マスター・コントローラー

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マスター・コントローラー(Master controller,「マスコン」と略される)は、鉄道車両の速度を遠隔制御するスイッチ装置であり、一般に鉄道車両の運転台に設置される。

日本語では「主幹制御器」と翻訳されているが、遠隔操作される側の各制御装置も「制御器」(Controller) と訳されているため、日本では混同を避ける意味で「マスコン」の呼称が用いられるケースが多い。マスコミなどによって「自動車のアクセル(アクセルペダル)に当たるもの」という説明がなされることがあるが、加速のみならず、ブレーキを制御する機能を持つものも一般的に存在する。

現代の電車電気機関車気動車ディーゼル機関車には通常、以下の方式のいずれかが搭載されている。鉄道車両以外では天井クレーンで設置されているものもある。

本項目では便宜上、直接制御器についても説明するが、本来「マスター・コントローラー」「マスコン」あるいは「主幹制御器」という用語には直接制御器は含まれない。鉄道の運転・整備の現場における用語法でも「マスター・コントローラー」や「マスコン」は間接制御の主幹制御器のみを指し、直接制御器を指す場合や、双方を含めて言う場合は「コントローラー」などの語が用いられる[1][2]

形式

直接式

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泰平電機 KR-8 直接制御器
広島市交通科学館 2006年7月21日撮影

モーターの電源となる、架線電流そのものを運転台に引き込み、運転士の力でカム軸を操作し、直接、断続や抵抗器の切り替えを行うものである。厳密にはこの方式では、運転台の制御器で主回路の切り替えが直接行われ、他に遠隔操作される制御器が存在しないため、運転台の制御器は「主幹制御器」ではなく、「直接制御器」(Direct Controller、ダイレクトコントローラー)と呼ばれる[2]

その歴史は1870年代ドイツシーメンスによって発明された最初の電気機関車にまで遡ることができる。

モーターによる電動カム軸式などに比べ、構造が単純で反応が素早い利点はあるが、操作力は大きく体力を要するうえ、誤操作も起こり得る。また、コントローラー内のスイッチ接点に架線電圧が直接かかるため、特に外装部の絶縁処理に注意を要し、さらに運転台に置かれるため、コントローラー本体の体積(ケースの容積)や接点の寸法などには物理的な限界があり、大電流への対応や一定以上の多段化が困難である。

架線電流を引き込む構造上、集電装置を持たない非電動車からの遠隔制御や、2両以上の総括制御には不適であり[3]、連結総括制御を行わない用途の車両に用いられる。比較的小型の電気機関車や、路面電車のうちもっぱら単行運転を行う車両などに多い。車体更新を受けている路面電車車両でも、制御器は従来の直接制御器が引き続き使用されているケースもある(土佐電気鉄道2000形電車熊本市交通局8500形電車鹿児島市交通局9500形電車など)。

間接式

小電流の主回路切替用制御信号線のみを運転台に引き込み、この信号線の接続切り替えによって、離れた位置にある制御装置を遠隔操作する方式である。

電車の2両編成以上での運転には遠隔制御を用いるのが望ましいことから、1898年アメリカフランク・スプレイグの手により、マルチプル・ユニット・システムと呼ばれる総括制御システムの一環として考案された。最初に開発されたスプレーグ・タイプDは既に自動進段機構を備えており、制御電源は低圧(直流12V)のバッテリーに頼っていたが、これはやがて電動発電機によるより安定した電源を使用するようになった。その後1910年代に入り、低コスト化への要求から補助電源無しで架線電圧による直接駆動可能、しかも構造が極めて単純な手動進段式制御器が、ゼネラル・エレクトリック社(GE社)やウェスティングハウス・エレクトリック社(WH社)の手で相次いで開発された。これらはその廉価さから支線区や中小私鉄を中心に普及した。

運転台に搭載されるコントローラーの内蔵スイッチは、取り扱う電流量が微少であるため直接式より小型にでき、また操作時の運転士の負担は少ない。複数の車両の制御装置を同時に遠隔操作できるのが最大の長所である。電車・電気機関車に限らず、気動車ディーゼル機関車にも応用できる。

現在の鉄道車両で通常用いられているのは、この間接制御器である。

電車用間接式制御器の発展

電車用間接式制御器は、その発祥の地であるアメリカにおいて、GE社とWH社の2大電機メーカーの競争によって発展した。このため、現在もなお、これら2社の製品に由来するシステムが世界中で使用されている。 ここではそれら2社が製造した主な製品と、それらとは別に発展した、イギリスのイングリッシュ・エレクトリック社(EE社)による「デッカー・システム」について概要を説明する。

GE社

間接式制御器の生みの親であるスプレーグ自身が、元々エジソンのスタッフの一人であったという経緯から、エジソンが創設したGE社は早期よりこの画期的なシステムの製品化に取り組んできた。その成果は早くも1901年に現れており、電磁式単位スイッチ機構がこの年完成した。後にMコントロールの名で知られるようになったこの合理的なシステムは、600Vの架線電圧を直接その動作に使用する[4]点に特徴があった。前述の通り1910年代には回路構成を大幅に簡略化した手動進段式のMKが派生し、さらに自動進段式のMA (M Automatic) 系は1910年代中盤以降カム軸式のPC、多段化したPCM、さらには電動カム軸化によってコンパクトにパッケージ化したMCMへと発展していった。

当然ながら、自動進段式のMA系と、手動進段式のMK系とでは、その制御段数の相違からコントローラーの仕様が異なっており、相互の併結は不能であった。

日本においては、総括制御導入初期に事実上の市場独占を実現しており、特に新性能車の導入まで国鉄電車の標準マスコンとして長く採用され続けたMC1形主幹制御器は、GE社のC36形マスター・コントローラーを改良したものであった。

WH社

GE社のライバルであったWH社も、少し遅れて電気鉄道向け機器の開発に乗り出し、電空単位スイッチを1904年に実用化した。これは総括制御に必要なもう一つの技術である空気ブレーキの開発で知られるウェスティングハウスならではのアイデアで、ブレーキに用いる空気圧制御を制御器に応用したものであった。

ブレーキと制御器で極力機構を共通・統合化しよう、というこのWH社の設計コンセプトは、やがてブレーキの電空同期を実現するSMEE/HSC-D発電制動連動型電磁直通ブレーキの開発を経て、ワンハンドルマスコンの嚆矢となったシネストン・コントローラー(後述)の完成で絶頂を迎えた。

WH社(およびそのライセンスを受けて製品を製造した三菱電機)の場合、その型番体系は非常に合理的、かつシステマティックに整理されており、以下の各種の記号を組み合わせたモデルが存在した。

H
Hand acceleration : 手動進段
A
Automatic acceleration : 自動進段
L
Line voltage : 架線電圧動作
B
Battery voltage : 低電圧動作[5]
M
M compatible : GE社Mコントロール互換。日本ではMultiple notch : 多段進段
F
Field tupper : 弱め界磁機能
S
Spotting : スポッティング付き

例えば、手動進段・架線電圧動作の場合はHL、自動進段・低電圧動作・弱め界磁機能・Mコントロール互換(多段進段)の場合はABFM、自動進段・低電圧動作・スポッティング付きの場合はABSとなる。

EE社

直接式制御器のベストセラーとなったDBI-Kxシリーズ[6]で知られたイギリス・デッカー社 (Dick Kerr Works,Preston, Lancs.) も、1910年代には総括制御器をラインナップに含める必要に迫られた。このため、1920年代以降「デッカー・システム (Dick Kerr System)」として知られることになる、画期的な間接自動制御器シリーズを開発した。

これは前述の2社とは異なり、当初よりモーターで駆動される精緻なカムスイッチ機構を備えていた点に特徴があった。電動カムスイッチはその保守コストは大きかったが、大電流を取り扱うモデルでもコンパクトにまとめられ、機構上、自動進段機構が容易に構成できるというメリットがあった。このため、いずれの製品も自動進段機構を標準搭載して、スムーズな加速に欠かせない多段制御を実現しており、これに合わせてマスコンも自動進段を前提として、実際の制御段数の割にノッチ刻みが少ない、コンパクトかつシンプルな構成となっているのが特徴であった。

デッカー社は、このシステムの開発直後にEE社に吸収合併されたため、その大半はEE社製品として販売された。販路は主として英連邦各国であったが、日本およびその影響下にあった各国においては、日本におけるEE社の提携先である東洋電機製造によるライセンス生産品が多数販売され、使用された。

操作系の形態の種類

横軸マスコン

マスコンブレーキレバーは別々であるものの、従来型と違い、マスコンレバーの見た目が自動車ATセレクターの様な横(水平)軸型レバー式となっている。

かつてマスコンの操作レバーは伝統的にレバーを横方向に旋回させて操作する縦(垂直)軸方式であった。これは1軸で多接点をオン/オフさせる必要のある直接式制御器時代の名残である。熟練者であればブレーキの操作と合わせることで細かい制御が可能で、特に起動時における衝撃を抑制することが可能な反面、一定の技能がないといわゆる“ドン突き”衝動を発生させやすかった。

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国鉄キハ181形特急形気動車 運転台 左側がマスコン 右側がブレーキ

自動進段式の間接式制御器が主流になると、マスコン本体は小型化され、必ずしも縦軸である必然性はなくなっていた。そこで非熟練者でも操作の容易な形態として横軸マスコンが考案された。国鉄では新幹線の試作車である1000形で試用され、その量産車である新幹線0系で実用化された。また在来線では電車に先んじてキハ181系気動車で初採用された。

視覚的に進段・ノッチオフを意識しやすいよう、国鉄型の横軸マスコンは、“押して力行、引いてノッチオフ(ノッチ戻し・抑速ブレーキ)であり、後述の民鉄発祥のワンハンドルマスコンとは逆の配置になっている[7]

国鉄では長らくブレーキ互換性と動作の確実性から、ブレーキについては自動空気ブレーキを採用し、SELD電磁直通ブレーキを採用する電車についてもこれを併設として、自動ブレーキ弁は運転台のブレーキレバーで直接操作するという形態をとった。この為横軸マスコン車でもブレーキは縦軸配置を採った。これはブレーキが電気指令式のみとなった国鉄最末期の量産車である211系電車205系電車でも乗員の慣習の問題から踏襲され、ブレーキ弁直結とならなくなったため、運転台コンソールと一体化して小型化はしたものの、ブレーキレバーそのものは縦軸のままであった。

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ワンハンドルマスコン

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東急5000系の両手操作式ワンハンドルマスコン

本来別々に設置されているマスコンブレーキレバーを一体構造としたものである。運転操作を極力簡易にするための発想で、既に1930年代にはシネストン・コントローラー (Cineston Controller) と呼ばれる、SMEE/HSC電磁直通ブレーキ用ブレーキ制御弁に主幹制御器の電気接点を組み込んだ制御器システムがアメリカのWH社の手で開発され、遅くとも1940年代後半までにはニューヨークシカゴボストン市などの地下鉄および高架鉄道で営業運転に供されている[8]

ワンハンドルマスコンの実現には、主幹制御器側で操作される発電・回生ブレーキと、ブレーキ弁で操作される空気ブレーキ系が電気的・機械的に確実に同期動作する必要がある。このため、当時の技術では、WH社が開発したセルフラップ式ブレーキ弁と、同じくWH社開発の締切電磁弁 (Lock Out Valve:LOV) や射込弁(Inshot Valve:連動込め弁とも)の併用が事実上必須であった。

日本では1952年高松琴平電気鉄道10000形電車が電空一体型ワンハンドルマスコンの最初の採用例(制御装置は日立製作所笠戸工場製)であるが、この時点ではセルフラップ弁を持たない、通常の直通ブレーキ上にシステムが構築されており、その操作は極めて特殊であった。しかも、LOV相当の機構も欠落していたことから発電ブレーキと直通ブレーキの同期に難があり、この日立製ワンハンドルマスコンシステムは普及しなかった。

両手ワンハンドルマスコン

本格的な採用としては1969年東急8000系電車が最初と言える。細やかな制御が難しいという理由でこの方式を好まない運転士や事業者[9]も多い、また日本ではワンハンドルマスコン採用車両の殆どが、電気指令式ブレーキとなっている。

東急8000系を開発する際にワンハンドルマスコンの操作法については“押して制動・引いて力行”と、を御するやり方に基づいた逆方式の2つの案があり、最終的には前者に決まったのだが、これは、人間の体が慣性に逆らわずに運動する、また、万一失神時には前に倒れ込むであろうということで、“人間工学に基づいたシステム”と評価された。また運輸省(→国土交通省)から「どちらでも良いが、どちらかに決めたらその方式は以後変えてはならない」という指導がなされ、以後、JR私鉄等を問わず全ての車両が東急8000系方式を踏襲している。

両手式を多く採用している会社として、関東では東急を筆頭に、小田急電鉄相模鉄道を除く大手私鉄すべてで両手ワンハンドルの採用例がある。関西では阪急電鉄2200系および6300系以降の車両と阪急の系列会社である北大阪急行電鉄9000形大阪市交通局66系および25系更新車京阪電気鉄道8000系

尚、西武鉄道では、30000系以降、両手式が標準化となる。

片手ワンハンドルマスコン

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小田急3000形の左手操作式ワンハンドルマスコン

ハンドルが片手側しかないため、ハンドルをL字形にして軸の付け根を運転台デスクの端に寄せることができ、デスクの中央が開いて、各種スイッチや仕業表時刻表)などを配置しやすいという長所がある。デッドマン装置を作動させないため、両手ワンハンドルならどちらか片手で握っていればよいが、片手式は走行中つねにハンドル側の手で握っていなければならないのが欠点。片手ワンハンドルの反対側には手摺りが設けられ、もう片方の手が遊んでしまうという運転士の心理的負担を和らげている(非常ブレーキ使用の際には両方を全力で握って作動させる)。

日本での本格的採用はまず右手式で、京浜急行電鉄800形から採用された。続いて2000形でも採用したが、次世代の1500形からは両手式に戻っている(理由は後述)。伊豆箱根鉄道3000系5000系で採用しているハンドルは、運転台のデスク自体が京急の模倣品である[10]。二階式運転台の特急車(小田急ロマンスカー)を持つ小田急電鉄では7000形10000形で、路面電車規格の路線である江ノ島電鉄では1000形から、いずれも「運転台が狭いため、コンパクトに収まる」という理由で右手ワンハンドルを採用している。なお二階式運転台ではない20000形30000形も右手ワンハンドルだが、これは小田急ロマンスカー全体での部品共通化を目指したものである[11]。他には東海の371系名古屋鉄道など。

左手式の採用は、JR北海道721系からであるが、その後はJR東日本209系から本格的に採用が始まった。基本的には上記の左右逆であるが、片手操作のハンドルがT字形やI字形と呼べるほど小型化され、ワンレバー式とも言えるサイズである。2003年肥薩おれんじ鉄道HSOR-100形気動車は軽快気動車で初めてワンハンドルマスコンが採用された。右手ワンハンドルと比べ、近年は西日本と四国を除いたJRグループ大手私鉄での採用例が増えている。 ヨーロッパにおいては、特にトラム等で早くからワンハンドル制御が行われていた[12]。操作方向は日本とは逆に、押して力行、引いて制動とし、右側通行の大陸ヨーロッパでは左手操作とするのが一般的である。ドイツから導入された広島電鉄5000形[13]では、日本仕様とするため、操作方向を引いて力行、押して制動、右手操作に設計変更している。

1軸ツーハンドルマスコン

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1軸ツーハンドルマスコン(鹿児島市交通局2120形の運転台)

ワンハンドルマスコン同様片手操作可能ではあるが、右側/左側両方にマスコンハンドルがある。右手で右のレバーを操作すれば左のレバーも連動して動く仕組みになっている。路面電車の一部(京福電気鉄道モボ2001形電車阪堺電気軌道701形電車広島電鉄3800形電車鹿児島市交通局2100形電車など)に採用。 テンプレート:-

縦横軸併用ツインレバー型マスコン

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縦横併用マスコン(211系5000番台の運転台)

左手のマスコンを横軸式にする一方で、右手のブレーキハンドルは在来車と連結する必要や、安価な既存技術を採用するという方針から、従来と同じ縦軸ブレーキハンドルとしたもの。国鉄では201系で採用された後、205系などいくつかの系列で採用された。私鉄では神戸電鉄3000系西鉄5000形など。横軸マスコンが全盛を極めている現在では、2010年登場の阪神5550系と2014年登場のJR四国8600系また気動車であるが関東鉄道2000年登場のキハ2300形キハ2400形また同社の2009年登場のキハ5000形を除き新造車での採用例はない。 テンプレート:-

横軸ツインレバー型マスコン

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横軸ツインレバー型マスコン(通常型)
223系2000番台の運転台)
ファイル:南海30000系運転台.JPG
横軸ツインレバー型マスコン(デスク型)
南海30000系の運転台)
ファイル:EF210 COCKPIT.jpg
電気機関車における横軸ツインレバー型マスコン
EF210形の運転台)

国鉄分割民営化の後、運転台に自動ブレーキ弁を設置する電車がほぼ皆無になり、さらに気動車までもが電気指令式ブレーキを採用するようになったため、ブレーキについても縦軸配置の意味が薄れた。この為近年の主流はブレーキ操作を一体としたワンハンドルマスコン(前述)が占めることとなったが、細やかな制御がしづらいことを嫌う会社がブレーキレバーをも横軸としつつも、各々独立した形態を採用する例が目立つ。

レバーの形状はデスクの横から伸びるL字形か、デスクの上下に伸びるT字形で、拳を横にして握る方式がほとんどである。変わった例としては、ハンドル形状が三度も変わった京阪電気鉄道3000系で、2番目(ブレーキが全電気指令ブレーキに変わってから、8000系登場後ワンハンドルに更新されるまで)に採用されていた形状では、左のマスコンがT字形で手のひらにより上から押し込み、右のブレーキがI字形で手の甲を右側に向けて握った。

地下鉄や関西・四国の鉄道車両に採用されることが比較的多く、JR西日本221系電車以降の電車各形式や、京阪の7200系電車以降の通勤型各形式、地下鉄では大阪市営地下鉄堺筋線用の66系を除く)、四国では2000系気動車1500形気動車等、近年は気動車でも採用されている。関東の鉄道車両では新京成8800形電車東京メトロ01系電車箱根登山鉄道1000形電車2000系電車がツインレバー型を採用している。以前は東京メトロ02系電車[14]横浜市営地下鉄1000形電車2000形電車がツインレバー型を採用していた。近年は、第三セクター鉄道の新車にも採用されている。新幹線ではJR西日本が開発した500系が唯一この形態を採っている。

近鉄26000系電車は横軸ツインレバー型マスコンであるが、他の横軸ツインレバー型マスコンはブレーキ装置が電気指令式ブレーキであるのに対し、この系列のみ電磁直通ブレーキになっている。

また更に後年に入ると、自動ブレーキを必須とする機関車においてもブレーキ弁の冶金技術高度化による更なる小型化や制御システムの統合電子制御化による間接化で、横軸ブレーキレバーの採用が可能となった。EF200形EF500形を皮切りとしたJR貨物VVVFインバータ制御の機関車はこの形態を採っている。

直通運転とマスコン形状の統一

他の鉄道会社と直通運転と行う場合、異なる鉄道会社の境界駅で、もう一方の鉄道会社に運転士が交代する運転方法が多く採用されているため、運転士の熟知の問題から、運転室のスイッチの位置や色に規格統一が求められるケースが多く存在する。マスコンの形状も例外ではなく、直通する全形式で1種類、多くても2種類に統一されているケースが目立つ。

特徴的な例を挙げれば、前述の201系と205系で縦横併用式を採用していた国鉄が、東京メトロ千代田線(当時は帝都高速度交通営団)直通用に製造した203系では縦軸マスコンを採用したほか、京浜急行電鉄では右手→両手、西武鉄道では両手→左手→両手と変化した。

反対に1社のみ異なるケースとしては、これまで全車両が横軸マスコンを採用した東京メトロ日比谷線において、ワンハンドルの元祖である東急のみが1000系でワンハンドルを採用していた例がある。

脚注

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関連項目

  • 吉谷和典 『第二すかたん列車』(日本経済評論社、1987年。著者は元大阪市電乗務員)などを参照。
  • 2.0 2.1 従って、直接制御器を指して「直接制御式のマスコン」などと称するのは、意味が成り立たない完全な誤用である。
  • 車両間に架線電圧を扱うジャンパ線を引き通せば、物理的には一応可能であり、過去には蒲原鉄道などで直接式制御器搭載の小型電車に制御車を連結するために用いられた例があった。また、広島電鉄70形電車がそうであるように、電装品の絶縁処理やスイッチ機構の小型化に自信があったヨーロッパ、特にドイツのメーカーでは、2/3車体連接式の路面電車に超多段式の直接式制御器を搭載するケースが少なからず存在した。
  • 厳密には抵抗を挿入して降圧の上で使用する。また、1500V電化線区では電動発電機を用いて給電した。
  • 当初12/24Vバッテリーからの給電に依存していたため、このように命名された。アメリカではブレーキの電磁弁を駆動するのに用いられるのと共通の、32V動作のモデルが一般的に用いられていた。日本でも当初は南海鉄道電2形などでバッテリーが制御器の電源として使用されたが、電解液の補充や電極のメンテナンスなど煩雑な保守に手を焼き、早い時期に出力電圧選定の自由度の大きな電動発電機が多用されるようになった。そのため、長大編成化の際に電圧降下による誤動作が起こりにくい100V動作の高電圧モデルが広く普及した。
  • DBI-K4など。日本の路面電車で現在も標準的に使用されている三菱電機KR-8形制御器などの原型となったモデル。
  • 205系電車および211系電車は民鉄と同様に、引いて力行、押してノッチオフである。
  • これらはいずれも日本と異なる縦軸式
  • 関西圏の阪急以外の各社線では、ブレーキ弁とマスコンを同時に操作して出発時の衝動を軽減するスキルが常用される例が多く、ワンハンドルマスコンはこの操作法が使用できないため、後述の横軸ツインレバー型マスコンが普及している。
  • これは、京急800形と伊豆箱根3000系がほぼ同時期に東急車輛で開発されていた為であるが、伊豆箱根3000系の動作表示灯の表示方式は親会社の西武鉄道の様式を採用している。
  • ただし二階式運転台の50000形や二階式運転台ではない60000形は左手式である。
  • ヨーロッパの路面電車車両では、ブレーキとして電磁駆動式のブレーキ(安全のため、ブレーキ力はバネを使用する)が使われることが多かったことも背景にある
  • テンプレート:Cite journal
  • 方南町支線用は製造当初から、丸ノ内線用はワンマン装置とATO装置が取り付けられると同時にワンハンドルマスコンになった。