鼻濁音
鼻濁音(びだくおん)とは、日本語において、濁音の子音(有声破裂音)を発音するとき鼻に音を抜くものを言う。音声上はま行子音 テンプレート:IPA2 やな行子音 テンプレート:IPA2 と同じ鼻音であり、ガ行子音テンプレート:IPA2における鼻濁音(ガ行鼻濁音)ならば、軟口蓋鼻音[ŋ]である。
東北方言などでは、タ行子音 テンプレート:IPA2 などにもみられる現象であるが(入り渡り鼻音)、特にガ行子音 テンプレート:IPA2 における鼻濁音使用が、日本語共通語の発音に関連してしばしば話題にされてきた。後述のように、共通語の有力な母体となった伝統的な東京方言が、厳格なガ行鼻濁音に関する法則を持つため、ガ行鼻濁音は日本語共通語の規範的・標準的な発音と見なされてきたことによる。例えば舞台芸術や映画における俳優の発話や、NHKなどテレビ・ラジオ局のアナウンサーの発音教育においても、従来は伝統的な東京方言の法則に基づく厳格なガ行鼻濁音の使用と使い分けが徹底されてきた。しかし、現在の一般的な日本の小学校・中学校などにおける国語教育では、鼻濁音の指導は学習内容に含まれていない。また、日本語の母語話者であっても、鼻濁音を用いるか用いないか、鼻濁音を規範的と捉えているかそうでないかには地域差や個人差がある。
分布
一般に、ガ行鼻濁音は東日本方言を中心にみられる要素である。地域分布としては、近畿方言から東の大半の伝統的方言にみられるが、東海東山方言や西関東方言の一部には全くみられない地域もある。他方、中国方言から西では、一部を除きほとんど見られない。ガ行鼻濁音が見られる地域でも、現在の方言では、語中における自由異音となっている(語中において任意に出現し、話者は鼻濁音かどうか自体を主観的に全く気に留めない)地域(京都方言など)、語中において更に一定の条件の下に鼻濁音が出現する条件異音となっている地域(東京方言など)、語中における完全な濁音音素の弁別要素として用いられる地域(東北方言など)に分けられる。
現在は、ガ行鼻濁音の使用自体が全体に衰退傾向となっている。東北方言では、濁音弁別要素としてのガ行鼻濁音は、音韻体系上一連のものである語中清音の有声化・濁音子音の入り渡り鼻音の衰退と軌を一にして、若年層を中心に衰退傾向が著しい。東京方言では、条件異音の条件を使いこなせない話者が増えて、自由異音となったり全く使わなくなったりする話者が若年層を中心に多い。この傾向は、従来は厳格なガ行鼻濁音の東京方言式の使い分け教育を受けてきたはずの、俳優・タレントや在東京民放(キー局)各局の若手アナウンサーにおいてさえみられる[1]。
なお、これらの場合、語中においては、ガ行子音の一種の条件異音としてガ行鼻濁音の代わりに摩擦音 [ɣ] が現れるのが一般である。
使用
伝統的東京方言における使用法則
伝統的な東京方言においては、鼻濁音は、ガ行子音音素テンプレート:IPA2において、語頭等における非鼻濁音[ɡ]と対立して、語頭等以外の場合に[ŋ]として現れる条件異音であるとされている。ガ行子音テンプレート:IPA2は、自立語の語頭および外来語の全ての場合においては、非鼻濁音が用いられ、それ以外の場合(語中)は鼻濁音が用いられるのが原則である。
しかし、実際には、複合語の2つ目以下の造語成分の冒頭にガ行子音が来る場合において、「語頭扱い」なのか「語中扱い」なのかを巡り、かなり複雑な使用法則がある。この場合、融合度が高い場合には鼻濁音が用いられるが、融合度が必ずしも高くない場合、また連濁と言えない複合語の場合には、「語頭扱い」となって非鼻濁音が用いられる。
一例としては、「十五日(じゅうごにち)」の「五(ご)」は非鼻濁音である。しかし「十五夜(じゅうごや)」の「五(ご)」は鼻濁音で発音される。「十五夜」は特定の事象を示す単一の名詞で造語成分の融合度が高いと解されているからである。また、「日本銀行(にっぽんぎんこう)」の「ぎ」も非鼻濁音である。「日本銀行」は特定の1つの銀行の名称であるにもかかわらず、「日本」と「銀行」との間の融合度は高くないと考えられているからである。
このように、東京方言における鼻濁音の使用法則は、非母語話者が法則を当てはめて演繹適用することが困難な複雑な様相を呈し、テンプレート:要出典範囲。
東北方言における使用法則
ガ行鼻濁音は、東北方言においては語中におけるガ行音素(濁音音素)テンプレート:IPA2そのものとして現れる。東北方言においては、カ行(清音)子音テンプレート:IPA2は語頭において[k]だが、ダ行と同様に、語中においては有声音化して[ɡ]となるため、正真正銘のガ行子音(濁音)テンプレート:IPA2は、語中ではすべて鼻濁音化して[ŋ]と発音され、清濁の弁別が保たれることになる。
声楽
声楽では、鼻濁音を習うことは必須であるが、近年は、鼻濁音を使わないで歌う歌手なども増えている。
表記
通常の濁音と区別するため、次のような表記が行われることがある。
- 半濁点(テンプレート:JIS2004フォント)
- ng
- ローマ字表記では、鼻濁音を「ng」で表すことがある。
- 例: たまご [tamáŋo] → tamango
- チルダ
脚注
- ↑ 民放の約2/3、NHKでも約1/3の若手アナウンサーが東京方言式鼻濁音を使っていないという指摘がある。(2012年4月19日ラジオ深夜便「くらしの中のことば」(当該部分の放送は20日0時台):国立国語研究所名誉所員 佐藤亮一による)
外部リンク
- 東吳大学訪問教授蔡茂豐「日語發音」54ページ, 便利日語(香港)