シロイルカ
シロイルカ(白海豚、Delphinapterus leucas)は、哺乳綱クジラ目イッカク科シロイルカ属に分類される海生哺乳類。本種のみでシロイルカ属を構成する。別名はベルーガ、もしくはシロクジラ(白鯨)[1][2]。
分布
北極海、ベーリング海北部、オホーツク海、クック湾、セントローレンス湾[1][3]
春になるとシロイルカは、夏場の生息域であり、出産およびそれに続く子育てのための海域でもある湾、河口、浅い入り江などに移動する。これらの夏場の棲息域は互いに離れているが、母シロイルカは通常は毎年同じ場所に戻ってくる。
秋になり、夏場の生息域が氷に覆われ始めると、シロイルカは冬場の生息域への移動を開始する。多くのシロイルカは冬の間は、浮氷が成長する方向に従って南下していくが、浮氷からはあまり離れない。 一部のシロイルカは浮氷の海域に留まり、氷の隙間(ポリニヤなど)を探して、そこで呼吸する。シロイルカは、海面の95%以上が浮氷で覆われているような海域でも氷の隙間を探すことができるとされているが、まだ詳しくはわかっていない。 シロイルカのもつ反響定位(エコーロケーション)の能力は、氷に覆われた北極圏の海域に適しており、反響定位によって氷の隙間を探しているとも考えられている[4]。
形態
最大体長オス5.5メートル、メス4メートル[3][5]。体重オス1,300キログラム、メス600キログラム[3]。体色は白い[1]。ハクジラ類としてはやや大型の為に、他のイルカと比してサイズが大きいことから、シロクジラと呼ばれる事もあった。[6]
前頭部にあるメロンと呼ばれる脂肪組織は、他のハクジラ類のものよりも丸く柔らかい。多くのハクジラ類と同様、鼻腔の奥を振動させて生じた音波を、メロンと呼ばれる脂肪組織をレンズのように用いて収束させ、個体間のコミュニケーションとエコーロケーションに用いる。高音の笛のような音を発生するため、猟師により「海のカナリア」 (Sea Canary) というあだなをつけられた[7]。メロンは他のハクジラ類とは違い、形状を自分の意思で変えることができる。これは北極圏の氷の海に適応するためであろうと推察される。メロンを震わせながら歌う(音を発生する)「おでこぷるぷるシロイルカ」と称するシロイルカが横浜・八景島シーパラダイスに飼育されるのが知られている。
七つの頸椎が互いに不動状態に固定されておらず[8]、そのため頭部を上下左右に振ることができる。この特性を利用して、水族館では人間におけるお辞儀様行動をさせることがある。野生状態では首を動かしながら、口から海底に水を吹き付けて掘り返し、底生動物を捕食していると言われている。効率良く水を吹き付けるように、口は単に開閉するだけでなく、ひょっとこのように突き出すことができる。この特性は、水族館でバブルリングの演技に応用される。こうした短い吻は強力な負圧を発生させる事が可能であり[9]、食餌はこの負圧を利用した吸引方式 (suction feeding mechanism) で行う。
胸鰭は加齢に伴い上方に反り上がる[1]。背鰭はない[3]。属名Delphinapterusは「翼がないイルカ」の意で、背鰭がないことに由来する[1]。中央部よりやや後方に高さ1-3メートル、縦幅0.5メートルの隆起がある[3]。尾びれには茶色の後縁があるが、これも加齢とともに鮮明になる[10]。
上下16-18本ずつ計32-40本の歯があるが、先端は摩耗する[1][3]。近縁種のイッカクと違い、雄の歯が螺旋状に伸びることはない。[11]
出産直後の幼獣は体長1.6メートル、体重79キログラム[3]。体色は灰黒色だが、成長に伴い灰色、淡灰色、青白色[12]と白くなり、生後7年で白くなる[3]。生後2-3年で歯が萌出する[1][3]。
生態
シロイルカは非常に社会的な動物であり、通常は同年代の同性で群を成して行動する。オスの場合、数百頭もの群を成すことがある。それに対し、仔連れのメスの群のサイズは少し小さい。夏季になると河口に集まり、砂利で表皮を剥ぎとり脱皮する[1]。この脱皮を行う前に体色が次第に黄色味を帯びてくる[7]。この時にはほとんど全てのシロイルカが集結しており、捕食者に対して最も無防備となる時期でもある。天敵はシャチ、ホッキョクグマ[3]。ホッキョクグマの攻撃によってつけられた傷を持つ個体も少なくない[12]。胸鰭の可動性が高く、胸鰭を動かすことで後方へ泳ぐこともできる[1]。
食性は動物食で、胃の内容物から魚類、甲殻類、貝類、環形動物などを食べると考えられている[3]。海底にいる獲物を唇や舌を使って吹きつけたり吸い込んだり[3]、複数頭が浅瀬に獲物を追いこんで捕食する[1]。
クリック音、キーキー音、口笛のような音、ベルのような音など、様々な音声を発する。ある研究者は、シロイルカの群の出す音を、オーケストラの弦楽器が演奏の前に調音している時の音に喩えている。先にシロイルカは「海のカナリア」と呼ばれることもあると述べたが、これはカナリアのように騒々しいからだと言われることもある。50種類の明らかに異なる音声が記録されており、多くの音の周波数は100Hzから12kHzの範囲である。
2-5月に交尾を行うが、地域変異がある[3]。妊娠期間は14-14ヶ月半[3]。4月-8月に群れから離れて入江や岸辺で1回に1頭を幼獣を産む[1][3]。出産間隔および授乳期間は2年で、授乳期間中に次の幼獣を妊娠する[3]。オスは生後8年、メスは生後5年で性成熟する[1]。寿命は30-40年[1]。
人間との関係
遡上するサケを捕食することから漁業関係者から嫌遠されることもある[1][3]。
現時点での全棲息数は、10万頭程度であるテンプレート:いつ。他のクジラ目の種と比較すると多いと言えなくはないが、それでも捕鯨が盛んになる以前と比べれば、非常に減少している。 生息域別では、ボフォート海に4万頭、ハドソン湾に2万5千頭、ベーリング海に1万8千頭、カナダの高緯度海域に2万8千頭がいる。セントローレンス湾ではわずか千頭程度である。
以前は鯨油、飼料用、皮革用の捕鯨により生息数は減少した[3]。繁殖期に一定地域の河口に集まることから、大規模捕鯨が行われたこともある[1]。商業捕鯨は停止したが現地民による狩猟は続けられ、年あたり2,500頭が狩猟されている[3]。セントローレンス湾では水質汚染により生息数が減少している[3]。採掘やパイプラインの設置、地質調査のための船舶による影響、水力発電用のダム建設による水温の変化などによる生息数の減少も懸念されている[1][3]。
人間による間接的な擾乱も、脅威となり得る。セントローレンス川やチャーチル川では、シロイルカウォッチング(ホエールウォッチング)がブームとなって大規模に実施されている。人間の小型船に無関心な個体もいるが、中には船を避けて逃げようとする個体もいることが知られている。
漁業被害を防ぐ方法として、海の中に音響装置を入れて、そこからシャチの声を流して、シロイルカを脅かして撃退する方法も試されている。[13]
- クック湾の個体群
飼育
水族館で展示されたクジラとしては最初の種の一つである。1861年にバーナム博物館 (w:Barnum's American Museum) で初めて展示された。北米、ヨーロッパ、日本などの水族館などで展示飼育が続けられている。体の色だけではなく、頭部を上下左右に動かすなどして表情も豊かであるため、非常に人気がある。水族館で展示飼育されているのは多くは野生個体だが、飼育下繁殖の成功例もある。また、北米ではミスティック水族館(Mystic Aquarium & Institute for Exploration)が人工授精に初めて成功している。
日本では、1976年9月に鴨川シーワールドによってはじめて一般公開された[14]。2004年7月17日には、日本では初めてとなるシロイルカの赤ちゃんが名古屋港水族館で産まれている。母親は2001年4月18日にロシア連邦科学アカデミー附属の飼育施設から同水族館へと来た「No.3」、父親は「No.2」[15]である。子供は雄、個体ナンバーはNo.7であり、2005年3月13日に「ベル」という愛称がつけられた。本種の出産は世界中の水族館で報告されているが、生後半年以上成長する例は稀である。名古屋港水族館は「ベル」の繁殖の成功により、2005年8月、(社)日本動物園水族館協会より繁殖賞を受賞している[16]。
シロイルカは、口をひょっとこのように突き出すことができるため、遊びでバブルリングを作ることができる。島根県立しまね海洋館においては、アーリャ(雌)、ナスチャ(雌)、ケーリャ(雄)、ランゲル(雄)、アンナ(雌)が口をすぼめて口腔内に溜めた空気を噴き出して空気の輪を作ることができ、アーリャ、ナスチャ、ケーリャの3頭パフォーマンスなどの際にその様子を披露している[17]。また、中国の水族館大連極地館(哈尔滨极地馆、遼寧省大連市)にもバブルリングを作る個体が存在する。
参考画像
- Beluga size.svg
人間との大きさの比較
- Beluga-DolphinLand-Antalya-2006.jpg
地表に上がったシロイルカ。
頭部のメロンが前方に突き出しているのが分かる。 - Beluga and calf.JPG
シロイルカの幼獣
出典・脚注
参考文献
- Reeves, Stewart, Clapham and Powell, National Audubon Guide to Marine Mammals of the World, Random House. ISBN 0375411410.
- Gregory M. O'Corry-Crowe, "Beluga Whale" in Encyclopedia of Marine Mammals, Perrin, Wursig and Thewissen eds., Academic Press, pp. 95-99. ISBN 0125513402.
- T. A. ジェファーソン他 『海の哺乳類-FAO種同定ガイド』 山田格訳、NTT出版、1999年、ISBN 4757160011
- 名古屋港水族館 「保護・研究活動『ベルーガ』」 - シロイルカの人工繁殖についての説明他
- テンプレート:Cite book
- テンプレート:Cite book
- テンプレート:Cite book
関連項目
- エアバスベルーガ - 外観が似るためベルーガの愛称を持つ航空機
- ソフトバンクモバイル - 2007年のCMに島根県立しまね海洋館アクアスのケーリャ(雄)を起用。役柄は「島根のおじさま」。
- メイショウベルーガ - 競走馬。本種にちなんで命名。
外部リンク
- Vancouver Aquarium, "Belugacam" テンプレート:En icon - バンクーバー水族館のシロイルカライブカメラ
- ↑ 1.00 1.01 1.02 1.03 1.04 1.05 1.06 1.07 1.08 1.09 1.10 1.11 1.12 1.13 1.14 1.15 大隅清治監修 D.W.マクドナルド編 『動物大百科2 海生哺乳類』、平凡社、1986年、48-51頁。
- ↑ 動物の世界 14巻 データーハウス1982
- ↑ 3.00 3.01 3.02 3.03 3.04 3.05 3.06 3.07 3.08 3.09 3.10 3.11 3.12 3.13 3.14 3.15 3.16 3.17 3.18 3.19 3.20 小原秀雄・浦本昌紀・太田英利・松井正文編著 『動物世界遺産 レッド・データ・アニマルズ1 ユーラシア、北アメリカ』、講談社、2000年、29、147-148頁。
- ↑ S. K. Katona, V. Rough and D. T. Richardson, A field guide to the whales, porpoises and seals of the Gulf of Maine and eastern Canada, Charles Scribner's Sons, New York (1983)
- ↑ 『鯨類学』 図鑑/世界の鯨類50
- ↑ 動物の世界 14巻 データーハウス1982
- ↑ 7.0 7.1 『世界哺乳類図鑑』 196頁
- ↑ 『鯨類学』 99頁
- ↑ 『鯨類学』 124頁
- ↑ 『世界哺乳類図鑑』 197頁
- ↑ 動物の世界 14巻 データーハウス1982
- ↑ 12.0 12.1 『クジラとイルカの図鑑』 95頁
- ↑ 動物の世界 14巻 データーハウス1982
- ↑ 鴨川シーワールド 「鴨川シーワールドの歴史」 - 日本初のシロイルカの飼育展示について。
- ↑ 2005年10月11日死亡。名古屋港水族館 「ベルーガ No.7『ベル』の成長記録 vol.21」
- ↑ 名古屋港水族館 「ベルーガ No.7『ベル』の成長記録 vol.19」
- ↑ 島根県立しまね海洋館 「幸せの”バブルリング”の動画」 - 島根県立しまね海洋館のアーリャが空気の輪を作る動画など。口をすぼめて口腔内に溜めた空気をリング状に噴き出す様子が観察できる。
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