二項定理

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二項定理(にこうていり、binomial theorem)とは、二項式 x + y冪乗 (x + y)n の展開(二項展開)を表す公式のことである。これは、この展開の一般項 xkynk の係数を nk のみで表す定理であるということもできる。二項定理はペルシアの科学者ウマル・ハイヤームによって発見された。

概要

二項展開の一般項 xkynk の係数を二項係数と呼び、

<math>n \choose k</math>

とあらわす。すなわち定義から

<math>(x+y)^n = \sum_{k=0}^n {n \choose k}x^k y^{n-k}</math>

が成り立つ。そして定理の主張はこの二項係数は n 個から k 個選ぶ組合せの数 nCk に等しいということである。これはまた、階乗を用いて表される:

<math>{n\choose k} = {}_n{\rm C}_k = \frac{n!}{(n-k)!\,k!}.</math>

二項係数の性質

この節では二項定理によって二項式を展開するとき、二項係数を最低どれだけ計算せねばならないのかを述べる。rはゼロからnまでであるため、項の数はたかだかn+1個であるが、その二項係数は必ずしも毎回全て計算する必要性はない。

まず

<math>{}_n{\rm C}_{0}={}_n{\rm C}_{n}</math>

により、初項と末項の係数が1であるのは明らかである。次に

<math>{}_n{\rm C}_{1}={}_n{\rm C}_{n-1}</math>

<math>{}_n{\rm C}_{1}=\frac{n!}{1!(n-1)!}=n</math>

であるから必ずnとなるのがわかる。次に最大値を求めよう。

二項係数の最大値はnが偶数のときは

<math>{}_n{\rm C}_{n/2}</math>

で与えられ、奇数のときは

<math>{}_n{\rm C}_{(n\pm{1})/2}</math>

で与えられる。

次に二項係数について、関係

<math>{}_n{\rm C}_{r}={}_n{\rm C}_{n-r}</math>

が成り立つことは明らかである。

つまりnが偶数のときは折り返しで減少して1に戻り、奇数のときは最大値を二回繰り返してから同様となる。r=0,1のときは二項係数は1とnになるため、r=2から最大値まで計算すれば事足りることがわかる。つまりnが偶数ならばn/2-2個、奇数ならば(n-1)/2-2個の二項係数を最低限計算すれば十分である。

パスカルの三角形

テンプレート:Main 2 項係数は次のようにしても求めることができる。

<math>\binom{n}{k} = \binom{n-1}{k-1} + \binom{n-1}{k} </math>

この関係式はしばしば n 段目の k 番目に nCk を配置(もちろん nk も 0 から数え始める)した三角形として表され、パスカルに因んでパスカルの三角形という。

ファイル:Pascal triangle.svg
これがパスカルの三角形である。一番上から、(x+y)nのnをn=0,1,2,...としたときそれを展開しxまたはyについて降冪順に並べたときの係数を表している。例えば上から三番目の1,2,1は(x+y)2を展開したときの係数であるのは明らかである。ある次数の 2 項係数は、左上と右上にある前の次数の 2 項係数 2 つを足したものになる。数が書いていない空白は 0 と考える。

パスカルの三角形から二項係数が求まることは、分配法則と数学的帰納法を用いれば明らかである。実際、

<math>(x+y)^{n-1} = \sum_{k=0}^{n-1} {n-1 \choose k}x^k y^{n-k-1}</math>

と表されたならば、この両辺に x + y を掛けることにより

<math>(x+y)^n = x^n + y^n +\sum_{k=1}^{n-1} \left({n-1 \choose k} + {n-1 \choose k-1}\right) x^k y^{n-k}</math>

が成立することが確かめられる。これを

<math>(x+y)^n = \sum_{k=0}^n {n \choose k}x^k y^{n-k}</math>

と比較すれば係数について所期の関係を得る。

可換環上への拡張

二項定理を適用する多項式 x + y実数複素数を係数とする多項式である必要はない。任意の単位的可換環上の多項式についても上の式が成立する。

正確には、可換環 R の単位元を 1R とすると、各項の係数は

<math>{n \choose k}1_R</math>

である。これは単位元の整数倍(可換環を自然な意味で整数環 Z 上の加群とみている)という意味である。たとえば、x + y二元体 F2 = Z/2Z 上の多項式とみなすと、 F2標数は 2、つまり 2 · 12 = 0 (ただし 12F2 の単位元)であるから、

<math>(x+y)^2 =
{2 \choose 0}1_2\cdot x^2 + 
{2 \choose 1}1_2\cdot xy + 
{2 \choose 2}1_2\cdot y^2 

</math>

<math>= 1_2 x^2 + 2\cdot 1_2 xy + 1_2 y^2 = x^2 + y^2</math>

などと計算することができる。

もう少し一般に、係数環の標数が p > 0(このとき p素数である)なら、

<math>(x + y)^n = \sum_{k=0}^n
 \left[{n \atop k}\right]x^{n-k}y^k.

</math> ただし、<math>\left[{n \atop k}\right]</math> は <math>{n \choose k}</math> を p で割った余りのこととする。またこのことと、<math>p \choose k</math> が、k = 0, p の場合を除いて p の倍数であることから、上で挙げた例の一般化として

<math>(x+y)^p = x^p + y^p</math>

となることを得る(ただし、いま p は係数環の標数であったことを忘れてはいけない)。これはさらに

<math>(x+y)^{p^n} = x^{p^n} + y^{p^n}</math>

の形に一般化できる。これはとくに位数 q = pn の有限体 GF(q) において各元を q 乗する写像

<math>x \mapsto x^q</math>

は GF(q) の(体としての)自己同型を与えることを示している。この自己同型写像はフロベニウス写像と呼ばれる。

一般の二項定理

1665年頃、アイザック・ニュートンは二項定理の指数nを整数から実数領域へと一般化している。 その後、二項定理の指数nは現在のところ複素数領域まで一般化されている。

( 1 + x )α (ただし、|x| < 1 で α は任意の複素数)は次のように二項級数テイラー展開される。このことを一般の二項定理などと呼ぶことがある。

<math>(1+x)^\alpha = \sum_{k=0}^{\infty} {\alpha \choose k} x^k.</math>

ただし、この展開の係数はポッホハマーの記号

(α)k = α(α + 1)(α + 2)…(α + k − 1), (α)0 = 1,
(α)k = α(α − 1)(α − 2)…(α − k + 1), (α)0 = 1

ガンマ関数 Γ(z)を用いて

<math>{\alpha \choose k} = \frac{(\alpha)_k}{(k)_k}= \frac{(\alpha-k+1)^k}{(1)^k} = \frac{\Gamma(\alpha+1)}{\Gamma(k+1)\Gamma(\alpha-k+1)}</math>

と表される。α が自然数なら、これは既に定義したものと一致する。

一般化二項定理の別の表記

xとyを実数とし |x| > |y| の関係が成り立っているとする。指数を任意の複素数 α と表記すると二項定理は次のように書ける。

<math>

\begin{align} (x+y)^\alpha & =\sum_{k=0}^\infty {\alpha \choose k} x^{\alpha-k} y^k \qquad\qquad\qquad\qquad\qquad\qquad\qquad\qquad\qquad(2) \\ & = x^\alpha + \alpha x^{\alpha-1} y + \frac{\alpha(\alpha-1)}{2!} x^{\alpha-2} y^2 + \frac{\alpha(\alpha-1)(\alpha-2)}{3!} x^{\alpha-3} y^3 + \cdots. \\ & = x^\alpha \cdot (1+\frac{y}{x})^\alpha \end{align} </math>

ここで、

<math>{\alpha \choose k}=\frac{\alpha \,(\alpha-1) \cdots (\alpha-k+1)}{k!} =\frac{(\alpha)_k}{k!},</math>

<math>(\cdot)_k</math> はポッホハマー記号(英)で下降階乗を表す。

多項定理

多項定理とは、k 項多項式の冪乗 (x1 + x2 + … + xk)n について展開の各項

<math>\mathbf{x}^\mathbf{p} = x_1^{p_1}x_2^{p_2}\cdots x_k^{p_k} \ (|\mathbf{p}|= p_1 + p_2 + \cdots + p_k = n)</math>

の係数を与える公式である。これを二項で行えば既に述べた二項定理となる。(なお多項式の指数ベクトルを用いた表示については多項式も参照。)

(x1 + x2 + … + xk)n の一般項 xp (p = (p1, ..., pk), |p| = n) の係数(多項係数)は

<math>
 {n \choose \mathbf{p}},\quad {n \choose p_1,p_2,\ldots,p_k}

</math> などのように記される。すなわち、

<math>(x_1 + x_2 + \cdots + x_k)^n =
\sum_{\mathbf{p}\in \mathbb{N}^k,\,|\mathbf{p}| = n}
 {n \choose \mathbf{p}} \mathbf{x}^{\mathbf{p}}.

</math>

そして具体的に多項係数の値は

<math>{n \choose \mathbf{p}} =
 \frac{n!}{p_1!\,p_2!\cdots p_k!}

</math> で与えられる。これについては順列も参照すると良い。

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