プー&ムー

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テンプレート:Infobox お笑いコンビ

プー&ムーは、吉本興業東京本社(東京吉本、厳密には子会社のよしもとクリエイティブ・エージェンシー)に所属する日本漫才コンビ。1987年結成、1992年デビュー。二人とも熊本県天草市(当時本渡市)出身で天草弁で漫才をする。体を張った芸で人気を集めている。デビュー以来吉本興業福岡事務所(福岡吉本)に所属し、九州を中心に活動していたが、2009年4月東京吉本に移籍、コンビで東京進出を果たした。

メンバー

  • おたこぷー…(本名・松田 成史〔まつだ しげふみ〕、1972年1月17日 - )旧名:おタコ・プーおタコプーボケ担当。
出身地天草の名産がであり、漫才の時にくねくねしている事から名づけられたものだと思われる。体を張ることが多く、ハスキーボイスで独特の喋りを展開する。また、奇抜な動きから繰り出されるポーズや、意味不明のフレーズで笑いをとるのが得意である。得意なギャグは「お久しブリッジ」、「北の政所」。
一時期CROSS FMナビゲーターとしても活動しており、同じく人気ナビゲーターであった北野順一にライバル意識を燃やしていたが、その後同じ番組で競演することになる。
根は真面目で、芸に対しても真剣すぎて暴走する傾向もあり、そういう事もあってか一度芸能界に馴染めなくなり失踪、自殺未遂をした事がある(その事の一部始終が日本テレビの番組で紹介された)。似たような芸風、性格の江頭2:50とギャグ対決をしたことがあり、最終的には二人とも全裸になって暴走し、スタッフ、視聴者を呆れさせた。
当時月収10万円に対し借金が400万円以上あり、公開録音形式に近いラジオ放送の際に借金取りがその現場に来ており「松田金返せ」という幕を番組中ずっと掲げていた。そのせいか、当時のレギュラー番組をそのままおいて7日間失踪した。最初の2日は自宅にいたが、その後自転車で日本横断を目論むが断念。コンビニで自転車を10円玉2枚と交換し、友達に連絡しそこで1泊。その後ほかの場所を転々とし失踪開始から1週間後福岡に戻った。
  • おさむ…(本名・井上 修〔いのうえ おさむ〕、1971年5月29日 - )旧名:シャバ僧しゃば蔵ツッコミ担当。
圧倒的に地味な存在感が持ち味。ミニドラマ等では悪役が多い。既婚。

来歴

二人は高校の同級生同士で、漫才コンビを結成し福岡へ渡る。1992年に「ワンダラーズ」としてデビュー。当時は「おタコプー」、「井上 修」で活動していた。

2002年ごろ、おタコに東京吉本より引き抜きの話が出た。当時、コンビとしての仕事はほとんどなく、個々の仕事が多かったためか、おタコ一人の条件の引き抜き話だった。しかし、おタコは「一人ではダメだ。修も一緒ではないと」と東京進出を断った。

そして、2003年に事務所の反対を無視して「神のお告げがあった」と言い、コンビ名を現在の名称にし、コンビとして再スタートした。同年のM-1グランプリでは準決勝まで進出した。

出演番組

過去

出演CM

おたこぷーのエピソード

初めて芸名を名乗った経緯

最初に芸名を名乗ったのは、素人時代に鶴屋華丸(現・博多華丸)から名前を訊かれ、本名で答えたが、名前の語呂のせいで華丸がうまく聞き取れず訊き直したとき、おたこはボケる場面だと判断してしまい、「おタコ・プーです。」と名乗り、華丸らを笑わせた。現在も博多華丸・大吉の二人はおたこの実力を高く評価している。

背骨を骨折

2001年、福岡の劇場で漫才の公演の最中に「お久しブリッジ」のギャグをやろうとした際、ブリッジに失敗し背骨を骨折した。完治するまでの間、テレビ、ラジオ、舞台の仕事は全てキャンセルした。

その骨折が元で腰椎の椎間板ヘルニアを患い、「お久しブリッジ」にドクターストップがかかり、それ以後「お久しブリッジ」を封印した。

歌手との親交

CROSS FMでオールリクエスト番組を担当したことがあり、アーティストとも交流がある。

番組内では平井堅と同年同日に生まれたことを頻りにアピールしていた。平井はブレイク前に同局で番組を担当していたこともあり、おタコとは顔見知り。時にゲスト出演し、お互いライバルとして笑えるトークを送ってくれていた。

福岡出身で同局で番組を担当していた椎名林檎とは電話番号を交換した仲で、テレビ番組で話したところ芸人仲間が半信半疑であったため実際電話したが、見事に繋がったので羨望の眼差しを送られた。

また、aikoファンでもあり、番組に来た時に「しげちゃん」と呼ばせる仲にまでなった。

東京移籍を蹴る

本社が「福岡からもそろそろ東京進出組が出てもいいんじゃないか」と福岡事務所に打診。当時、福岡事務所内では華丸・大吉、コンバット満の次に知名度が高く、東京の番組「わらいのじかん」にも出演したおたこにスポットが当たった。本人は必死に考えたものの、おさむを置いて東京に行くわけにはいかないと結論を出し、こういう話が出たのも「自分がピンで活動しすぎたから」だと思い込んだ。この話を蹴り、ピンの仕事は全て降板。以後、コンビでの仕事でないと引き受けないことにし、自身の番組、CROSS FMの「ハイパーサンデー」にて、涙ながらに降板理由を語った。幸い、KBCラジオが「コンビでラジオの仕事を」とオファーを出してくれたことから、本格的にコンビでの仕事を再開した。

外部リンク