不完全菌

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不完全菌(ふかんぜんきん)とは、子のう菌担子菌の仲間で、有性生殖を営むステージが未発見で分類学的な位置がよくわからないものを仮にまとめるということで成立した群である。菌類無性生殖のみで増える体を不完全型、そのステージを不完全世代と呼んだが、この不完全型のみしか発見されていないことからこの名称で呼ばれた。有性生殖を行うステージを完全型、そのステージを完全世代と呼ぶが、通常これは同時に無性生殖も営む。身近に見ることのできるカビの大部分は不完全世代を目にしており、そこに不完全菌が含まれる率は高い。

菌類は通常の栄養生活を営む体が視覚的特長に乏しい菌糸体であり、生化学的手段をとらない限り、生殖器によらなければ同定は困難である。また既知の子のう菌や担子菌の不完全型と酷似していても、完全型が未知の近縁別種であったり、有性生殖能力を喪失した近縁種である可能性は棄却できない。そのため、完全型が発見されている菌であっても、得られた不完全型の菌を便宜上、不完全菌として扱うことが多い。

不完全菌とは

たとえばパンの上に生えてくるカビは、アオカビコウジカビであることが多い。これらのカビはすぐにたくさんの胞子を作る。これらの胞子は体細胞分裂で作られるもので、飛んでいって発芽すれば、同じような菌糸体を生じる。また、この胞子を培養すれば、シャーレ内の人工培地上で、何世代でも同じ菌糸体を培養することができる。このように、無性生殖によって生活を続ける菌は、有性生殖をなかなか見ることができないものが多い。アオカビやコウジカビには、菌糸の接合の後、小さな子実体を作るものがあるが、それらを見ることは珍しい。

菌類の分類は、有性生殖や、減数分裂によってできる構造(完全世代と呼ぶ)を中心に行われるので、このように無性生殖ばかりを繰り返す(不完全世代と呼ぶ)菌は、正しい分類ができない。このことから、このような菌類を不完全菌と呼ぶようになった。不完全菌がそのような有性生殖などが見つかれば、正しい分類位置を定めることができる。その場合には、正しい学名がつけられる。しかし、完全世代が見つかるまでは名前が付かないでは困るので、不完全菌に対しても学名は与えられる。その場合、正しい類縁関係が反映されることは必ずしも期待できないので、形態に基づくものと割り切らざるを得なくなる。もちろん、完全世代が見つかり次第、正しい学名がつくわけだが、それでも実際に菌を見れば、やっぱり無性生殖ばかりで暮らしている訳なので、不完全菌としての名前も使って良いことになっている。ちなみに不完全菌の「属」は日本語では区別しないが、genusではなくform-genusである。形態にのみ基づく分類であるとの意味である。

また、無性生殖ばかりが見つかるカビであっても、接合菌門のカビやツボカビ門,あるいは卵菌類のものは、無性生殖器官の特徴(接合菌なら胞子のう)とか、菌糸体の特徴(たいていは多核体)によって、それと判断がつく場合が多く、その場合はそれぞれの位置に置かれるので、不完全菌に扱われることはない。ただし、接合菌には菌糸体の特徴からも胞子の特徴からも判別しがたい場合があり、若干ながら混乱した事例もある。

そういうわけで、現在では不完全菌と言えば、子のう菌担子菌の系統の菌類で、無性生殖を繰り返して生育するものを指す。かつては、これを独立した分類群のように扱い、不完全菌亜門・糸状不完全菌綱などの名称があったが、近年ではそのような扱いはしない。どの不完全菌でも、完全世代が見つかれば、子のう菌か担子菌に入るのだから、わざわざ独立群をたてる意味はない、との立場である。しかし、実際には完全世代を持たない不完全菌が多数あることも想定されている。現在では、分子遺伝学的に類縁を調べる方向の研究も進められている。これならば、完全世代が見つからなくても所属が判断できる理屈である。

生活環

当然ながら子嚢菌ないし担子菌であるから、それらのものと同じ生活環を持つものと考えられる。実際にはその多くが有性生殖を持ち、単に培養下ではそれが観察しづらいか、あるいは条件があって、限られた時期や場所でのみ有性生殖が行われるものと思われる。それ以外の時期には無性生殖で繁殖しているので、その部分だけを見るとそれが不完全菌として認識されると言うことである。

しかし、中にはひどく離れた場所で得られたもの同士が有性生殖を行う組み合わせとして発見されるものがあり、それらは自然界で相手を探せているのかどうかが疑わしい。また、どうも有性生殖をしていないのではないかといわれるものもある。

他方、有性生殖の仕組みを発達させずとも、それと同等の遺伝子のやりとりが可能な現象として、疑似有性生殖があり、一部のものはこれによって実質的には有性生殖の効用を得ているものと考えられている。

完全世代との関連と分類

不完全菌は有性生殖が知られていない菌であり、菌の系統分類には有性生殖の構造が重要とされる。したがって、無性生殖器官での分類は系統関係を反映していない可能性が高く、それがform-genusといった用語にも現れている。しかし、そうではあっても、分類する以上はそれが系統関係を反映することは望ましいことである。したがって、不完全菌の完全世代を探すことは不完全菌の分類から見ても重要なことである。

不完全菌の分類は、古くはサッカルドーの体系が用いられた。これはまず菌糸が無色のものと有色のものを分け、次に分生子の形で分け、さらに構成する細胞の数で分け、という風なもので、整理には便利であるが人為分類の臭いが強い。これに対して新たに提案されたのがHughes-Subramanian-Tubakiの分類体系で、これは分生子形成型に重点を置いたものである。完全世代が近縁なものは、分生子の形成型が似ているという判断である。これによってある程度は完全世代の分類体系との対応が取れるようになり、完全世代が近縁のものは不完全世代も近いものになる例が多い。

しかしながら、現実には両者を完全に対応させることは困難なようである。未だに完全世代が発見されないものもあれば、完全世代において一つの種が二通り以上の分生子世代の型を持っている例も知られており、中には複数の属にまたがる例まである。現在では、完全世代が不明のものも、分子遺伝学的データによってその分類学的位置が推定できるようになっているが、これをもっても、ほぼ同じ姿の不完全世代のものが、かけ離れた完全世代を持つ例があるらしいことが知られる。この場合、分生子形成に収斂進化が起きた可能性も指摘されるが、構造が単純なカビの場合、単に区別がつかないくらい単純なだけ、との見方もある。

名称等

不完全菌の名は、英名のimperfect fungiに基づく。中国では半知菌という。20世紀末より不完全菌にあたるimperfect fungiはあまり使われなくなり、Conidial Fungi(分生子を作る菌)や栄養胞子形成菌(Mitosporic Fungi 体細胞分裂の胞子を作る菌)、あるいはアナモルフ菌(Anamorphic Fungi アナモルフ(無性生殖)の菌)といった用語が使われている。しかし、いずれも使いやすい名称とは言いにくく、特にアナモルフなどは専門家によい訳語を作ってもらいたいものである。

分類体系については、以前は以下のような名称を用いた。

不完全菌(imperfect fungi, Fungi Imperfecti)

  • 不完全菌門 form-division Deuteromycota
    • 不完全酵母綱 form-class Blastomycetes
    • 不完全糸状菌綱 form-class Hyphomycetes
    • 分生子果不完全菌綱 form-class Coelomycetes

このように、子嚢菌や担子菌といった正規の分類体系に平行するように、一応分類群としてその存在を認めていたが、1992年にアメリカ合衆国オレゴン州ニューポートでホロモルフ会議というのが行われ、この場でこのような分類群としての扱いをやめることが決定された。したがって、現在では不完全菌という用語は単なる普通名詞である。しかし、不完全菌として命名された名は、この使用をやめることが現実的には難しく、かつ実用上の利便性もあり、まだまだ使われ続けるであろう。

個々のカビの名は、学名は当然あるが、和名がつけられているものは少なく、あっても種を対象にではなく、せいぜい属に対して与えられているにすぎない。アオカビコウジカビなどは一応学名では属名と対応がつけられている例であるが、クロカビ、アカカビなどは漠然とした対象を指している場合が多い。それ以外の場合は、ほとんど和名をつけることは行われていない。学名のカタカナ表記か、あるいは病原体であれば(植物の病原菌は多くの種がある)、何々病菌といった名で呼ばれる。ただし、学名のカタカナ表記は表現にゆれがある。Paecilomycesはパエキロミケスかペシロマイセスのどちらかになる。また、病気名の場合、その属の種すべてが同一の病気を引き起こすわけではないので、属名としては使えず、融通が利かない難点がある。

不完全菌の特徴

子のう菌・担子菌には、単細胞で生活する酵母の形を取るものと、菌糸体を発達させるものがある。不完全菌にも、それに対応して、不完全酵母類・不完全糸状菌類がある。不完全酵母は出芽分裂によって増殖する。

不完全糸状菌は、一定幅で隔壁を持つ菌糸からなる菌糸体を作る。所々から柄をのばし、胞子を形成する。不完全糸状菌の胞子の主要なものは分生子といい、分生子柄の先に分裂や出芽などによって作られる。袋に入った状態で作られることはない。分生子の形、作られ方などは不完全菌の分類で重視される特徴である。分生子柄はバラバラに作られるものが多いが、互いにより集まって分生子柄のマットを形成するもの、くっつき合って共通の柄を作り、その先に多数の分生子を作るもの、それらを覆う構造を持ち、簡単な子実体のようになるものも知られている。他に、菌糸の一部の壁が厚くなった厚壁胞子を形成するものもある。

また、分生子を子実体様の構造を作って形成するものがある。子のう菌類の閉子のう殻に似たものなどが知られ、分生子果不完全菌という。

分生子を形成しない不完全菌もある。この場合、菌糸の特徴や菌核などの形質で同定が行われる。

不完全菌の生息環境

子のう菌・担子菌など高等な菌類の生活の主体は陸上である。したがって不完全菌も、陸上の環境に多く見られる。 おおよそ、菌類の生息する環境ならばどこにでも不完全菌は出現する。人間の生活空間であれば、食物家具、家の等、有機物が存在し、ある程度の湿気があれば、カビは出てくるし、それはたいていは不完全菌である。自然な環境であれば、動植物遺体、、落ち葉などそれぞれに様々なカビが繁殖する。セルロース分解が得意なものもあるし、動物の毛などケラチン質を好むものもある。また、生き物を侵すものもたくさんある。植物の病気を引き起こすもの、動物に寄生するもの、線虫捕食菌など、様々な形で栄養を漁る。藻類共生して地衣類となるものもあり、不完全地衣類と呼ばれる。水中には、落ち葉につく水生不完全菌がいる。海産種も数は多くないが知られている。

ただし、その活動を本当に知ることはかなり難しい。カビがそこに”いる”ことを知るためには、培養によってその姿を見なければならない。正確な同定には純粋培養が必要になる。このことが、自然界でのカビの活動を知るためには、大きな困難となる。たとえば、森林土壌中のカビを探すために、土を取ってきて、水に入れてかき混ぜ、上澄みをシャーレの中の培地に流し込み、育てたとしたら、おそらく、アオカビやコウジカビがたくさん出てくるかもしれない。ところが、慎重に土の中から枯葉を取りだし、これを滅菌水中で完全に洗い、それを培養すれば、たぶん違ったカビが出現する。アオカビやコウジカビは、人家の中で、すぐに生えてくることでもわかるように、常にそこら中に胞子が飛んでいて、好適な場があればすぐに生えてくるので、このような結果になるわけである。いわば、彼らは菌類の中の雑草のような存在である。また、後者のようなやり方でも、キノコには、この枯葉は小さすぎて、たぶん出てはこないことも配慮せねばならない。

人間との関わり

とにかくカビとして遭遇する生物の大半は不完全菌である。従って、その影響は極めて多岐にわたる。直接的な影響だけを考えても、ずいぶんと事例が多い。人間に直接加害するものには、病原体となるものも知られ、ヒストプラズマのように非常に危険なものから、身近な白癬菌(いわゆるミズムシタムシ)までがある。逆に薬になるものもあり、アオカビの一種からはペニシリンが発見されたので有名である。アオカビコウジカビは食品を腐らせる代表でもあり、発酵産業でも様々に応用されている。貴腐ワインはブドウにカビがついたものを材料にする。ハイイロカビが果実表面のロウを分解するためである。昆虫に寄生するものは、害虫防除への応用が見込まれる。

作物の病気を引き起こすものも多々ある。農作物に被害を与えるものも多々あるが、トリコデルマのようにキノコ栽培に被害を与えるものも存在する。壁にカビが生えればシミになり、場合によっては胞子がアレルギーの原因となる。

カビ以外にも、酵母において不完全菌であるものもあり、カンジダはその代表である。これも病原性のものが含まれる。キノコにも不完全菌であるものがある。冬虫夏草のひとつ、クモタケはその例である。不完全菌が地衣類を形成する場合、不完全地衣と呼ばれる。

代表的な属

参考文献

  • 杉山純多編集;岩槻邦男・馬渡峻輔監修『菌類・細菌・ウイルスの多様性と系統』(2005)裳華房
  • ジョン・ウェブスター/椿啓介、三浦宏一郎、山本昌木訳、『ウェブスター菌類概論』1985,講談社
  • C.J.Alexopoulos,C.W.Mims,M.Blackwell,INTRODUCTORY MYCOLOGY 4th edition,1996, John Wiley & Sons,Inc.