沙織事件

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沙織事件(さおりじけん)とは、1991年(平成3年)にアダルトゲーム沙織 -美少女達の館-』を開発・発売したフェアリーテールが摘発された事件。日本の成人向けゲーム業界に衝撃を与え、コンピュータソフトウェア倫理機構設立の引き金となった。

背景

1986年(昭和61年)、刑法177条強姦罪をモチーフにした『177』(マカダミアソフト/デービーソフト)が国会で取り上げられ、激しく非難を受けた。内容自体は当時としても決して奇異なものではなかったが、コンピューターゲームに性的表現を含むものがあることが、世に広く知られるに至った。

1989年(平成元年)、東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件が起こると、その際の報道において、犯人の部屋を埋め尽くす書籍とビデオが「膨大な量の児童ポルノ」と"捏造"され報じられたため、世間のアニメや漫画における性的表現に対する批判・嫌悪が急速に強まった(有害コミック騒動)。実際には雑誌もビデオも大半はごく普通の物で、ポルノ書籍などはその内の極少量しかなかったものを取材クルーが意図的にイメージ操作したことが、2005年(平成17年)11月21日に当時の取材記者のブログで告白されている[1][2]

日本の成人向けコンピュータゲームは、アニメ・漫画調のグラフィックが主流であるため、俗に言う「アニメや漫画は子供が見るもの」という姿勢からも非難の対象となったのである。実際に、18歳未満の中高生が購入していた[3]ことも、その理由となった。

経緯

1991年、京都府の男子中学生が、成人向けゲーム『沙織 -美少女達の館-』を万引きするという事件が起きた。本来ならこの少年がしかるべき処分を受けて終わるはずであったが、上記で語られたように、「有害コミック」への非難が高まる中、コンピュータゲームにもその矛先が向けられることとなった。

その結果、同年11月25日警察京都府警察少年課)は『沙織』の発売元である「X指定」[4]及び「フェアリーテール (FAIRYTALE)」ブランドを有するキララ及び、親会社のジャスト (JAST) 、そして家電販売店など4箇所の家宅捜索に着手した。そして、当時のジャストの社長、キララの配送室長が猥褻図画販売目的所持で逮捕された[3]。対象となったのは、フェアリーテール・X指定の『沙織』『ドラゴンシティX指定』、ジャストの『天使たちの午後3 番外編』『天使たちの午後4 〜ゆう子〜』であった。この事件は後に『沙織事件』、あるいは社名の頭文字から『FJ事件』と呼称されるようになった。

逮捕の理由

当時はパソコン所持者をマイコン族(後の「オタク」での否定的な意味合いが含まれる)と呼ぶくらい、パソコンは一般に普及しておらず、パソコンゲームもマイナーなものであった。そのために各メーカーの倫理観は希薄であり、性器部分に最初からモザイク処理が掛かっていないことや、掛かっていてもあるコマンドを入力(例:D.O.作品では、キーボードの「D」と「O」を同時押し)すればモザイクを外せる仕様がしばしば見られた。また、明確な規制が設けられていなかったために、前述のように18歳未満の購入者も少なくなかった。

性器部分にモザイクを掛けない作品は、日本の刑法175条わいせつ物頒布等の罪)が頒布を禁じた『わいせつ物』にあたるとされたテンプレート:要出典。アダルトメーカー各社は性的表現の修正に追われることとなり、また統一した基準がないことから、性的表現そのものを削除する判断をしたメーカーもあった。当事者のアイデス(キララより改称)は、純愛・ギャグ・硬派・ホラーといった多様な方向性を模索し、ジャストは修正を厳しくすることでそれぞれしのいだ。こうした混乱から、アダルトゲーム業界としての組織防衛の必要性が認識され、コンピュータソフトウェア倫理機構(EOCS、ソフ倫)が翌年の1992年(平成4年)に設立されることになる。

波紋

テンプレート:See also

1992年(平成4年)4月1日、先の事件を受け日本パーソナルコンピュータソフトウェア協会(パソ協)が性的描写の存在する旨を伝える「18禁シール」を製作、販売した。これが、コンピュータゲームにおける公的なレイティングの初出である。

同年7月、宮崎県において青少年保護育成条例が改定。コンピュータソフトウェアも有害図書の対象となり、『電脳学園』(GAINAX)などが指定された。

同年8月25日、アダルトゲーム制作各社が会合を開き、コンピュータソフトウェア倫理機構の設立へと至った。ソフ倫は、レイティングとして全年齢対象の「一般作」、18歳未満禁止の「18禁」の2つ(のちに15歳未満禁止の「R指定」も追加。さらに「15歳以上推奨」「12歳以上推奨」に細分化している)を設け、ソフ倫の審査を受けずに成人向けソフトを販売した場合、流通を通さないよう問屋に要請した。その結果として、未審査の成人向けソフトは事実上商業ベースでは出回らなくなった。

一連の出来事は、日本のコンピュータゲームにおいて自主規制によるレイティングを設ける契機となった。成人向けコンピュータゲームを主な対象とするのはソフ倫の他、2003年よりコンテンツ・ソフト協同組合(CSA)による審査が加わった。

また、家庭用ゲーム機では、ハードメーカーによる独自審査が長く続いたが、2002年よりコンピュータエンターテインメントレーティング機構(CERO)による審査が行われている[5]

当該作品のその後

キララ(現F&C)とジャストの対応は分かれた。キララは当該作品を廃盤とし、修正版を出すことはなかった。のみならず、F&Cの商品情報[6]でも、作品リストから外されており、発売自体無かったものとして扱われている。

一方、ジャストは当該作品を廃盤にしたのち、『天使たちの午後3 番外編』については『天使たちの午後3 番外編・反省版』として、『天使たちの午後4 〜ゆう子〜』については『天使たちの午後 CollectionII』収録作品の一つとして[7]、修正版を改めて発売した。

脚注

  1. 事件報道のリソースに「恣意的な映像」を加えていたマスコミ、それを黙認するマスコミ。 - 不可視型探照灯(2005.11)
  2. テンプレート:リンク切れ 格闘する読売ウイークリー編集部: いったいどうなっているのか(2005.11)
  3. 3.0 3.1 朝日新聞 縮刷版』 1991年11月25日号夕刊 「パソコンゲームわいせつソフト 販売容疑で業者逮捕」
  4. 「X指定ブランド」というブランド名。アメリカ映画協会レイティングである「X指定(当時。18歳未満禁止。現在は17歳以下禁止(つまり18歳未満禁止と同じだが、表現だけ変わった)であるNC-17が相当。映画のレイティングシステム#アメリカ参照)」から取ったが、本作自体は明確に18歳未満禁止をうたっていたわけではない。
  5. パソコンゲームの審査も行っているが、性的表現による18歳未満禁止に相当するソフトは認めていない。そのため、当該ソフトの審査はソフ倫などで行う必要がある。
  6. F&C 商品情報(PC用ゲームソフト)
  7. 『天使たちの午後3 番外編・反省版』も収録されている。

関連項目