データイースト

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テンプレート:Infobox データイースト株式会社 (Data East Corporation)は、かつて日本に存在したゲームソフトウェア開発会社。

概要

福田哲夫が東海大学工学部を卒業後に就職した測定器メーカーが、光線銃式のエレメカを開発した。そのことでアーケードゲームに興味を持ち、独立して創業。当初はアーケード部品の下請け製造を行っていた。

Data West社のような会社になることを目標とし、Data Westは"西"に対しにある会社ということで社名が名付けられた。日本の企業のデータウエスト社は全く関係ない。

デコ(DECO、Data East COrporationの略)の愛称を持ち、「デコゲー」と呼される独特な世界観を持つ個性的な作品を数多く輩出した。1980年には業界初の、カセット交換によるゲーム入れ替えを可能とした業務用システム基板「デコカセットシステム」を発表した。同じシステムがさまざまな会社で現在も使われている。

ゲーム以外の領域でも、画像伝送装置、NTTドコモ衛星電話ワイドスター)用データ通信アダプター、救急車心電図伝送装置といった情報機器の開発、椎茸ガスマスクの販売、『販促戦隊デコレンジャー』など、独自路線を走っていた。

特色

自社広告にあった「ヘンなゲームならまかせとけ!」を筆頭にゲーム中の「さあ牛だ」(空手道)、「アツクテシヌゼ」(ならず者戦闘部隊 ブラッディウルフ)、「我前に敵は無し」(チェルノブ他多数に使われ、データイーストのキャッチフレーズの代名詞とも言われる)、「いきなりクライマックス」(エドワードランディ)、「艶姿三強男之勝負拳(「トリオザパンチ」と読む)」(トリオ・ザ・パンチ)、「竜退治はもう飽きた」(メタルマックス)等、独特の威勢の良い台詞やキャッチコピーが多い。

「デコゲー」の一般的イメージは「ヘンで大味」「完成度はともかく発想は他に類を見ない」等。独自性に限っていえば同時期のセガナムコにも引けを取らない強烈さを持っている。他に媚びることのない極端に渋いテイストを持つゲームも多く製作し、その作風は多彩である。

「ヘンなゲームなら」のキャッチコピーを考えたのは桝田省治。開発担当者たちは他の企業と同じく大真面目にゲームを作っていたため、このコピーに「我々のゲームの何処が変なのか」と憤慨していたらしい。

販促戦隊デコレンジャー

ゲームのイベント会場で行われた戦隊ショー風の興行である。その内容は「何の前触れもなく登場、販促が目的のはずなのにゲームの宣伝を一切せずに帰っていく」というものだった。これに関して百万円単位の予算があっさり通過し、デビュー直前の会場で「社長、またやってしまいました」と事後承諾で行われたとされる。また、社長自ら「わしも出たい」と言いだしたと伝えられる。

ピンボール

1986年にアメリカ・イリノイ州シカゴにデータイースト・ピンボール社を設立し、業務用のピンボール機製造も行った。日本のデータイーストは日本国内での輸入・販売を担当した。同社のピンボールは通称「デコピン」と呼ばれる。

発足にあたって、旧スターン社の創設者の息子、ゲイリー・スターンがジェネラルマネージャーとなった。マシンやゲーム内容は、旧スターン社の伝統を受け継いだというよりもウィリアムス社の影響を強く受けていたと言える。そして、ウィリアムス社に対抗すべく独自の技術やシステムを積極的に取り入れていった。

スターンらは特にピンボール台の耐久性やメンテナンス性を上げるための研究に重点を置き、プレイフィールド面の耐久性の向上なども行っていた。1989年にはフリッパー用コイルの過剰な消耗の原因となる過電流やチャタリングを抑えるためにフリッパーボタンのオンオフをデジタル化したソリッドステイト方式フリッパーを開発し、『Robocop(ロボコップ)』で採用した[1]。また1年間のコイル交換不要保証を開始、「もしコイルが焼けてしまった場合は、無料で交換する」としていた。これによりフリッパー用コイルの寿命は飛躍的に伸びることになった。

1994年にデータイースト・ピンボール社はセガのアメリカ法人に売却され、セガ・ピンボール社が誕生した。その後、社長だったスターンが株式を買い取り(MBO)、現在のスターン・ピンボール社(Stern)となった。この日本資本をルーツとする会社が、世界で唯一現存するピンボール・メーカーとされる。

自己破産

1998年アーケードゲームから撤退、コンシューマ事業に絞り込むも、負債33億円で1999年11月に和議申請、債務の75%カットなどを条件として2000年7月に和議認可となった。同社はゲームとは無関係な副事業に手を出しており、以前に椎茸栽培(パッケージには同社ロゴ有り)に手を出して失敗したこともあった。さらにマイナスイオン発生装置などの新事業で再建をはかったが、2003年4月下旬東京地裁に自己破産を申請し、同月末を持ってすべての業務を停止。同年6月25日に東京地方裁判所から破産宣告、7月7日付けの官報に掲載された。折しも当時はゲーム業界の変化で複数の著名なゲームメーカーが淘汰されていった時期であり、1998年にはコンパイルが和議申請により事実上の倒産(その後2002年に会社解散、2003年に破産)、2001年にはネオジオに自社作品を供給するなどの提携関係にあったSNKが倒産に追い込まれている。

2004年2月、データイーストのゲームに関するライセンス携帯電話コンテンツ開発会社のジー・モードが取得した。

それ以外の保有していた特許については、福田家の資産管理会社「タクトロン株式会社」に譲渡[2]。タクトロンは、その保有特許を侵害されたとして任天堂を数回提訴したが、いずれも棄却されている[2][3]

代表作

アーケード

コンシューマ

開発中止作品

  • 空牙2 - 開発中止(1992年)
  • 闘牙 - 開発中止(1994年)

脚注

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関連企業

  • ゲーマデリック - データイーストのサウンドチーム。
  • テクノスジャパン - 同社の専務だった滝邦夫が独立して設立。
  • ミッチェル - 同社の元社員の尾崎ロイが社長を務める。
  • アイディアファクトリー - 同社の元社員が設立。
  • TADコーポレーション - 同社の元社員が設立。『カベール』『JuJu伝説』などの作品で知られる。
  • ワークジャム - 「神宮寺三郎」シリーズの権利を同社より引き継いで保有、現在も同シリーズの製作を行っている。また、同社の元社員が在籍している。
  • サイトロン・レーベル - 同社のゲームサントラCDを発売していたレーベル。
  • ジー・モード - 携帯コンテンツ運営会社。「バーガータイム」や「マジカルドロップ」など、同社のゲーム版権の過半数を取得している。
  • パオン - 「ヘラクレスの栄光」シリーズや「カルノフ」、「チェルノブ」の権利を同社より引き継いで保有、同シリーズの製作を行っている。
  • キャトルコール - 同社の元社員が設立。「メタルマックス3」の開発も担当。
  • 株式会社空想科学 - 同社の元社員が設立。「メタルマックスリターンズ」の開発も担当。
  • ユービーアイソフト - 同社の元社員だったスティーブ・ミラーは現在、日本支部の社長を就任している。スティーブは同社のゲームの英語音声の多くを担当し、「フライングパワーディスク」のイギリス代表のネーミングの元ネタになっている。
  • ウッドプレイス - 日本物産の元スタッフが設立した会社だが、基板製造や販売流通はデータイーストが受け持っていた。ウッドプレイス倒産後は同社が版権を引き継ぎ、現在でもジー・モードが引き続き保有している。

外部リンク

テンプレート:ナムコット
  1. Solid State Electronic Flipper : Patent No.4,895,369、パテントを取得したのは『Phantom of the Opera(オペラ座の怪人)』生産時
  2. 2.0 2.1 東京地方裁判所 平成15年(ワ)第23079号 損害賠償請求事件
  3. 知的財産高等裁判所 平成18年(ネ)第10007号 損害賠償請求控訴事件
    東京地方裁判所民事 平成19年(ワ)第32196号 不当利得返還請求事件