや雰囲気に付いて行けなかったのが敗因と言われる。しかしその後、『ジョーズ』などの海洋パニック映画の原点として再評価された。権利関連は主演のペックが所有していた。『ジョーズ』の脚本には「鮫狩りのクイントが映画館で『白鯨』を観て、それを嘲笑う」というエピソードがあり、権利を所有するペックに許可を求めたところ、「『白鯨』を嘲笑うことではなく、単に『白鯨』が気に入っていないから、今更世間に著されるのは嫌だ」として断ったとスピルバーグは語っていることから、作品の出来に満足していなかったことが伺える[3]

その後も『新スタートレック』のジャン=リュック・ピカード艦長役で有名となったパトリック・スチュワートの主演によるテレビドラマも作られている。

備考

  • 本作には聖書のエピソードが数々登場し、エイハブ (Ahab) とイシュメエル (Ishmael) の名も旧約聖書の登場人物、イスラエルアハブ、そして、アブラハムの庶子イシュマエルに因む。
  • コーヒー店チェーン「スターバックス」の名前の由来は、本作の一等航海士スターバックである[4]。なお、白鯨中コーヒーという単語はただ一箇所でしか出てこず、しかもそれは油を使い果たしてしまった捕鯨船が無心しにきた缶を誤認したもので、スターバックがコーヒーを飲んだことも好きといったこともない。
  • スターバックとは当時ナンタケット島でよく見られた姓で、鯨取りのスターバックとはいうなればパン屋のベーカー氏、といったニュアンスである
  • 本作中、目指す最終目的地として繰り返し「日本海」の名が出るが、これは今日認められるいかなる定義よりはるかに広大な範囲(赤道付近の日本海という記述すらあり、太平洋の北西全域程度)を指すようである。飽く迄当時の鯨取りの便宜的名称と見るべきであろう

書誌情報

原書

  • Melville, H. The Whale. London: Richard Bentley, 1851 3 vols. (viii, 312; iv, 303; iv, 328 pp.) Published October 18, 1851.
  • Melville, H., Moby-Dick; or, The Whale. New York: Harper and Brothers, 1851. xxiii, 635 pages. Published probably on November 14, 1851.
  • Melville, H. Moby-Dick, or The Whale. Northwestern-Newberry Edition of the Writings of Herman Melville 6. Evanston, Ill.: Northwestern U. Press, 1988. A scholarly edition with full textual apparatus. This text has been reprinted in other editions.
  • Melville, H. Moby-Dick, or The Whale Arion Press, San Francisco, 1979, illustrated with 100 wood engravings by Barry Moser. Edition of 265, of which 250 were for sale. One of the most noted fine book editions of 20th century America, recognized by the Grolier Club as one of the 100 most beautiful books of the century.[5]
  • Melville, H., Moby Dick; or The Whale. Berkeley, Los Angeles, and London, 1981. A reduced version of the Arion Press Edition with 100 illustrations by Barry Moser.
  • Melville, H., Moby-Dick The Folio Society 2009. A Limited Edition with 281 illustrations by Rockwell Kent.

日本語訳

日本語版の完訳初版は阿部知二訳で、1941年昭和16年)に第一部が、1949年(昭和24年)に再刊と続編が訳され、のち岩波文庫旧版や各社の世界文学全集に入った。しかし現代語とは程遠い表現も多く難解であり、この時期に富田彬訳、宮西豊逸訳、田中西二郎訳が出された。現在は文庫で新訳も出ており、岩波文庫で八木敏雄訳、講談社文芸文庫千石英世訳、また田中訳の新潮文庫も改版された(初版は1952年昭和27年))。

脚注

テンプレート:脚注ヘルプ

  1. 世界の十大小説』 岩波書店〈岩波新書、のち岩波文庫〉。
  2. http://news.livedoor.com/article/detail/5345107/
  3. 2012年8月22日発売「ジョーズ コレクターズ・エディション」の特典映像より。
  4. ハワード・シュルツ著『スターバックス成功物語』日経BP社 、1998年、ISBN978-4822241131
  5. Bromer Booksellers - Highlights from Catalogue 127: An Extraordinary Gathering

参考文献

外部リンク

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