複素数

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複素数(ふくそすう、complex number)は、実数 a, b虚数単位 i を用いて a + bi と表せるのことである。四元数八元数十六元数などに対して二元数と呼ばれることもある。

定義

2乗すると −1 になる数、つまり x2 + 1 = 0 のを考え、その内の一つを <math>\sqrt{-1}</math> あるいは i で表し虚数単位という。a, b を実数として a + bi の形の複素数という。特に a, b がともに整数のときガウス整数 (Gaussian integer)、有理数のときガウス有理数 (Gaussian rational) という。

複素数 z = a + bi に対して、az実部(じつぶ、real part)、bz虚部(きょぶ、imaginary part)といい、それぞれ記号で Re z(あるいは <math>\Re z</math>), Im z(あるいは <math>\Im z</math>)と表す。

虚部が 0 でない(すなわち b ≠ 0)複素数 z虚数(きょすう、imaginary number)といい、特に実部が 0 である(すなわち a = 0, b ≠ 0)数を純虚数(じゅんきょすう、purely imaginary number)という。

虚部の符号だけが異なる複素数 a + biabi を互いに複素共役あるいは単に共役(きょうやく、conjugate、本来は共軛)であるといい、z = a + bi と共役な複素数 abi を記号で z (または z*)と表す[1]

z絶対値 (absolute value, modulus) を

<math>|z|=\sqrt{a^2 +b^2}=\sqrt{z\overline{z}}</math>

で定義する。

複素数同士の大小関係は存在しない[1]

複素数は元々、単位の異なる数の組み合わせで書かれる数のことを指す言葉であり、この場合は 1 を単位(素)とする実数と i を単位とする純虚数の和で表されているために複素数という言葉が用いられるようになった。

基本的な性質

n, m を整数、a, b, c, d を実数、 z, v, w を複素数とする。

四則演算

  • (a + bi) ± (c + di) = (a ± c) + (b ± d)i複号同順)
  • (a + bi)(c + di) = (acbd) + (bc + ad)i
  • <math>\frac{a+bi}{c+di} =\frac{ac+bd}{c^2 +d^2} +\frac{bc-ad}{c^2 +d^2} i</math>
  • z + w = w + z(和の交換法則
  • (z + w) + v = z + (w + v)(和の結合法則
  • zw = wz(積の交換法則
  • (zw)v = z(wv)(積の結合法則
  • z(w + v) = zw + zv分配法則

指数法則(指数が整数の場合)

  • znzm = zn+m
  • (zn)m = znm
  • (zw)n = znwn

複素共役(共役複素数)

  • z が実数 ⇔ z = z
  • z が純虚数 ⇔ z = −z ≠ 0
  • <math>\overline{\overline{z}}=z</math>(対合
  • <math>|z|=|\overline{z}|</math>
  • z + z = 2 Re z
  • zz = 2i Im z
  • zz = |z|2
特に <math>z^{-1} =\frac{\bar{z}}{|z|^2} \ (z \ne 0)</math>
  • <math>\overline{z\pm w} =\overline{z} \pm \overline{w}</math>(複号同順)
  • zw = z w
  • <math>\overline{\left(\frac{z}{w}\right)} =\frac{\overline{z}}{\overline{w}}</math>
  • <math>\overline{z^n} =\left( \overline{z} \right)^n</math>

これらから、

「複素数 α が実数係数の多項式 P(x) の解ならば、αP(x) の解である」

が容易に示せる(1746年:ダランベール)。すなわち、

実数係数多項式 P(x) について、P(α) = 0 ⇔ P(α) = 0

が成り立つ。

その他

  • a + bi = c + dia = c かつ b = d
  • |z| = 0 ⇔ z = 0
  • |z + w| ≤ |z| + |w|(三角不等式
  • |zw| = |z| |w|

幾何的表現

複素平面

複素数 z = x + iy と2つの実数 x, y の組 (x, y) は1 : 1 に対応するから、複素数全体からなる集合(C で表す)は、z = x + iy を (x, y) と見なすことにより座標平面と考えることができる。そこで C複素平面 (complex plane)、ガウス平面 (Gaussian plane) あるいはアルガン図 (Argand Diagram) などと呼ぶ。複素平面においては、x座標が実部、y座標が虚部に対応し、x軸(横軸)を実軸 (real axis)、y 軸(縦軸)を虚軸 (imaginary axis) と呼ぶ。

複素数 z, w に対して

d(z, w) = |zw|

とすると、(C, d) は距離空間となる。この距離は、座標平面におけるユークリッド距離に対応する。複素平面は複素数の形式的な計算を視覚化でき、数の概念そのものを拡張した。

通常の実数体 R 上の平面 R2 を実平面と呼ぶと同様に、複素数体 C 上で定義される平面すなわち C2 は複素平面とも呼称される。複素平面に対して複素平面という呼称を用いることはこれと紛らわしい。実際、C2 の意味の複素平面は実 4 次元の空間である。区別のために、複素平面のことを複素数平面と呼ぶこともある。

極形式

複素数 z = x + iy に対して、直交座標 (x, y) の極座標表示を (r, θ) とすると (x = r cos θ, y = r sin θ)、

z = r(cos θ + i sin θ)

が成り立つ。この表示を z極形式 (polar form) という。rz の絶対値 <math>|z|=\sqrt{x^2 +y^2}</math> に等しく、θ

<math>\theta =

\begin{cases} \arctan (y/x) &(x>0)\\ \pi /2 &(x=0,y>0)\\ 3\pi /2 &(x=0,y<0)\\ \arctan (y/x)+\pi &(x<0)\\ \text{all real number} &(x=y=0) \end{cases}</math> に等しい。θz偏角 (argument) といい、記号 arg z で表す。z に対して arg z の表し方は一意的でなく、z ≠ 0 ならば 360°(2テンプレート:Π ラジアン)の整数倍を除いて一意に決まる。

偏角 θ の単位をラジアンとするならば、オイラーの公式から

z = x + iy
  = r(cos θ + i sin θ)
  = re

という表示が得られる。re のような表示はオイラー表示とも呼ぶ。またこれを rθ のように表す場合もあり、この表記をフェーザ形式 (phasor form) などと呼ぶ。極形式(またはフェーザ形式)に対して z = x + iy の表示形式を直交形式 (orthogonal form) と呼ぶ。

極形式の基本性質

オイラー表示された2つの複素数 z = re, w = se に対して、積 zw のオイラー表示は

zw = rsee
  = rs(cos α + i sin α)(cos β + i sin β)
  = rs{(cos α cos β − sin α sin β) + i(sin α cos β + cos α sin β)}
  = rs{cos(α + β) + i sin(α + β)}(三角関数の加法定理)
  = rsei(α+β)

となり、

|zw| = rs = |z||w|
arg zw = α + β = arg z + arg w

が成り立つ。すなわち、積の絶対値は絶対値の積に等しく、積の偏角は偏角の和に等しい。幾何学的には、複素平面において、積 zw = rsei(α+β) は、点 z = re を原点 0 を中心に s 倍拡大、0 を中心に β ラジアン回転して得られる点が表す複素数である。なお、拡大変換と回転変換は互いに可換であり、またここでは点 z = re を基準に採ったが、複素数の積は可換なので、点 w = se を基準に考えても等しい点が得られる。

arg zw = arg z + arg w は、両辺の差が 2テンプレート:Πnn は任意の整数)を無視して成り立つ等式である。このような同一視を明示して表す場合、a = b と書く代わりに ab (mod 2テンプレート:Π) と書く(合同式)。

偏角の計算法則

この偏角の計算法則は対数のそれとほぼ同じであるが、それは複素数を変数とする自然対数の虚部が偏角によって表されることに起因している。

ド・モアブルの定理

実数 θ, 整数 n に対して、

(e)n = einθ

が成り立つ(ド・モアブルの定理)。同じことであるが

(exp )n = exp inθ
(cos θ + i sin θ)n = cos + i sin

とも表現される。n が整数でないとき一般には成り立たない。 テンプレート:Main

複素数球面

複素関数論においては、複素平面 C を考えるよりも、無限遠点を付け加えて1点コンパクト化した C ∪ {∞} を考える方が自然なことがある。複素数球面またはリーマン球面 (Riemann sphere) と呼ばれ、以下に示すように2次元球面 S2 と同相である。無限遠点にも幾何的な意味を与えることができる。

複素平面 C を、xyz座標空間内のxy平面と考える。z ≥ 0 上の、xy平面に原点で接する球面 x2 + y2 + (z − 1)2 = 1 を考える。(0, 0, 2) を、この球の北極と呼ぶことにする(球における原点の対蹠点)。任意の複素数 w を取る。w と北極を結んだ線分は球面と、両端以外の1点で必ず交わる。この点を f(w) とすると、f単射である。f の像は、球面から北極を除いた部分である。したがって、北極は無限遠点に対応すると定めることにすると、この球面は C ∪ {∞} と 1 : 1 に対応する。

この関数 f は、複素平面上の円を円に写し、複素平面上の直線を、無限遠点を通る円に写す。このことは、複素平面上の直線と円はほぼ同等であることを表している。

代数的な視点

ハミルトンによる定義

1835年ハミルトンによって、負の数の平方根を用いない複素数の定義が与えられた。

実数の順序対 (a, b) および (c, d) に対して和と積を

(a, b) + (c, d) = (a + c, b + d)
(a, b) × (c, d) = (acbd, ad + bc)

により定めるとき、(a, b) を複素数という。実数 a は (a, 0) の形で表され、虚数単位 i は (0, 1) に当たる。このとき、R2 は+, × に関してとなり、零元は (0, 0)、単位元は (1, 0) である。

ハミルトンの代数的な見方に対するこだわりは、複素数をさらに拡張した四元数の発見へと結び付いた。

行列表現

対応

<math>a+bi\leftrightarrow \begin{pmatrix}

a &-b\\ b &a \end{pmatrix}</math> により、複素数を行列で表現することができる。これを複素数の行列表現 (matrix representation) という。 極形式 a + bi = r(cos θ + i sin θ) の行列表現は

<math>\begin{pmatrix}

a &-b\\ b &a \end{pmatrix} =\begin{pmatrix} r\cos \theta &-r\sin \theta \\ r \sin \theta &r\cos \theta \end{pmatrix} =r\begin{pmatrix} \cos \theta &-\sin \theta \\ \sin \theta &\cos \theta \end{pmatrix}</math> となり、複素数の積が R2 上の r 倍拡大と回転移動の合成であることがよく分かる。また、体同型

<math>\mathbb{C} \simeq \left\{\left. r\begin{pmatrix}

\cos \theta & -\sin \theta \\ \sin \theta & \cos \theta \end{pmatrix} \,\right| \, r,\theta \in \mathbb{R} \right\}</math> が成り立つ。

複素数 z = a + bi の行列表現を A とすると、A行列式

det A = a2 + b2 = |z|2

である。

乗法群

0 でない複素数を極形式で表すと、次が成り立つ:

  • rese = rsei(α+β)
  • <math>(re^{i\theta} )^{-1} =\frac{1}{r} e^{-i\theta}</math>

またここから、

  • <math>\frac{re^{i\alpha}}{se^{i\beta}} = \frac{r}{s}e^{i(\alpha -\beta)}</math>

ゆえに、C − {0} は乗法に関してになる。これを (C − {0}, ×), C×, C* のように記す。C における距離空間の位相を C* に制限したもの(部分位相、相対位相)を考えると、C*位相群である。また、絶対値 1 の複素数全体の成す群(円周群)を U と書くことにすると、UC の相対位相で部分位相群であり、写像

<math>\mathbb{R/Z} \to \mathbb{U} \, ;\, x\mapsto e^{2\pi ix}</math>

および写像

<math>\mathbb{C}^* \to {\mathbb{R}_+}^* \times \mathbb{U} \, ;\, re^{i\theta} \mapsto (r,e^{i\theta})</math>

は位相群としての同型である。ここに、R / Z は閉区間 [0, 1] において 0 と 1 を同一視したものであり、R+* は正の実数の全体の成す乗法半群である。

歴史

負の数の平方根について、いささかなりとも言及している最も古い文献は、数学者で発明家のアレクサンドリアのヘロンによる『測量術』(Stereometrica) である。そこで彼は、現実には不可能なピラミッドの錐台について考察しているものの、計算を誤り、不可能であることを見逃している。

16世紀にイタリアの数学者カルダノボンベリによって三次方程式の解の公式が考察され、特に 3 つの異なる実数を解に持つ場合において解の公式を用いると、負の数の平方根を取ることが必要になることが分かった。当時は、まだ、負の数でさえあまり認められておらず、回避しようと努力したが、それは不可能なことであった。

17世紀になりルネ・デカルトによって、 (imaginary) という言葉が用いられ、虚数と呼ばれるようになった。デカルトは作図の不可能性と結び付けて論じ、虚数に対して否定的な見方を強くさせた。

その後、ウォリスにより幾何学的な解釈が試みられ、ヨハン・ベルヌーイオイラーダランベールらにより、虚数を用いた解析学物理学に関する研究が多くなされた。

複素平面が世に出たのは、1797年ノルウェーの数学者カスパー・ベッセル (Casper Wessel) によって提出された論文が最初とされている。しかしこの論文はデンマーク語で書かれ、デンマーク以外では読まれずに1895年に発見されるまで日の目を見ることはなかった。1806年ジャン・ロバート・アルガン (Jean Robert Argand) によって出版された複素平面に関するパンフレットは、ルジャンドルを通して広まったものの、その後、特に進展は無く忘れられていった。

1814年コーシー複素関数論を始め、複素数を変数に取る解析関数複素積分が論じられるようになった。

1831年に、機は熟したと見たガウスが、複素平面を論じ、複素平面は複素平面として知られるようになった。ここに、虚数に対する否定的な視点は完全に取り除かれ、複素数が受け入れられていくようになる。実は、ガウスはベッセル(1797年)より前の1796年以前にすでに複素平面の考えに到達していた。1799年に提出されたガウスの学位論文は、今日、代数学の基本定理と呼ばれる定理の証明であり、複素数の重要な特徴付けを行うものだが、複素数の概念を表に出さずに巧妙に隠して論じている。

他分野における複素数の利用

複素数 A と実数 ω により定まる、一変数 t の関数 Aeiωt は時間 t に対して周期的に変化する量を表していると見なすことができる。周期的に変化し、ある種の微分方程式を満たすような量を示すこのような表示はフェーザ表示と呼ばれ、電気電子工学における回路解析や、機械工学ロボティクスにおける制御理論、土木・建築系における震動解析で用いられている。なお電気回路上では電流(の密度)「i」と混同を避けるため、虚数単位は「j」を用いることが多い。

量子力学の数学的な定式化には複素数の体系が本質的な形で用いられている。ものの位置と運動量とはフーリエ変換を介して同等の扱いがなされ、波動関数たちのなす複素ヒルベルト空間とその上の作用素たちが理論の枠組みを与える。 テンプレート:See also

複素数の拡張

複素数とは実数を係数とする実数単位 1虚数単位 i線形結合であるが、これに新たな単位を加えて通常の四則演算ができる数の体系()を作ることはできない[2]可換法則が成り立たないことを認めればそれは可能であり、それは唯一四元数である[2]

一般に、実数体 R 上のノルム多元体は、同型による違いを除いて

実数体 R, 複素数体 C, 四元数 H, 八元数 O

の4種類しかない(フルヴィッツの定理)。

参考文献

脚注

テンプレート:Reflist

関連項目

外部リンク

  1. 1.0 1.1 表実 『複素関数』 岩波書店、1990年、ISBN 4000077759
  2. 2.0 2.1 テンプレート:Cite book ja-jp