本庄道倫

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

本庄 道倫(ほんじょう みちとも、享保5年5月27日1720年7月2日) - 宝暦6年5月20日1756年6月17日))は、美濃高富藩の第3代藩主。

旗本松平信晴の三男。母は松平信望の娘。正室は本庄道矩の養女(異母妹、本庄道章の娘)・幾。官位は従五位下・和泉守。初名は金三郎。

江戸に生まれる。延享2年(1745年)に先代藩主であった道矩が死去したときに嗣子がなかったためその養嗣子となり、同年11月4日に家督を相続した。同年12月16日、和泉守となる。日光御祭礼奉行や大坂御加番代などを努めた。道倫にも嗣子がなく、宝暦6年(1756年)5月20日に道倫が死去した後、養嗣子の道堅が跡を継いだ。法号は騰岳院含誉遊法義空。

テンプレート:高富藩主