手話劇

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手話劇(しゅわげき)は、聾学校の生徒、聾者の演じる劇。せりふを音声ではなく、手話で表現する。(音声と手話とを併せて用いる場合もある。)

日本では、黒柳徹子の『窓際のトットちゃん』が大ベストセラーになった時に、黒柳徹子がその印税でアメリカの聾学校の生徒たちによる劇団「デフシアター」(en:National Theatre of the Deaf、正式名称は国立ろうあ者劇団)の日本公演を経済的に支え、またその来日公演の中でも彼らがアメリカの手話でせりふを表現するため、それを日本語の手話に翻訳する人がいて、それをさらに日本語で語る役を黒柳本人が引き受け、ろうの文化表現の道を日本国内に紹介、普及させるために大きな役割を演じた。

以後、高校演劇コンクールでも、国内の聾学校生徒たちの参加が増え、狂言などが当初よく取り上げられた。今日では、演技もせりふの表現もさまざまな工夫が増えている。成人の聾者の劇団としては、健常者とともにやっているもので、「デフ・パペットシアター・ひとみ」が有名。聾者と健常者に加えて、人形も使って多彩な舞台を演出している。

手話狂言

日本ろう者劇団では、ろう者による手話狂言を上演している。

手話狂言は、日本ろう者劇団(社会福祉法人トット基金付帯劇団)において、「時間が短くて世界に通じる笑いを」というトット基金理事長・黒柳徹子の発案で企画されたもの。能楽にも造詣の深い黒柳徹子は、和泉流狂言師・三宅右近が中学生の頃からの舞台を観ており、その後の和泉家の問題など右近の苦労をよく知っていた。黒柳は、「人の辛さ、苦しさが分かる人。指導者として、素晴らしい人」と、右近に協力を依頼した。

手話狂言とは、舞台上で、劇団員がセリフを手話で表情豊かに演じ、その所作(動き)に合わせて狂言師が袖で発声を行う、聞こえる人も聞こえない人も共に楽しむことが出来る狂言である。

狂言の古い口語のニュアンスを表現するため古い形の手話を使い、手話と声とのタイミングや、間のとり方にも工夫が重ねられ、健常者に勝るとも劣らない狂言として、古典芸能の強靭さを持つ手話狂言が誕生した。

1983年兵庫県芦屋市ルナホールで旗揚げ公演(演目「六地蔵」)。全国7ヵ所の巡回公演を経て、イタリアパレルモで開催された「世界ろう者会議・演劇祭典」で上演された。

その後も、全国各地、世界各国で上演され、2006年の横濱世界演劇祭でも上演されている。

1987年文化庁芸術祭賞受賞。 2002年内閣総理大臣表彰を受けている。

外部リンク

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