曾我兄弟の仇討ち

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
2013年12月29日 (日) 21:27時点におけるFree spirit (トーク)による版 (仇討ちの模範)
(差分) ← 古い版 | 最新版 (差分) | 新しい版 → (差分)
移動先: 案内検索

曾我兄弟の仇討ち(そがきょうだいのあだうち)は、建久4年5月28日1193年6月28日)、源頼朝が行った富士の巻狩りの際に、曾我祐成曾我時致の兄弟が父親の仇である工藤祐経を討った事件。赤穂浪士の討ち入り伊賀越えの仇討ちに並ぶ、日本三大仇討ちの一つである。武士社会において仇討ちの模範とされていたことが窺える[1]

経緯

所領争いのことで、工藤祐経は叔父・伊東祐親に恨みを抱いていた。安元2年(1176年)10月、祐経は郎党の大見小藤太と八幡三郎に狩に出た祐親を待ち伏せさせた。2人の刺客が放った矢は一緒にいた祐親の嫡男・河津祐泰に当たり、祐泰は死ぬ。刺客2人は暗殺実行後すぐに伊東方の追討により殺されている。

祐泰の妻の満江御前(満行とも。なお『吾妻鑑』にも『曽我物語』にも名は表記されていない)とその子・一萬丸と箱王丸(筥王丸)が残された。満江御前は曾我祐信と再婚。一萬丸と箱王丸は曾我の里で成長した。兄弟は雁の群れに亡き父を慕ったと伝えられる。

その後、治承・寿永の乱平家方についた伊東氏は没落し、祐親は捕らえられ自害した。一方、祐経は早くに源頼朝に従って御家人となり、頼朝の寵臣となった。

祐親の孫である曾我兄弟は厳しい生活のなかで成長し、兄の一萬丸は、元服して曽我の家督を継ぎ、曾我十郎祐成と名乗った。弟の箱王丸は、父の菩提を弔うべく箱根権現社に稚児として預けられた。

文治3年(1187年)、源頼朝が箱根権現に参拝した際、箱王丸は随参した敵の工藤祐経を見つけ、復讐しようと付け狙うが、敵を討つどころか逆に祐経に諭されて「赤木柄の短刀」を授けられる(のちに五郎時致は、この「赤木柄の短刀」で工藤祐経に止めをさした)。

箱王丸は出家を嫌い箱根を逃げ出し、縁者にあたる北条時政を頼り(時政の前妻が祐親の娘だった)、烏帽子親となってもらって元服し、曾我五郎時致となった。時政は曾我兄弟の最大の後援者となる。苦難の中で、曾我兄弟は父の仇討ちを決して忘れなかった。

建久4年(1193年)5月、源頼朝は、富士の裾野で盛大な巻狩を開催した。巻狩には工藤祐経も参加していた。最後の夜の5月28日、曾我兄弟は祐経の寝所に押し入った。兄弟は酒に酔って遊女と寝ていた祐経を起こして、討ち果たす。騒ぎを聞きつけて集まってきた武士たちが兄弟を取り囲んだ。兄弟はここで10人斬りの働きをするが、ついに兄祐成が仁田忠常に討たれた。弟の時致は、頼朝の館に押し入ったところを、女装した五郎丸によって取り押さえられた。

5月29日、時致は頼朝の面前で仇討ちに至った心底を述べる。頼朝は助命を考えたが、祐経の遺児に請われて斬首を申し渡す。時致は従容と斬られた。

事件の余波

この事件の直後、しばらくの間鎌倉では頼朝の消息を確認することができなかった。頼朝の安否を心配する妻政子に対して巻狩に参加せず鎌倉に残っていた弟源範頼が「範頼が控えておりますので(ご安心ください)」と見舞いの言葉を送った。この言質が謀反の疑いと取られ範頼は伊豆修善寺に幽閉され、のちに自害したと伝えられている。

頼朝暗殺未遂説

工藤祐経を討った後で、曾我兄弟は頼朝の宿所を襲おうとしており、謎であるとされてきた。そこで、兄弟の後援者であった北条時政が黒幕となって頼朝を亡き者にしようとした暗殺未遂事件でもあったという説がある。

曽我物語

この事件は後に『曽我物語』としてまとめられ、江戸時代になると浄瑠璃歌舞伎浮世絵などの題材に取り上げられ、民衆の人気を得た。

備考

  • テンプレート:要出典範囲静岡県富士地域の地方新聞である富士ニュース5月21日号(掲載年不明)によれば関東から九州にかけて14ヵ所の墓所があるという[2]。その中で有力とされるものに、曽我の里と呼ばれる一帯にある城前寺神奈川県小田原市曽我谷津)が挙げられる[3]。城前寺の由来は、曾我兄弟の死後に叔父の宇佐美禅師がこの地に兄弟の遺骨を運んで弔ったのが寺の興りとしている[3]。また、曾我祐成を討った仁田忠常の陣屋が置かれたという静岡県富士宮市の曽我八幡宮東側の丘の上にも、祐成が討たれたとされる地点に曾我兄弟の墓が建てられている[4]1295年(永仁3年)成立だが、現存する五輪塔は江戸時代のものを復元している[5]

テンプレート:Reflist

参考文献

関連項目

小説
  • 高橋直樹『天皇の刺客』(文庫題:『曾我兄弟の密命―天皇の刺客』)文藝春秋
映画
テレビドラマ
漫画
歌謡曲

外部リンク

  • 今野慶信「曽我十郎/・五郎」/ 小野一之・鈴木彰・谷口榮・樋口州男編 『人物伝小辞典 古代・中世編』 東京堂出版 2004年 186ページ
  • 『曽我兄弟へ贈る鎮魂歌 / 関東観察図鑑』内、富士ニュース図版。2010年3月18日閲覧。
  • 3.0 3.1 城前寺、謡蹟を訪ねて(その1)曽我物語ゆかりの地、2004年7月6日更新分。2010年3月19日閲覧。
  • 曽我兄弟の仇討ち、富士宮市ホームページ、郷土資料館、「富士の巻狩と曽我兄弟の仇討ち」展。2010年3月19日閲覧。
  • 元箱根石仏石塔群(曽我兄弟の墓) 2010年3月19日閲覧。