情報の非対称性

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情報の非対称性 (じょうほうのひたいしょうせい、テンプレート:En) は、市場における各取引主体が保有する情報に差があるときの、その不均等な情報構造である(「A」と「B」の間において、「A」のみが専門知識と情報を有し、「B」はそれを知らないというように、双方で情報と知識の共有ができていない状態のことを指す)。情報の非対称性があるとき、一般に市場の失敗が生じパレート効率的な結果が実現できなくなる。

研究史

情報の非対称性を最初に指摘したのは、アメリカの理論経済学者ケネス・アローである。アローは1963年にアメリカの経済学会誌「アメリカン・エコノミック・レビュー」において「テンプレート:En(医療の不確実性と厚生経済学)」という論文を発表し、医者と患者との間にある情報の非対称性が、医療保険の効率的運用を阻害するという現象を指摘した。

情報の非対称性という用語は、アメリカの理論経済学者ジョージ・アカロフ1970年に発表した論文 “The Market for Lemons: Quality Uncertainty and the Market Mechanism” で初めて登場した。

この論文は中古車市場を例に、情報の非対称性が市場にもたらす影響を論じたもので、買い手が「欠点のある商品」と「欠点のない商品」を区別しづらい中古車市場では、良質の商品であっても他の商品と同じ低い平均価値をつけられ、良質な中古車は市場に流通しなくなる傾向があることを指摘し、これを「売り手」と「買い手」の間における情報の非対称性が存在する(売り手のみが欠点を知り、買い手の側は欠点を知る術がない)環境一般の問題とした。なお、アメリカの中古車業界で不良中古車を指す隠語が「レモン」であるため、このような市場はレモン市場と呼ばれるようになった。

また、プリンシパル=エージェント関係において情報の非対称性が存在すると、エージェンシー・スラックと呼ばれるモラル・ハザードが発生する。

商品の取引における情報の非対称性

市場では「売り手」と「買い手」が対峙しているが、一般には売り手がほぼ一方的に情報を保有し、買い手は十分の情報を保有できないため、ここにも大きな格差がある。例えばある商品を取引する状況を想定したとき、売り手は商品の品質に関する豊富な情報を所持している。

他方、買い手は商品の品質に関する情報をほとんど保有しておらず、売り手からの説明に依存するしかない。しかし、売り手には商品の正しい品質を買い手に伝えるインセンティブがないため、買い手は商品の品質に関する情報について購入するまで完全には知りえない。

このように、取引・交換の参加者間で保有情報が対等ではなく、あるグループが「情報の優位者」に、他方が「情報劣位者」になり、双方で情報を共有できていない状況(情報分布にばらつきが生じている状況)が、情報の非対称性である。

「隠された情報」と「隠された行動」

情報の非対称性はしばしば、それが「取引の開始前に存在する、情報の非対称性」であるのか、それとも「取引の開始後に存在する、情報の非対称性」であるのかに、区別される。

「取引の開始前に存在する情報の非対称性」というのは、例えば中古車市場における中古車の品質情報の格差が挙げられる。買い手が知らない情報を売り手が知っているという点から、このような情報は「隠された情報」と呼ばれている。

一方、「取引の開始後に存在する情報の非対称性」というのは、例えば自動車保険市場を考えたとき、自動車保険に加入しようとしている人は自分の運転能力を知っているが、保険会社はその人の運転能力や事故歴などをあまり把握できない。このとき、保険の加入者の行動が保険会社にとって完全には明らかではないという意味で、加入者の行動は「隠された行動」と呼ばれている。契約の履行はの加入者の行動に起因するが、加入者にお行動については保険会社が「情報劣位者」となる。

情報の非対称性を「隠された情報」と「隠された行動」に区別する理由は、引き起こされる問題の性質が異なるためである。経済学の世界では一般に、「隠された情報」は市場において逆選抜の原因になり、「隠された行動」はモラル・ハザードを引き起こすとされている。

情報の非対称性への対策

情報の非対称性への対策として、以下の方法が挙げられる。

シグナリング テンプレート:Weight
情報優位者が商品の品質に関する情報(シグナル)を情報劣位者に間接、直接に提示し、情報の格差を縮小する。たとえば、労働市場において労働者が資格を取得して自分の優秀さを示すことなどが挙げられる。
スクリーニング テンプレート:Weight
情報劣位者が、情報優位者にいくつかの案を示し、その選択を通して情報を開示させる。例えば自動車保険会社が走行距離に応じた複数の割引保険を用意し、保険に加入しようとしている人にどの保険を選択するかを決定させる方法が挙げられる。これによって保険会社は、加入者の自動車利用頻度を確認できる。
入学試験や入社試験などを行って人材の質を確保する方法は、スクリーニングにおける案が1つだけのケースと考えられる。

参考文献

テンプレート:参照方法

  • Arrow, K.J. (1963). Uncertainty and the welfare economics of medical care. The American Economic Review 58, 1963, 941-973.
  • Akerlof, G. (1970). The market for lemons: quality uncertainty and the market mechanism. Quarterly Journal of Economics 84 (3), 488-500.
  • Holt, Charles A. and Roger Sherman (1999), "Classroom Games: A Market for Lemons," Journal of Economic Perspectives, Winter 1999, 205-214.
  • Milgrom, Paul and John Roberts (1992), Economics, Organization and Management, Englewood Cliffs, New Jersey: Prentice Hall.
  • David M. Kreps (1990). A Course in Microeconomic Theory, Princeton University Press.

関連項目