プリンセス・オブ・ウェールズ

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プリンセス・オブ・ウェールズPrincess of Walesウェールズ公妃ウェールズ大公妃ウェールズ大侯妃)とは、イギリスプリンス・オブ・ウェールズ(ウェールズ公)の妃に自動的に与えられる儀礼称号(courtesy title)である。

2005年以降チャールズの妻カミラがこの称号を持っているが、カミラは呼び名(style)としてプリンセス・オブ・ウェールズの称号を用いず、コーンウォール公爵夫人(スコットランドにおいてはロスシー公爵夫人)の称号を用いることにした。

プリンセス・オブ・ウェールズの一覧

歴代のウェールズ公妃を年代昇順に並べると、次のようになる(括弧内は称号を持っていた期間)。

  1. ジョーン1361年 - 1376年) - 夫はエドワード3世の長男エドワード黒太子
  2. アン1470年 - 1471年) - 夫はヘンリー6世の長男エドワード
  3. キャサリン1501年 - 1502年) - 夫はヘンリー7世の長男アーサー
  4. キャロライン1714年 - 1727年) - 夫はジョージ1世の長男ジョージ・オーガスタス(→ジョージ2世
  5. オーガスタ1736年 - 1751年) - 夫はジョージ2世の長男フレデリック・ルイス
  6. キャロライン1795年 - 1820年) - 夫はジョージ3世の長男ジョージ・オーガスタス・フレデリック(→ジョージ4世
  7. アレクサンドラ1863年 - 1901年) - 夫はヴィクトリアの長男アルバート・エドワード(→エドワード7世
  8. メアリー1901年 - 1910年) - 夫はエドワード7世の次男ジョージ・フレデリック・アーネスト・アルバート(→ジョージ5世
  9. ダイアナ1981年 - 1996年) - 夫はエリザベス2世の長男チャールズ・フィリップ・アーサー・ジョージ
  10. カミラ2005年 - ) - 夫はエリザベス2世の長男チャールズ・フィリップ・アーサー・ジョージ

称号喪失原因

ウェールズ公妃は、夫の国王即位、夫の死、夫との離婚などによって、ウェールズ公妃の称号を自動的に失う。

夫の国王即位の例

歴代のウェールズ公妃のうち、夫のウェールズ公が国王に即位した者は、ジョージ2世妃キャロライン、ジョージ4世妃キャロライン、アレクサンドラ、メアリーの4人である。彼女たちは夫の即位と同時に王妃(Queen consort)になった。

カミラも、夫チャールズが国王に即位すると、多くの法学者の解釈によれば自動的に王妃になる。しかし、彼女は王妃の称号を名乗ることを辞退し、王配Princess consort)の称号を名乗ることを希望している。

夫の死の例

ジョーン、オーガスタは、夫との死別によりウェールズ公妃でなくなり、ウェールズ公太妃Dowager Princess of Wales)となった。

アンは、夫エドワードとの死別によってウェールズ公太妃となった後、グロスター公リチャードと結婚し、夫がリチャード3世として王位に就いたため王妃となった。

キャサリンは、夫アーサーと死別によってウェールズ公太妃となった後、義弟のヘンリー8世と結婚したため、ヘンリー8世の妻として王妃となった。そしてヘンリー8世との婚姻が無効と宣言されると、再びウェールズ公太妃となった。

夫との離婚の例

ダイアナは、夫チャールズとの離婚により、自動的にウェールズ公妃の称号を失った。また、殿下(HRH:Her Royal Highness)の敬称をつけられる資格を失った。

離婚後、ダイアナはDiana, Princess of Walesと名乗った。これは、貴族と離婚した女性が「自分自身の個人名+離婚前の称号に基づく呼称」を離婚後の呼称として用いることを許されている慣例に従った、原則的措置にすぎない。将来国王になることが予定されているウィリアムの母親としてふさわしい呼称を与えるべく、何らかの配慮があったと考える人も少なくないが、この呼称方法は特別に創設されたものではない。また、ダイアナが離婚後もウェールズ公妃の称号を保持したという解釈は誤りである。この誤解は本国イギリスにおいても広く見られる。

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