火星のプリンセス

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火星のプリンセス』(かせいのプリンセス、テンプレート:Lang-en-short) は、エドガー・ライス・バローズSF冒険小説。初版は1917年。バローズのデビュー作であり、火星シリーズの第1作。


概要

主人公のジョン・カーターは、アメリカの元南軍大尉であるが、生まれた育った記憶がなく、年齢も不詳。幽体離脱火星(バルスーム)に瞬間移動した後、剣で火星生物や火星人と対決し、恋と冒険に生きる。

SFというよりも、ヒロイック・ファンタジーに似る。しかし、後に「剣と魔法」(Sword and Sorcery)と言われることになるヒロイック・ファンタジーの特徴のうち、「魔法」の部分はきわめて希薄である。火星の飛行船の飛行原理なども科学技術SF考証)によって説明されていて、魔術呪術の類は、シリーズを通してほとんど登場しない。惑星冒険ものの嚆矢である(後述)。

「カーターの手記(遺稿)」という形式をとっており、一人称小説として書かれている。好評につき続編が書かれ、全11巻となった。第3作『火星の大元帥カーター』までは3部作として構成され、ジョン・カーターが主人公、デジャー・ソリスがヒロインを務めている。シリーズ中期では両者とも出番が激減しており、後期で主人公格に復帰している。

掲載の経緯

1911年に、『デジャー・ソリス、火星のプリンセス』(Dejah Thoris, Princess of Mars)というタイトルで未完の原稿をオール・ストーリーズ・マガジン社に送ったところ、編集長のトーマス・ニューウェル・メトカーフがこれを気に入り、原稿を完成させるよう依頼。1912年2月号から6月号にかけて、『オールストーリー』に『火星の月の下で』(Under the Moons of Mars)というタイトルで連載された。原稿料は400ドルだったという。

この時のペンネームはノーマン・ビーン(Norman Bean)であったが、これは誤植であり、本来はノーマル・ビーン(Normal Bean)だったという(Normal Beanに「普通のそら豆」という意味だが、「正常な頭脳」の意味もある。これは、余りに突飛な作品のため、「正気なのか?」という読者のクレームをかわす意味らしい[1])。

執筆時のタイトル
  1. My First Adventure on Mars
  2. The Green Martians
  3. Dejah Thoris, Martian Princess
  4. Under the Moons of Mars

日本での反響・評価

日本においては、東京創元新社(現東京創元社)の編集者厚木淳の判断で、「火星シリーズ」全11巻が企画された。その第1巻として出版され、武部本一郎の美麗な挿絵が添えられた。海外でも武部の画は人気がある。なお、当初は小西宏が翻訳した(1965年)が、後に厚木淳版が刊行された(1980年)。また、全巻を厚木が訳すこととなった。

なお、厚木によると、本書の出版以前は、地球外を舞台としたSF小説はどまりだった[2]。「地球と火星と舞台にした雄大なスケール、怪奇冒険小説のスリルとSF的興味が渾然一体となったその面白さ」がスペースオペラの典型を確立、1920年代のSF隆盛と多くの後継者を生んだという[3]

あらすじ

エドガー・ライス・バローズの叔父、ジョン・カーターが突然亡くなった。遺言により、叔父の埋葬と遺産を管理することになったバローズは、次のような叔父の手記を手にした。

ジョン・カーターは、過去の記憶が希薄な、元南軍騎兵大尉。金鉱探索中のある夜、彼はアパッチ族に襲われ、アリゾナの洞窟で幽体離脱し、忽然と火星に移動した[4]
火星(バルスーム)は、大気製造工場や飛行艇を持つなど、地球より発達した科学を持つものの、海は干上がり、惑星としては滅びの道を歩んでいた。最初に遭遇した火星人[5]は、4本腕の緑色人[6]で、部族間や他人種への略奪に明け暮れ、親子の情愛とは無縁の種族だった。次に出会った赤色人[7]も、それぞれに王国(都市国家)を作り、戦争や決闘に明け暮れていた。
ジョン・カーターは、緑色人のサーク族に捕らえられる。ところが、驚異的な身体能力[8]で緑色人社会で一定の地位を得、タルス・タルカスという友人もできる。ある日、カーターは地球人そっくりの人間に遭遇する。それは科学調査の途上、野蛮な緑色人の捕虜となった、赤色人王国ヘリウムのプリンセスにして絶世の美女、デジャー・ソリスだった。
いくつかの誤解を克服してデジャー・ソリスの信頼を勝ち得たカーターは、邪悪な緑色人皇帝タル・ハジュスの元からデジャー・ソリスを連れて脱走する。ヘリウムへ向かう旅の途中、緑色人ワフーン族の襲撃を受け、カーターは一人で敵を引き受けてデジャー・ソリスを逃がすが、その時、デジャー・ソリスはカーターに愛を告白する。
紆余曲折の末、カーターは、ようやくヘリウムの隣国、赤色人王国ゾダンガにたどり着く。そこで目撃したのは、愛するデジャー・ソリスが、ゾダンガの王子サブ・サンと結婚の約束をする姿であった。カーターは、サーク族の新皇帝となったタルス・タルカスの助けを受け、戦いの末、デジャー・ソリスを取り戻す(緑色人が赤色人国家に協力するのは、極めて稀なことである)。
カーターとデジャー・ソリスは結ばれ、愛の結晶の卵の孵化を待つばかりとなるが、「大気製造工場が停止し、大気が無くなる」という未曾有の危機が迫っていた。暗証番号を知るのは、今やカーターしかいない。彼は大気が薄くなる中、空気製造工場へ急行、大気を取り戻すための技師を工場に送り込み、意識を失う。
目覚めた時、カーターがそこに見たのは、かつて地球を後にした時の見覚えのあるアリゾナの洞窟と、元の自分の体だった。彼は発見した金鉱で裕福に暮らすも、火星への思慕はつのるばかり。そして、2度目の火星への旅が迫っていることを、彼は感じていた。

主な登場人物

以下、主人公以外は火星人、及び火星生物である。

ジョン・カーター(John Carter
主人公。地球人で、バージニア州の元南軍大尉。友情に厚く、信義を重んじる。剣の達人。
デジャー・ソリス(Dejah Thoris)
ヒロイン。赤色人で、ヘリウム王国の王女。絶世の美女。
ヘリウムを救うため、交戦国のゾダンガに嫁ぐ決意をする。
ソラ
緑色人で、サーク族の娘。捕虜であるジョン・カーターや、デジャー・ソリスの世話役。
緑色人としては例外的に、親子の情愛を持っており、両親のことも知っている。
タルス・タルカス
緑色人で、サーク族の副首領。カーターの親友となる。
タル・ハジュス
緑色人で、サーク族の邪悪な皇帝。
カントス・カン
赤色人で、ヘリウムの海軍士官。カーターの友人となる。
サブ・サン
赤色人で、ゾダンガの王子。デジャー・ソリスに想いを寄せている。
ウーラ
キャロット(犬に相当する火星の生物で、10本脚)。ジョン・カーターの愛獣だが、元はサーク族が、カーターへの「見張り」としてつけた。戦闘力は大白猿(4本腕)と互角。

日本語版

複数の邦題があるので、タイトル別に分類する。

火星のプリンセス
出版社/レーベル 刊行 翻訳
創元推理文庫 1965年10月 小西宏 武部本一郎
講談社 1967年5月 亀山龍樹 司修
角川文庫 1967年7月 小笠原豊樹 遠藤拓也
秋元書房<ヤングシリーズ2> 1968年9月 谷元次郎 小松崎茂
偕成社<SF名作シリーズ15> 1968年11月 野田開作 池田竜雄、武部本一郎
集英社<ジュニア版世界のSF13> 1970年2月 内田庶 岩淵慶造
秋元文庫 1978年5月 谷元次郎 高井吉一、小松崎茂
創元推理文庫 1980年2月 厚木淳 武部本一郎
岩崎書店<冒険ファンタジー名作選2> 2003年10月 亀山龍樹 山本貴嗣
創元SF文庫 2012年3月 厚木淳
小学館文庫 2012年3月 小笠原豊樹 三浦均
火星の王女
出版社/レーベル 刊行 翻訳
集英社<マーガレット文庫世界の名作30> 1976年 白木茂 三谷美枝子
岩崎書店<SFこども図書館8> 1976年2月 亀山龍樹 沢田重隆
ぎょうせい<少年少女世界名作全集20> 1983年1月 瀬川昌男 伊藤展安
その他
邦題 出版社/レーベル 刊行 翻訳
火星のジョン・カーター 岩崎書店<SF世界の名作8> 1966年12月 亀山龍樹 鈴木康行・沢田重隆
火星の月のもとで 早川書房
<世界SF全集31「世界のSF(短編集)古典篇」>
1971年7月 関口幸夫
合本・火星シリーズ1
火星のプリンセス
創元SF文庫 1999年6月 厚木淳 武部本一郎

『火星の月のもとで』は、途中の一部を抽出して訳したもの。サム・モスコウィッツ編著の古典SFアンソロジー兼研究書"Under the MOONS of Mars"に収録された同作品と抽出箇所が一致することから、これを翻訳したものと思われる。All Story誌に掲載された作品の翻訳ではない(雑誌掲載されたのは、長編と同一作品)。

『合本・火星シリーズ1 火星のプリンセス』は、『火星の女神イサス』と『火星の大元帥カーター』を併録。

映画

内容については、各項目を参照。

アバター・オブ・マーズ(Princess of Mars)
トレイシー・ローズ主演のDVD映画。2009年にリリース。
ジョン・カーター
アンドリュー・スタントン監督によるディズニー映画。2012年公開。

参考文献

リチャード・A・ルポフ 『バルスーム』 東京創元社、1982年5月。

脚注

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外部リンク

テンプレート:エドガー・ライス・バローズ
  1. エドガー・ライス・バローズ 「スペース・オペラの開幕」『火星のプリンセス』 厚木淳訳、東京創元社創元推理文庫〉厚木淳、1980年、291-292頁。
  2. エドガー・ライス・バローズ 「スペース・オペラの開幕」『合本・火星シリーズ1火星のプリンセス』 厚木淳訳、東京創元社〈創元SF文庫〉厚木淳、1999年、819-820頁。
  3. 「スペース・オペラの開幕」『合本・火星シリーズ1火星のプリンセス』、821頁。
  4. 続刊においても、この原理が明らかにされることはない。
  5. 本作では赤・緑の2種族が登場するのみだが、黒色人、白色人、黄色人が古代に存在していた、と語られる。続刊では、彼らの生き残りも登場。皮膚の色以外、外見上は地球人と大きな差異はない。
  6. 緑色の皮膚と4本の腕、突き出た目と2本のがある。卵型の頭部を持ち、卵生。5大火星人のうち、唯一、地球人とかけ離れた外見となっている。
  7. 外観は地球人にそっくりで、体色は鮮やかな赤色。卵生。
  8. 地球よりも小さな重力からもたらされる、跳躍力など。