楽山大仏
楽山大仏(らくさん-だいぶつ)は、中国・四川省楽山市にある、弥勒菩薩を象(かたど)って彫られた巨大な磨崖仏(石仏)であり、石窟寺院の一種である。「峨眉山と楽山大仏」として、近隣にある峨眉山とともにユネスコの世界遺産に登録されている。
概要
楽山大仏は峨眉山地域内の長江の支流、岷江(びん-こう)、大渡河、青衣江が合流する地点にある。
近代以前に造られたものでは世界最大・最長の仏像であり、石像である[1]。顔は100畳分、岩山を掘り、90年かけて造られた。高さは71メートル。東大寺の大仏の5倍にも及ぶ。当時、多くの大仏が国家によって造られたのに対して、楽山大仏は民衆の力で作られた。
歴史
建造と火難
楽山大仏は、後述の韋皐(い-こう)が編ませた『嘉州凌雲寺大像記』の伝えるところによれば、開元元年(713年)、楽山周辺では塩が大量に取れ、年間の生産高は現在の価格に換算すると1千億円以上でその成功を仏様に感謝したいという気運が高まったことと、当時頻繁に起こっていた塩を運ぶ大動脈である岷江の水害を大仏の力で治めてもらおうという願いから、僧の海通が民衆の布施の下に寺院・凌雲寺に隣接する崖に石像を彫り始めた。
天宝2年(743年)、海通は大仏が完成する前に亡くなったが、剣南西川節度使であった韋皐が建設を受け継ぎ貞元19年(803年)に完成した。 川の合流地点に工事で出た大量の土砂を投入することにより、川底が浅くなり、海通の意図通りに水害は大幅に減ることとなった。
完成当時、大仏は「大仏像閣」と称する13層の木造の建造物に覆われ、法衣には金箔、胴には朱色が塗られていた。 さらに、湧水を外に逃がすための排水溝、そして雨水を効率よく逃す溝が掘られていた。 しかし、明代末期に建物は焼失、大仏も風雨に晒されて色が落ち、雑草に覆われていった。
修復と保護の問題
修復は1962年になってようやく行われた。 その際、像の胸の部分から明代に開けられたと見られる穴が発見され、経典などを入れるためのものであったとの推測がなされている。
最近では酸性雨によると思われる染みが見られる。
世界遺産
楽山大仏は1996年、比較的近隣にある仏教の一大聖地・峨眉山とともに、複合遺産「峨眉山と楽山大仏」の名でユネスコの世界遺産に登録された。
施設の詳細
施設の大きさは全高(縦全長)約71m、像高(像本体の高さ)約59.98m(長さの比較資料:1 E1 m)。 近代以前に造られたものでは世界最大・最長の仏像であり、石像である。 また、像高で第2位にあったバーミヤンの大仏(2体のうちの大きい方)が破壊された現在では、これに迫る古仏は存在しない。
- 施設全高 約71m。
- 像高(像本体の長さ) 59.98m。 像幅(像本体の幅) 28.5m。
- 頭高(頭部の長さ) 14.7m、鼻の長さ 5.6m、口の長さ 3.3m、耳の長さ 7.0m(耳の穴には2人入れるという)、首の長さ 3.0m。
- 肩幅 28.0m、中指の長さ 8.3m、脚の長さ 10.5m、足の甲の長さ 8.5m。
アクセス
- 路線バス3路および13路の「大佛寺」バス停下車徒歩3分。3路は6:50-21:00の運行で、市内北北西にある楽山市中心バスターミナル(市客運中心駅)を通る。13路は6:40-20:00の運行で、楽山港および楽山市中心部の繁華街を通る。いずれも頻発。
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