冪根
冪根(べきこん)、または累乗根(るいじょうこん)は、冪乗(累乗)に相対する概念で、冪乗すると与えられた数になるような新たな数のことをいう。
定義
n を 2 以上の自然数とする。数 a に対して、xn = a の解を、a の n 乗根(root of n-th power, n-th root; n-冪根)といい、また n を特に固定せずに冪根、累乗根と総称する。特に、2乗根、3乗根は、それぞれ平方根、立方根ともいう。
a の n 乗根のうち、n 乗して初めて a となるようなもの、すなわち xn = a であって、m < n なる任意の自然数 m に対して xm ≠ a を満たす x は、a の n 乗根として原始的である、または a の原始 n 乗根 (primitive n-th root) であるという。
文脈として、どのような集合の上で冪根を考えているかは意識しておかねばならない。考えている集合によっては、n 乗根が複数存在する場合もあるし、一つも存在しない場合もある。複素数体のような代数的閉体では、n 乗根はちょうど n 個存在する。初等的には、実数において正の数の n 乗根を扱う場合が多く、n が偶数ならば正と負の2つが存在し、n が奇数ならば正のものがただ1つ存在する。負の数のn 乗根は、奇数乗根は実数でも定義できるが、偶数乗根は実数では定義できない。
正の実数の冪根の近似値を求めることやその算法を、開法(開方とも、evolution)という。特に、平方根や立方根を求めることを、それぞれ開平、開立という。
複素数の冪根
a が複素数であるとき、その冪根は極形式を用いれば簡明な表示を得ることができる。a = 0 のときはその任意の冪根は 0 であると定め、以下 a ≠ 0 として、a = r exp iθ (r > 0) をその極形式表示とする。
まず、r > 0 に対して xn = r を満たす x > 0 はただ一つ存在する。それは
- n√r
である。このとき、n 個の複素数
- <math>\alpha_k =\sqrt[n]{r} \exp \frac{\theta +2k\pi}{n} i</math>
(k = 0, 1, ..., n − 1) は全て αkn − a = 0 を満たす。代数学の基本定理より、複素数係数の n 次方程式の解は n 個であるから、a の n 乗根は以上で全て得られている。
ここで、根号と呼ばれる記号 n√ は(a の)絶対値としての正の実数(つまり r)にしか、一意的な意味を持たないことに注意すべきである。つまり、一般の複素数 a に対して n√a などと書いても、それだけではこの記号に何の意味も発生しないということである。もう少し別な言い方をすれば、根号関数 n√: R+ → R+(ここで R+ は正の実数全体)は定義可能だが、n√: C → C を定める方法は無条件には存在しないというような形で述べることもできる。
しかしながら、例えば二次方程式 ax2 + bx + c = 0 の解の公式に現れる根号付きの数 √D (D = b2 − 4ac) を、その中に現れる複素数(被根号数)D の平方根の任意に選んだ一つと解釈することにすれば、(どちらを選んだにせよ)もう一方の解は −√D に対応し、根の公式はそのまま任意の二次方程式に通用する。これは、二つの冪根同士は 1 の原始冪根を掛ける違いしか持たないことによるものだが、そういった背景により、このような「どれなのかは論理的に区別して指定できないのだけれども、確かにどれか一つを選んでいる」という意味で記号 n√ を用いることは少なくはない。虚数単位としての
- √−1
(これはしばしば i と書かれる)はその好例である。あるいは、数の範囲を複素数まで広げて考えずに実数の範囲内でのみ考えている場合には、別な意味づけをすることもある。奇数 n が与えられたとき、負の実数 x の n 乗根は実数の範囲にただ一つだけ存在することから、これを n√x と記すのである(立方根を参照)。
有限体
有限体 F について、その位数は q であるとする。このとき、F の零元 0 以外の元は単位元 1 の q − 1 乗根として得られる。すなわち
- <math>F \smallsetminus \{0\} = \{x \mid x^{q-1} - 1 = 0\}</math>
が成り立つ。あるいは
- <math>F = \{x \mid x^q - x = 0\}</math>
と記しても同じことである。
冪根拡大
K を体とし、a ∈ K の任意の一つの冪根 α = n√a を添加する拡大 K(α)/K を K の冪根拡大という。
もし K が 1 の原始 n 乗根を含むなら拡大体 K(α) は二項多項式 xn − a の最小分解体となり、この二項多項式は重根を持たないので拡大はガロア拡大となる。これをクンマー拡大と呼ぶ。クンマー拡大は巡回拡大でその拡大次数は n の約数である。逆に n の約数 d に対し、拡大次数が d であるような巡回拡大 L/K は(K が 1 の原始 n 乗根を含むという仮定の下であれば)クンマー拡大である。このことから、ある方程式が係数に対して四則演算と冪根を添加する操作を有限回繰り返すことで解ける(代数的に可解である)ならば、ガロア群は巡回群のみからなる組成列を持たなければならないことになる。この性質は、抽象群に対して可解群の概念として定式化される。