バターン (強襲揚陸艦)
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艦歴 | |
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発注 | 1991年12月20日 |
起工 | 1994年6月22日 |
進水 | 1996年3月15日 |
就役 | 1997年9月20日 |
母港 | バージニア州ノーフォーク |
性能諸元 | |
排水量 | 満載排水量:41,005トン |
全長 | 844 フィート (257 m) |
全幅 | 110 フィート (34 m) |
吃水 | 27 フィート (8.5 m) |
機関 | ウェスティングハウス式蒸気タービン 2基、2軸 70,000hp |
最大速度 | 22ノット |
航続距離 | 9,500浬(18ノット時) |
乗員 | 士官104名、兵員1,004名 |
上陸要員 | 1,894名 |
兵装 | RAM近SAM21連装発射機 2基 シースパロー8連装発射機 2基 20mmファランクスCIWS 3基 25mm機関砲 3基 12.7mm機銃 4基 |
艦載機 | 各種ヘリコプター 30機 AV-8B ハリアー II 6~8機 |
搭載艇 | LCAC 3隻 |
モットー | Courage, Commitment, Honor |
バターン (USS Bataan, LHD-5) は、アメリカ海軍の強襲揚陸艦。ワスプ級強襲揚陸艦の5番艦。ミシシッピ州パスカグーラのリットン・インガルス造船所で建造された。
艦歴
バターンは第二次世界大戦におけるフィリピンのバターン半島における戦いに因んで命名された。その名を持つ艦としては2隻目である。艦のスポンサー、元海兵隊司令官カール・E・マンディジュニア将軍の夫人、リンダ・スローン・マンディは「アメリカ合衆国の名の下に、そしてバターン半島での勇敢な戦いの下に」艦に命名を行った。バターンの命名式では国防副長官ジョン・P・ホワイトが演説を行った。
バターン半島の戦いおよびその後の「バターン死の行進」から生還した者や、空母バターン (USS Bataan, CVL-29) に関係した100名以上の退役兵が命名式に参加した。
ハリケーン・カトリーナ
2005年のハリケーン・カトリーナの上陸に先立ってニューオーリンズ沖に待機して、8月30日より被災者に対する救援作業に参加した。バターンの艦載ヘリコプターは被災規模確認のための最初の飛行を行った。続いて1,600名以上の難民を輸送し、被災地区に100,000ポンド(45メートルトン)以上の積荷および8,000ガロン(30,000リットル)の真水を供給した。艦は84人の医学専門家から成る2つの飛行医療チームの基地として機能し、チームは被災地で救急医療を提供した。