山門郡

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山門郡(やまとぐん)は、かつて福岡県にあったである。人口29,537人、面積64.11 km²(2004年)。旧郡域は現在の柳川市みやま市の市域にあたる。

消滅直前となる2007年1月28日の時点で以下の2町を含んでいた。

2007年1月29日、2町が三池郡高田町と合併しみやま市となったため消滅した。

日本書紀に記された神功皇后が山門県で土蜘蛛田油津媛を討ったとされる山門県に比定される[1]

沿革

  • 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い、山門郡に柳河町・上瀬高町・下瀬高町と21の村が成立する。(3町21村)
  • 1901年(明治34年)1月1日 - 上瀬高町・下瀬高町が合併し、瀬高町が発足。(2町21村)
  • 1907年(明治40年)1月1日(2町14村)
    • 瀬高町・川沿村・小川村・本郷村、緑村の一部が合併し、瀬高町が発足。
    • 富原村・万里小路村・竹海村、緑村の残部が合併し、山川村が発足。
    • 清水村・水上村が合併し、東山村が発足。
  • 1907年(明治40年)3月20日(2町9村)
    • 川北村・川辺村・垂見村・宮ノ内村が合併し、三橋村が発足。
    • 鷹尾村・塩塚村・有明村が合併し、大和村が発足。
  • 1951年(昭和26年)4月1日 - 柳河町・西宮永村・東宮永村・城内村・沖端村・両開村が合併し、柳川町が発足。(2町4村)
  • 1952年(昭和27年)4月1日 - 柳川町が市制施行し、柳川市となり郡より離脱。(1町4村)
  • 1952年(昭和27年)6月1日 - 三橋村が町制施行し三橋町となる。(2町3村)
  • 1952年(昭和27年)9月1日 - 大和村が町制施行し大和町となる。(3町2村)
  • 1956年(昭和31年)9月30日 - 東山村が瀬高町に編入。(3町1村)
  • 1959年(昭和34年)4月10日 - 山川村の一部が三池郡高田町に編入。
  • 1969年(昭和44年)4月1日 - 山川村が町制施行し山川町となる。(4町)
  • 2005年(平成17年)3月21日 - 三橋町・大和町が柳川市と合併し、柳川市が発足、郡より離脱。(2町)
  • 2007年(平成19年)1月29日 - 瀬高町・山川町が三池郡高田町と合併し、みやま市が発足、郡より離脱。同日山門郡消滅。


明治22年以前 明治22年4月1日 明治22年 - 昭和19年 昭和20年 - 昭和29年 昭和30年 - 昭和63年 平成1年 - 現在 現在
柳河町 柳河町 昭和26年4月1日
柳川町
昭和27年4月1日
市制
柳川市 平成17年3月21日
柳川市
柳川市
西宮永村 西宮永村
東宮永村 東宮永村
城内村 城内村
沖端村 沖端村
両開村 両開村
川北村 明治40年3月20日
三橋村
昭和27年6月1日
町制
三橋町
川辺村
垂見村
宮ノ内村
鷹尾村 明治40年3月20日
大和村
昭和27年9月1日
町制
大和町
塩塚村
有明村
清水村 明治40年1月1日
東山村
東山村 昭和31年9月30日
瀬高町に編入
平成19年1月29日
みやま市の一部
みやま市
水上村
上瀬高町 明治34年1月1日
瀬高町
明治40年1月1日
瀬高町
瀬高町 瀬高町
下瀬高町
川沿村 川沿村
小川村 小川村
本郷村 本郷村
緑村 緑村 明治40年1月1日
瀬高町
(松田・大広園)
明治40年1月1日
山川村
(清水・河原内)
山川村 昭和44年4月1日
町制
富原村 富原村 明治40年1月1日
山川村
万里小路村 万里小路村
竹海村 竹海村 昭和34年4月10日
三池郡
高田町に編入


脚注

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関連項目


テンプレート:筑紫二国の郡
  1. 《神功皇后摂政前紀 仲哀天皇九年(庚辰二〇〇)三月丙申(二十五)》丙申。転至山門県。則誅土蜘蛛田油津媛。