金森修
金森 修(かなもり おさむ、1954年(昭和29年)8月4日 - )は、東京大学大学院教育学研究科教授であり、日本の哲学研究者、評論家[1]。
1980年代から1990年代前半にかけてエピステモロジー(フランス系の科学思想史)を主に研究し、バシュラール、カンギレムなどの導入を行った。その際、よく準拠した科学は主に医学と生物学であった。その後、一時期、科学社会学的動向にも注意を払ったが、近年は、より古典的な哲学史研究や、生政治学・生命倫理学に関心を移動させている。ただ、それらの作業全体の背後には、フーコーから学んだ問題関心が利いている場合が多い。特に近年では、人間と非人間、あるいは準人間との境界領域が孕む諸問題を、具体例を挙げて論じようとしている。ユダヤの特殊な泥人形ゴーレム、それに〈人間未満の生物〉としての動物一般についての考察などが、その具体的な成果である。『ゴーレムの生命論』や『動物に魂はあるのか』は、人間と非人間との境界を探る一種の〈亜人論〉を構成していると位置づけてもよい。
来歴・人物
北海道札幌市生まれ。札幌市立啓明中学校、北海道札幌南高等学校、1978年(昭和53年)東京大学教養学部教養学科フランス分科卒業。同大学院人文科学研究科比較文学比較文化博士課程満期退学。パリ第1大学で学び、哲学博士号を取得。1987年(昭和62年)頃筑波大学講師・助教授、東京水産大学助教授、2000年教授、2002年東大教育学研究科教授。日本哲学会、日仏哲学会、日本科学史学会、日本生命倫理学会、日本文藝家協会、各会員。
1995年『フランス科学認識論の系譜』で渋沢・クローデル賞を受賞。 2000年『サイエンス・ウォーズ』でサントリー学芸賞、並びに、哲学奨励山崎賞を受賞。 2011年『〈生政治〉の哲学』で日本医学哲学・倫理学会 学会賞を受賞。
著書
単著
- 『フランス科学認識論の系譜 ―― カンギレム、ダゴニェ、フーコー』(勁草書房 1994年)
- 『バシュラール ―― 科学と詩』(講談社 1996年)
- 『サイエンス・ウォーズ』(東京大学出版会 2000年)
- 『負の生命論 ―― 認識という名の罪』(勁草書房 2003年)
- 『ベルクソン ―― 人は過去の奴隷なのだろうか』(日本放送出版協会 2003年)
- 『自然主義の臨界』(勁草書房 2004年)
- 『科学的思考の考古学』(人文書院 2004年)
- 『遺伝子改造』(勁草書房 2005年)
- 『病魔という悪の物語 ―― チフスのメアリー』(ちくまプリマー新書 2006年)
- 『〈生政治〉の哲学』(ミネルヴァ書房 2010年)
- 『ゴーレムの生命論』(平凡社新書 2010年)
- 『動物に魂はあるのか』(中公新書 2012年)
編著
- 『エピステモロジーの現在』(慶應義塾大学出版会 2008年)
- 『科学思想史』(勁草書房 2010年)
- 『昭和前期の科学思想史』(勁草書房 2011年)
- 『合理性の考古学 ―― フランスの科学思想史』(東京大学出版会 2012年)
- 『エピステモロジー ―― 20世紀のフランス科学思想史』(慶應義塾大学出版会 2013年)
共著
共編著
- (中島秀人)『科学論の現在』(勁草書房 2002年)
- (近藤和敬・森元斎)『VOL 05 特集:エピステモロジー』(以文社 2011年)
- (粟屋剛)『生命倫理のフロンティア』(シリーズ生命倫理学第20巻)(丸善出版 2013年)
主要な欧米語論文
- "Une philosophie de l'approximation"
『自然哲学研究』第8号、1994年10月、pp.1-17.
- "Une épistémologie de l'instrument chez G.Bachelard",
Annals of the Japan Association for Philosophy of Science, vol.8.no.5, march 1995, pp.267-278.
- "Portrait d'un penseur bouddhique à l'âge des Lumières de Meiji -- Le cas Inoue Enryo --"
『言語文化論集』第40号、1995年3月、pp.9-27.
- "La normalisation du savoir normatif --Autour de Hayashi Razan--"
EBISU, no.9, 1995年4-6月、pp.107-130.
- Article "Kato"
Dictionnaire du Darwinisme et de l'Evolution, F-N, Paris, P.U.F., janv.1996, pp.2434-2442.
- Article "Oka"
Dictionnaire du Darwinisme et de l'Evolution, O-Z, Paris, P.U.F., janv.1996, pp.3268-3276.
- "Portrait d'un paysan ‘réformateur’ dans la société féodale au Japon --Le cas Ninomiya Sontoku--"
EBISU, no.14, 1996年7-9月、pp.45-75.
- "The Politics of Pharmacological Human Designing"
iichiko intercultural, no. 9, July 1997, pp.42-64.
- "A discursive sphere of self-referential zone of Cultural Anthropology. Essay on P.Rabinow"
ISLA 1, Philosophical Design for a Socio-Cultural Transformation, Nov.1998, E.H.E.S.C., Rowman & Littlefield, pp.578-592.
- "Réception de Bachelard au Japon"
Bachelard dans le monde, Sous la direction de Jean Gayon & Jean-Jacques Wunenburger, Paris, P.U.F., avril 2000, pp.49-64.
- "Bio-pouvoir et ingéniérie sociale au Japon",
Michel Foucault et la médecine, Sous la direction de Philippe Artières et Emmanuel da Silva, Paris, Editions Kimé, juillet 2001, pp.325-333.
- "Science Wars and Japanese Postmodernism"
Korean Journal for the Philosophy of Science, vol.6, no.1, Spring 2003, 2003年6月、pp.107-140.
- "Philosophy of genetic life designing"
Jahrbuch für Bildungs-und Erziehungsphilosophie, 5, July 2003, pp.59-81.
- "Risques et malaises"
Jocelyne Pérard et Maryvonne Perrot, sous la direction de, L'Homme et l'Environnement, Actes du colloque organisé à Dijon du 16 au 18 novembre 2000, Université de Bourgogne, août 2003, pp.125-132.
- "Cultural Morphology of Eating Disorders"
『医史学』、大韓医史学会誌、Korean Journal of Medical History, vol.13, no.1, June 2004, pp.94-118.
- "Cultural Attendance on Homo Geneticus"
Journal of International Biotechnology Law, vol.2, no.1, 2005, pp.34-40.
- "The Problem of Vitalism Revisited"
Angelaki, vol.10, no.2, August 2005, pp.13-26.
- "Lingering Dawn of Homo Transgeneticus"
Journal of ELSI Studies, South Korea, vol.3, no.2, October 2005, pp.1-19.
- "Bios and his Self-armor"
Journal of Philosophy and Ethics in Health Care and Medicine, No.2, July 2007, pp.26-43.
- "Shimomura Toratarō et sa vision de la machine"
EBISU, no.40-41, automne 2008 - été 2009, Numéro spécial, pp.115-125.
- "L'Evolution créatrice et le néo-lamarckisme"
Arnaud François éd., L'Evolution créatrice de Bergson, Paris: Vrin, Septembre 2010, pp.111-123.
- "After the Catastrophe---- Rethinking the Possibility of Breaking with Nuclear Power"
Peace from Disasters, Proceedings of HiPec International Peacebuilding Conference 2011, September 18-19, 2011, Hiroshima International Conference Hall, pp.87-92.
- "Fixation de l'instantanéïté de la forme"
Shin Abiko, Hisashi Fujita & Naoki Sugiyama eds., Disséminations de L'évolution créatrice de Bergson, Olms, coll. "Europaea memoria", march 2012, pp. 137-150.
- "Une lecture matérielle d'un poète japonais : Kenji Miyazawa"
Revue de Synthèse, Tome 134, 6e série, No.3, 2013, septembre 2013, pp.373-389.
訳書
- フランソワ・ダゴニェ『具象空間の認識論 ―― 反・解釈学』(法政大学出版局 1987年)
- ジョルジュ・カンギレム『反射概念の形成 ―― デカルト的生理学の淵源』(法政大学出版局 1988年)
- ガストン・バシュラール『適応合理主義』(国文社 1989年)
- フランソワ・ダゴニェ『面・表面・界面 ―― 一般表層論』(法政大学出版局 1990年)
- ジョルジュ・カンギレム『科学史・科学哲学研究』(法政大学出版局 1991年)
- フランソワ・ダゴニェ『バイオエシックス ―― 生体の統御をめぐる考察』(法政大学出版局 1992年)
- フランソワ・ダゴニェ『病気の哲学のために』(産業図書 1998年)
- ロシュディ・ラーシェド「科学史 ――科学認識論と歴史との狭間で――」『みすず』第460号、1999年7月、pp.25-37.
- 「アレクサンドル・コイレ『天文学革命、コペルニクス、ケプラー、ボレッリ』」『ミシェル・フーコー思想集成』第Ⅰ巻(筑摩書房 1998年) pp.209-211.
- 「ミシェル・フーコーとジル・ドゥルーズはニーチェにその本当の顔を返したがっている」pp.379-383;「哲学者とは何か」pp.384-385;「メッセージあるいは雑音?」pp.392-396.『ミシェル・フーコー思想集成』第Ⅱ巻(筑摩書房 1999年)
- 「F・ダゴニェの論考『生物学史におけるキュヴィエの位置づけ』に関する論考」pp.330-334;「生物学史におけるキュヴィエの位置」pp.335-381.『ミシェル・フーコー思想集成』第Ⅲ巻(筑摩書房 1999年)
- 「イデオロギーとしての飢え」スーザン・ボルド『耐えられない重さ』より(柴田崇との共訳)ならびに解題 『思想』第946号、2003年2月、pp.31-60.
- H・トリストラム・エンゲルハート「医学哲学」『生命倫理百科事典』第3版、volume I, 丸善、2007年、pp.33-37.
- Introduction, pp.391-398, Traduction d'un texte de Omori Shozo, "Le passe et le reve en tant que fabrication langagiere", pp.398-421. 大森荘蔵の論文の仏訳と、大森哲学の簡単な紹介 in Dalissier, M., S.Nagai et Y.Sugimura, sous la direction de, Philosophie Japonaise, Paris, J.Vrin, 2013.
関連項目
- メアリー・マローン - チフスのメリーとして知られる女性
注
- ↑ 「日本文藝家協会ニュース」、No.741、2014年3月号、p.8。