写像

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写像(しゃぞう、mapping, map)とは、二つの集合が与えられたときに、一方の集合の各元に対し、他方の集合のただひとつの元からなる集合を指定して結びつける対応のことである。函数変換作用素などが写像の同義語として用いられる[1]こともある。

ブルバキに見られるように、写像は集合とともに現代数学の基礎となる道具の一つである。圏と関手を縦横に駆使する最先端の数学を除けば、現代数学のほとんどが、集合と写像の言葉で書かれているといっても良いほどである。なお、分野によっては慣例として、「射(map)」という用語が、ある特定の写像を意味することもある(例:位相幾何学においては連続関数線形代数においては線形写像など)。

現代的な立場では、「写像」と「函数」は論理的におなじ概念を表すものと理解されているが、歴史的には「函数」の語は解析学に出自を持つものであり、一部には必ずしも写像でないものも函数の名の下におなじ範疇に扱われる(多価函数参照)。日本語においてはその語感もあって(解析学の興味の対象となる)「数を値域に持つ写像」をして特に函数と呼ぶという傾向は現代においても根強い[2]函数二項関係対応の各項も参照のこと。

素朴な定義

集合 A の各元に対してそれぞれ集合 B の元をただひとつずつ指定するような規則 f が与えられているとき、f始域(しいき、sourceA から終域(しゅういき、targetB への写像であるといい

<math>f\colon A \to B,\quad A \stackrel{f}{{}\to{}} B</math>

などと表す。また fA で(あるいは A の上で)定義されているといい、あるいはまた fB に(あるいは B の中に)値を持つという。始域 A を sour(f)、終域 B を tar(f) のように記すこともある。また、A の元 af によって B の元 b に移されるとき、ba における fあるいは(あたい、value)と呼び、bf(a) で表す。また、af によって b に写されることを、棒つき矢印を用いて f: ab などとも表す。変数 x を用いて xf(x) のように表すとき、fA を亘る(または走る)変数 x の函数であるという。

もう少し一般に、必ずしも全体集合 A に一致するとは限らない何らかの部分集合 A′ に属する各元 a に対して、集合 Ba における f の値となる元 f(a) が与えられているとき、つまり f: (A ⊇)A′ → B が写像となるような集合 A′ が存在するとき、fA を始域、B を終域とする部分写像(ぶぶんしゃぞう、partial mapping)であるといい、これを(記号の濫用だが)やはり

<math>f\colon A \to B</math>

と記す。このとき、A′ を部分写像 f定義域(ていぎいき、domain of definition)と呼んで、D(f), dom(f) などで表す。部分写像 f の定義域 D(f) が始域 A に一致するとき、これを特に全域写像(ぜんいきしゃぞう、total mapping)と呼ぶ。[注 1][注 2]

像・逆像

テンプレート:Main B′ を B の部分集合とするとき、f によって B′ に写される始域 A の元全体からなる集合 {aA | f(a) ∈ B′} を B′ の逆像(ぎゃくぞう、inverse image)または原像(げんぞう、preimage)といい、f−1(B′) で表す。[注 3]

A の部分集合 X の元の f による像たちの全体からなる終域 B の部分集合 {f(a) | aX} を Xf による (ぞう、image)といい、f[X], fX などで表す。特に fA による像 f[A] を f値域 (range) と呼び、ran(f), Im(f) などで表す。[注 4]

形式的な定義

テンプレート:Seealso A から B への写像 f に対して、fグラフ G(f) を G(f) = { (x, y) | y = f(x) } によって定義すれば、

右一意性: 任意の xA に対して、ただ一つの yB が存在して (x, y) ∈ G(f)

が成り立つ。逆に、右一意性をみたす A × B の部分集合 G に対して、必ず G(f) = G をみたす写像 f : AB が存在する。したがって、A から B への関数たちと右一意性をみたす A × B の部分集合たちの間には一対一の対応がある。そこで、右一意性をみたす A × B の部分集合のことをこそ写像と呼ぼうというのが現代的な写像の定義の指針である。正確な定義を次に述べる。

集合 A, B の元の順序対からなる集合(すなわち二項関係f が次をみたすとき fA から B への関数関係であると言われる:

右一意性: (x, y1) ∈ f かつ (x, y2) ∈ f ならば y1 = y2

このとき、三つ組 (A, B, f) をこの関数関係 f から定まる A から B への部分写像と呼び、f: AB あるいは(記号の濫用で)単に f で表す。二つの部分写像 (A, B, f) と (C, D, g) の相等は、三つ組としての相等をいう。

部分写像 fA × B定義域 dom(f) と値域 ran(f) は次のように定義される:

<math> \mathrm{dom}(f) = \{x \mid \exists y ((x,y)\in f)\}\subseteq A,\quad \mathrm{ran}(f) = \{y \mid \exists x ((x,y)\in f)\}\subseteq B.</math>

特に dom(f) = A のとき、fA から B への(全域)写像または関数であるといい、f, g がともに A から B への関数のとき、fg が等しいというのは、この二つが A × B の集合として同一であるということ、すなわち

x (xfxg)

ということであるが、これは任意の aA に対して f(a) = g(a) であることと同値なので、素朴な意味で写像 fg が等しいと言ったときと同じ意味となる。[注 5]

自明な写像

  • A の任意の元 a に対して a 自身を対応させると、これは A から A への写像になる。この写像を恒等写像 (identity) といい、IA や idA などと表す。
  • BA の部分集合とするとき、B の任意の元 b に対して b 自身を A の元として対応させる B から A への写像を包含写像 (inclusion) という。
  • f: AB とする。A の部分集合 A′ について、A′ の各元 a に対して B の元 f(a) を対応させると、これは A′ から B への写像になる。この写像を fA′ への制限写像といい、f|A と表す。
  • A空集合のとき、A から B への写像はただ一つ存在し、これを空写像と呼ぶ。空写像に対応するグラフは空集合である。A の元が存在しないので何の対応も定めてはいないが、これも立派な写像である。素朴な定義では、f が写像であるとは「aA の元ならば B の元 f(a) がただ一つ定まる」が成り立つことであったが、A が空集合ならば「aA の元」は偽であるから、この命題は真である。この議論は AB が共に空集合である場合も通用するので、空集合から空集合への写像は空写像ただ一つである[注 6]

写像の合成

テンプレート:Main 二つの写像 f: AB, g: CD を考える。 BC の部分集合であるとき、A の任意の元 a に対してg(f(a)) は D のある一つの元になる。こうして決まる写像を fg との合成(ごうせい、composition; 結合)といい、gf あるいは gf と表す。[注 7]

上の集合論的な定義からは

<math>G_{g \circ f} = \left\{ (a,d) \mid \exists x \in B\quad (a,x)\in G_f, (x,d) \in G_g \right\}</math>

が合成写像のグラフであり、gf = (Ggf, A, D)となる。合成写像について、

<math>h \circ (g \circ f) = (h \circ g) \circ f</math>

が成り立つ:すなわち、写像の合成は結合法則を満たす。このことから、A からそれ自身への写像全体の集合は恒等写像を単位元とするモノイドをなすことがわかる。

全射・単射および逆写像

ファイル:Surjection.svg
全射であり単射でない。
ファイル:Funcao venn.png
単射であり全射でない。

テンプレート:Main

  • 右全域性「f: AB について ran(f) = B」が成り立つとき(つまり値域と終域が一致するとき)、fA から B への全射という。
  • 左一意性「A の任意の元 a1, a2 に対して、a1a2 ならば f (a1) ≠ f (a2)」が成り立つとき、 f単射という。包含写像は単射である。単射の制限写像も単射である。
  • A から B への全射 f がさらに単射でもあるとき、fA から B への全単射であると言われる。定義域を A とする任意の単射 f はあきらかにその値域 f(A) への全単射である。

fA から B への全単射とする。f(a) = b によって、「ba に」対応させると、f は全射だから、全ての b がある a に対応していて、f が単射であることからそのような a は一つしかないことが分かる。こうして作られる写像を f逆写像といい、f−1 と表す。構成から、

<math>f^{-1} \circ f = I_A,\quad f\circ f^{-1} = I_B</math>

であることが分かる。

A からそれ自身への全単射全体の集合を S(A) とすると、写像の合成は結合法則を満たし、恒等写像を単位元として、任意の全単射が逆写像を逆元に持つから、これはをなす。特に An 個の元からなる有限集合の場合の S(A) を n対称群という。

f: AB, g: CD の合成 gf: AD が定義可能で全単射であるとき、g が全射であることおよび f が単射であることが容易に確かめられるが、このことの逆も次の意味で成り立つ。

  • f: A → B が全射であるとき、(選択公理を仮定すると)B から A への写像 r が存在して右可逆性 fr = idB が成り立つ。この r のことを、f右逆写像という。
  • f: AB が単射であるとき、B から A への写像 l が存在して左可逆性 lf = idA が成り立つ。この l のことを、f左逆写像という。

この二つの事実には、正確に逆が成り立つ。従って、全射と単射を次のように定義することもできる;

写像 f が右逆写像を持つとき、f を全射といい、f が左逆写像を持つとき、f を単射という。

写像図式

テンプレート:Main

複数の集合と写像を一度に扱う必要があるとき、図式や系列と呼ばれる道具を用いると記述が簡素になる。ホモロジー代数圏論の文脈ではよく用いられる。写像の図式とは、いくつかの集合を頂点とし、それらの集合間の写像を有向辺にもつようなグラフである。簡単な図式の例としては
<math>A_1\stackrel{f_1}{{}\to{}}A_2\stackrel{f_2}{{}\to{}}A_3</math>

などを挙げることができる。任意の頂点から別の任意の頂点への写像が経路の取り方に依らないとき、図式は可換であるという。例えば h = gf のとき、図式 100px は可換である。


  1. 全域的でないものに限って部分写像と言っている場合もある。
  2. 部分写像と全域写像を総称して写像と呼ぶ流儀もある。これは、定義域と始域の区別を重視しない立場であるということもでき、この立場で始域や定義域を区別せずにドメイン (domain)あるいはソース(source)と呼ぶこともある。
  3. ここに、f−1 は単なる符牒であって必ずしも写像を定義しないが、対応と考えることができるし、写像 fを持てばそれに一致する。
  4. 部分写像を写像と呼ぶ立場と同様に、やはり値域と終域を明示的に区別しない立場もある。またこの立場では値域と終域とを区別せずにコドメイン (codomain) あるいはターゲット (target) と呼ぶこともある。
  5. ただし、写像の相等を扱う際の二つが「A から B への」写像であるという但し書きは重要である。例えば A から B への写像 fA から BB′ なる B′ への写像 g について、集合として f = g(つまりグラフが一致)でも三つ組としては異なるから、この二つの写像は同一でない。実際、xx2 なる元の対応で定められる二つの写像 f: RRg: RR≥0 を考えると後者は全射性を持つが前者はそうでない。テンプレート:Harv注意1.1.6,定義1.1.7なども参照
  6. この事実は0の0乗を 1 と定義する理由の一つに挙げられる(ただし、いつもそのように定義するわけではない)
  7. fg あるいは fg, f ; g と書く流儀もある。

出典

  1. 例えばテンプレート:Harvは「関数,対応,写像,作用素をすべて同じ意味で使用することにする」という断り書きをつけている。
  2. 例えば テンプレート:Harv、web上の資料としてはテンプレート:Harv ほか多数見つかるが、いくつか外部サイトを挙げておいた。

参考文献

関連項目

外部リンク