有理数
有理数(ゆうりすう、テンプレート:Lang-en-short) とは、二つの整数 a, b (ただし b は 0 でない)をもちいて a/b という分数で表せる数のことをいう。b = 1 とすることにより、任意の整数は有理数として扱うことができる。
有理数を十進法などの位取り記数法を用いて小数表示した場合、どの有理数も位取りの基数のとり方に関わらず有限小数または循環小数のいずれかとなる(もちろん、ある基数で表示したとき有限小数となる有理数が、別の基数では循環小数となったりすること、あるいはその逆になることはある)。同様に、有理数は必ず有限正則連分数展開を持つ。
有理数全体のつくる集合はしばしば、英語で商を意味する "quotient" の頭文字をとり、太字の Q で表す。手書きするときなどには中抜きの太字にするため、書籍等で黒板太字と言われる書体で ℚ を使うこともある。すなわち、
- <math>\mathbb{Q} = \left\{{a \over b} \mid a, b \in \mathbb{Z}, b\ne 0\right\}</math>
である(ただし、Z は全ての整数からなる集合を表す)。ここで、各個の有理数に対して、それをあらわす分数 a/b は一般に複数(しかも無数に)存在することは留意すべき事実である。通常は個々の文脈に適した形を選んで利用する。すなわち厳密に言えば、分数 a/b は整数 a, b の組の属する同値類(の代表元)を表しているのであり(形式的な構成節参照)、有理数全体の成す集合 Q は商集合の最も典型的で身近な例となっている。
有理数の完備化(適当な距離に関する「無限小数」展開を考えることに相当)として、実数や p-進数が得られる(後述。あるいはコーシー列・デデキント切断等を参照)。有理数ではない実数は無理数と呼ばれる。また、すべての有理数係数多項式の根の全体は体を成し(Q の代数閉包)、その元を代数的数と呼ぶ。
用語法について
rational number は原義として テンプレート:Lang-el-short ( = テンプレート:Lang-en-short、テンプレート:Lang-ja-short) の有る数という意味であり、a/b は b に対して a の示す比の値(a が b に占める割合)を意味する。それゆえ「有比数」とでも訳した方がよいのではというのがしばしば話のネタにされる[1][2][3][4][5]。
数学の各所で、有理数体 Q を基礎とする(すなわち、Q 上定義される)概念に対して、「有理—」というような接頭辞を付けるということがしばしば行われる。例えば、有理数でもあるような代数的整数を「有理整数」(これはつまり、初等代数学で扱われる通常の整数のことにほかならない)という。あるいは、成分が有理数であるような行列を「有理行列」と言ったり、有理数係数の多項式を「有理多項式」と呼んだりする(「有理数体上の多項式」とも言う)。あるいは何らかの点集合で、成分が全て有理数であるような点を「有理点」と呼ぶ(代数群の有理点など)。
一方で、「有理—」という名称でありながら、前述のような意味ではないものもたくさんある。例えば、有理函数は基礎体が有理数体であるという意味ではなく、「多項式の比」になっているような函数という意味である。同様に、有理代数曲線は有理数係数の代数曲線という意味ではない。
演算
テンプレート:Main 二つの有理数 a/b, c/d(a, b, c, d は整数で b, d はいずれも 0 でない)が等しいとは、整数の等式
- <math>ad - bc = 0</math>
が成り立つことを言い、このとき
- <math>{a \over b} = {c \over d}</math>
- <math>
{a \over b} + {c \over d} := {ad + bc \over bd},\quad {a \over b} \times {c \over d} := {ac \over bd}
- <math>
-\left({a \over b}\right) := {-a \over b} = {a \over -b},\quad \left({c \over d}\right)^{-1} := {d \over c}
</math> (ここでは b, c, d はいずれも 0 でない)が成り立つ(とくに集合として
- <math>\mathbb{Q}
= \left\{{a \over b} \mid a \in \mathbb{N}, b \in \mathbb{Z}, b \ne 0\right\} = \left\{{a \over b} \mid a \in \mathbb{Z}, b \in \mathbb{N}, b \ne 0\right\}
</math> が成り立つ)。またこれにより、減法 "−" および除法 "÷"が
- <math>
{a \over b} - {c \over d} := {a \over b} +\left(- {c \over d}\right) = {ad - bc \over bd},\quad {a \over b} \div {c \over d} := {a \over b} \times \left({c \over d}\right)^{-1} = {ad \over bc}
</math> と定まる。これらの四則演算によって、有理数の全体 Q は体と総称される代数系のもっとも身近な例のひとつとなる。
形式的な構成
集合論の用語を用いて整数の全体 Z から形式的に有理数の全体 Q を構成することができる。まず整数の順序対 (a, b) で b が 0 でないようなものの全体 E = Z ×(Z − {0}) を考える。ここで E 上の関係 ∼ を
- <math>(a, b) \sim (c, d) \iff ac - bd = 0</math>
(a, b, c, d ∈ Z, b ≠ 0, d ≠ 0) によって定めると、関係 ∼ は同値関係となる。商集合 E/∼ を改めて Q と記して、Q における対 (a, b) の属する同値類を a/b と記すことにすると、このような表記は一意的ではなく、異なる代表元 (c, d) について
- <math>{a \over b} = {c \over d} \iff ad - bc = 0</math>
となる。このとき、Q における加法および乗法を上で述べたように
- <math>
{a \over b} + {c \over d} = {ad + bc \over bd},\quad {a \over b} \times {c \over d} = {ac \over bd}
</math> で定めると、この加法と乗法は剰余類同士の演算として矛盾なく定義されている。実際、E における加法および乗法を
- <math>
(a, b) + (c, d) = (ad + bc, bd),\quad (a, b) \times (c, d) = (ac, bd)
</math> と定めると、(a, b) ∼ (a′, b′), (c, d) ∼ (c′, d′) であるとき
- <math>
(a, b) + (c, d) \sim (a', b') + (c', d'),\quad (a, b) \times (c, d) \sim (a', b') \times (c', d')
</math> が成り立つので、Q における加法および乗法は剰余類 a/b, c/d 各々の代表元 (a, b), (c, d) のとり方に依らない。(0, 1), (1, 1) の属する同値類 0/1, 1/1 が Q における零元および単位元となることが確かめられ、マイナス元と逆元が上述のように得られるので、これで Q における上述のような四則が全て形式的に正当化される。また、写像 ι を
- <math>\iota\colon \mathbb{Z} \to \mathbb{Q} = E /\sim{};\
m \mapsto {m \over 1}
</math> と定めると ι は単射で、E において (m, 1) + (n, 1) = (m + n, 1) および (m, 1) × (n, 1) = (mn, 1) が成り立つ(さらに ι(1) = 1/1 であるから ι は単位的環の準同型となる)から Z は ι によって演算まで込めて Q に埋め込まれる。そこで整数 m と剰余類 m/1 とを同一視して Q は Z を含むものと考える。
これは一般に整域の商体としてほぼそのままに一般化される構成法であり、したがって「Q は Z の商体である」などということができる。
抽象的性質
基本性質
既に述べたように、通常の四則演算のもと、代数系 (Q, +, ×, 0, 1) は有理数体と呼ばれる体を成す。また、有理整数環 Z の商体である。加えて、有理数体 Q は標数 0 の体の中で最小のもので、標数 0 の素体と呼ばれる(すなわち、標数が 0 であるような任意の体は、必ず Q に同型な部分体を含む)。Q の拡大体は一般に代数体、その元は代数的数と呼ばれ、特に代数的数の全体は体を成し Q の代数閉包 A(Q とも書く)となる。
Q は可算無限集合である(これはたとえば、分母と分子の組を二次元平面上の格子点と考え、うずまき状に辿って自然数と対応付ければよい)。実数全体 R は非可算なので、濃度の意味で(あるいはルベーグ測度の意味で)ほとんどの実数は無理数であることになる(可算性により Q のルベーグ測度は 0 となる)。
Q は通常の大小関係を順序として全順序集合であり、特に稠密順序集合となる。すなわち、二つの有理数の間には(それがいくら近い値だとしても)少なくとも一つ(従って無数の)有理数が存在する。実は逆に、全順序な稠密順序集合がさらに最大元も最小元も持たないならば、必ず Q と順序同型である。
位相的性質
有理数の全体 Q は内在的には、通常の大小関係の定める順序に関して順序位相と呼ばれる位相を持ち、外因的には実数直線 R の(つまり、一次元ユークリッド空間 R1としての)距離位相から定まる部分空間としての位相を持つが、実はこれらの位相は一致する。
有理数の全体 Q は実数全体の成す集合 R の中で稠密である。これは、どのような実数に対しても、そのいくらでも近くに有理数が存在するということを意味する。これは距離空間として以下のように述べることもできる。
有理数の全体 Q は、差の絶対値
- <math>d(x,y) := |x-y|</math>
を距離函数として距離空間となる。この距離により Q に位相が誘導されるが、それは R1 からの相対位相に他ならない。こうして得られる距離空間 (Q, d) は完全不連結である。また、完備距離空間とはならない。実は距離 d(x, y) := |x − y| による Q の完備化として、実数全体の集合 R が得られる。
この位相に関して有理数体 Q は位相体を成す。有理数全体の成す位相空間 Q は局所コンパクトではない空間の重要な例となっている。また唯一、孤立点を持たない可算な距離化可能空間となるものとして Q を特徴付けることができる。一方、Q を位相体とするような Q 上の距離は、これだけではない。
素数 p と任意の非零整数 a に対して、pn は a を割り切る p-冪の中で冪指数が最大のものとするとき、
- <math>|a|_p := p^{-n}</math>
と定める。さらに |a|p := 0 として、任意の有理数 a/b については
- <math>\left|\frac{a}{b}\right|_p := \frac{|a|_p}{|b|_p}</math>
と定めたものを、有理数の p-進絶対値と呼ぶ。このときさらに、差の絶対値
- <math>d_p(x-y)=|x-y|_p</math>
は p-進距離と呼ばれる Q 上の距離函数を定める。距離空間 (Q, dp) はやはり完全不連結であり、完備ではないが、その完備化として p-進数体 Qp が得られる。
オストウスキーの定理によれば、Q 上の非自明な絶対値は同値の違いを除いて通常の絶対値か p-進絶対値で尽くされる。
参考文献
- ↑ 一松信『√2の数学 無理数を見直す』海鳴社、1990年 ISBN 978-4875250562
- ↑ 志賀浩二『数の世界』岩波書店、1992年 ISBN 978-4001152722
- ↑ 長岡亮介『本質の研究数学Ⅰ+A』旺文社、2004年 ISBN 978-4010332115
- ↑ 吉田武『オイラーの贈物 人類の至宝eiπ=-1を学ぶ』東海大学出版会、2010年 ISBN 978-4486018636
- ↑ 吉田武『虚数の情緒 中学生からの全方位独学法』東海大学出版会、2000年 ISBN 978-4486014850
関連項目
外部リンク
- Weisstein, Eric W. "Rational Number." From MathWorld