野崎歓
野崎 歓(のざき かん、1959年 - )は、日本のフランス文学者、東京大学教授。
来歴
新潟県生まれ。東京大学文学部仏文科卒業。同大学院修了。一橋大学法学部法律学科専任講師・助教授、東京大学大学院総合文化研究科助教授を経て、2007年、東京大学大学院人文社会系研究科・文学部仏文科准教授。2000年、ベルギー・フランス語共同体翻訳賞、2001年、『ジャン・ルノワール』でサントリー学芸賞、2006年に『赤ちゃん教育』で講談社エッセイ賞、2011年に『異邦の香り―ネルヴァル『東方紀行』論』で読売文学賞(研究・翻訳賞)を受賞。2012年教授。
映画評論、文芸評論も手がける。東京大学教養学部では映画論の講義を、同教授松浦寿輝と担当。
学歴
- 1974年 新潟大学教育学部附属新潟中学校卒業
- 1977年 新潟県立新潟高等学校卒業 東京大学教養学部文科三類入学
- 1981年 東京大学文学部仏文学科卒業
- 1981年 東京大学大学院人文科学研究科仏語仏文学専攻修士課程入学
- 1985年 東京大学大学院人文科学研究科仏語仏文学専攻博士課程進学
- 1985年より1989年まで フランス政府給費留学生としてパリ第3大学仏文学科博士課程に留学
- 1989年3月 東京大学大学院人文科学研究科仏語仏文学専攻博士課程中途退学
職歴
- 1989年 東京大学文学部助手
- 1990年 一橋大学法学部法律学科専任講師
- 1993年 一橋大学法学部法律学科助教授
- 1997年 一橋大学大学院言語社会研究科助教授
- 2000年 東京大学大学院総合文化研究科・教養学部助教授
- 2007年 東京大学大学院人文社会系研究科・文学部准教授
- 2012年 教授
執筆活動
ジャン=フィリップ・トゥーサン『浴室』(1990年)の邦訳が人気を博し、以後、現代フランス文学の翻訳・紹介者として活躍を続けている。エルヴェ・ギベール、ミシェル・ウエルベックといった先端的な作家の翻訳に尽力。2000年にはトゥーサン作品の翻訳により、ベルギー・フランス語共同体翻訳賞を受賞している。また専門であるフランス19世紀文学の研究・翻訳でも活躍し、バルザック『幻滅』(共訳)、ネルヴァル『東方紀行』(共訳)、スタンダール『赤と黒』などを翻訳。
35年ぶりの新訳となった『赤と黒』に関しては、辻原登[1]や堀江敏幸[2]、辻仁成[3]といった芥川龍之介賞作家たちが異口同音に絶賛し、亀山郁夫、鴻巣友季子[4]、中条省平[5]らも賞賛、読者の広い支持を集めている。
フランス文学だけでなく、日本文学についても『谷崎潤一郎と異国の言語』を著すなど、旺盛に評論活動を展開している。
映画に関してもさまざまな著作があり、とりわけフランス・ヌーヴェルヴァーグの父として知られるジャン・ルノワールについては、その後半生を通して20世紀映画史を綴った評伝『ジャン・ルノワール 越境する映画』を刊行し、2001年サントリー学芸賞を受賞した。[6]ルノワールに関してはほかにも、その知られざる傑作小説『ジョルジュ大尉の手帳』を訳出して映画批評家・山田宏一に絶賛されている(『山田宏一のフランス映画誌』)。同じくルノワールの小説『イギリス人の犯罪』や『ジャン・ルノワール エッセイ集成』も刊行。紀伊國屋書店から出た「ジャン・ルノワールDVD-BOX I~III」には「21世紀のジャン・ルノワール」と題するエッセイを三回連続で寄せている。
また、近年は東アジア映画、とりわけ中国語圏の映画を熱心に論じ、香港映画の大ファンとして知られている。『香港映画の街角』が評判を呼び、香港‐日本交流年となった2005年には香港の映画監督ウォン・ジン(バリー・ウォン)、スター女優セシリア・チャンとシンポジウム[7]を行った。
また大学時代、バンドでドラムを叩いていた野崎は大のロックファンであり、「芸術新潮」2008年1月号でキャロル・キング、「東京人」2008年12月号でザ・フーについて礼讃文をつづっている。2008年、東大文学部現代文芸論の学生誌「本郷通り、」のロック特集では、柴田元幸と対談している。
子育ての苦労と喜びをつづった『赤ちゃん教育』では講談社エッセイ賞を受賞。
2004年から2年間、読売新聞読書委員を務めた。
日本経済新聞の映画評欄「キネマ万華鏡」および月刊誌「すばる」で、随時映画評を執筆。読売新聞読書欄「本のソムリエ」にも随時執筆している。
2008年12月より文芸誌「群像」でネルヴァル論の長期連載を行い、それをまとめた 『異邦の香り―ネルヴァル「東方紀行」論』 で2011年に第62回読売文学賞研究・翻訳賞を受賞。広く評論・執筆活動を展開している。
『赤と黒』誤訳論争
立命館大学文学部教授の下川茂は、野崎の訳したスタンダールの『赤と黒』(光文社文庫、2007年)に対し、誤訳が多すぎるとの批判を行っている。下川は「前代未聞の欠陥翻訳で、日本におけるスタンダール受容史・研究史に載せることも憚られる駄本」[8]としたうえで「仏文学関係の出版物でこれほど誤訳の多い翻訳を見たことがない」[8]と指摘し「まるで誤訳博覧会」[8]と主張している。2008年3月付の第3刷で同書は19ヶ所を訂正したが、下川は「2月末に野崎には誤訳個所のリストの一部が伝わっている。今回の訂正はそこで指摘された箇所だけを訂正したものと思われる」[9]と批判したうえで、誤訳の例を列挙し「誤訳は数百箇所に上る」[9]と指摘している。下川は、いったん絶版として改訳するよう要請する書簡を野崎宛てに送付した[10]。
しかし、光文社文芸編集部の編集長は「読者からの反応はほとんどすべてが好意的ですし、読みやすく瑞々しい新訳でスタンダールの魅力がわかったという喜びの声だけが届いております。当編集部としましては些末な誤訳論争に与する気はまったくありません」[10]と反論している。
この件について作家の戸松淳矩は、光文社側は読者の反応ではなく翻訳の適否について回答すべきと指摘し、瑣末な誤訳と主張するなら反証を示すべきと述べている[11]。また内田樹は、誤訳との指摘に対し訳者が応えるように双方向的な公開性の担保が重要だと指摘し、「野崎訳をめぐる問題は『指摘と修正』の円滑なコミュニケーションが成り立たなかったことが原因[12]」と考察している。その一方で、「(指摘と修正の)効率についての配慮[12]」を欠いた、「いきなり大上段から相手の脳天を斬りつける[11]」ような下川の手法に、戸松・内田とも苦言を呈している。
また藤井一行、中島章利は、自身のホームページにて、同文庫から出されている亀山郁夫訳『カラマーゾフの兄弟』や、森田成也訳のトロツキー『レーニン』『永続革命論』にも誤訳が多数あることを指摘し、『赤と黒』に限らず誤訳の指摘と改訳の事実を伏せたまま改訳を行っている同文庫の編集姿勢を強く批判している[13]。そのほか北海道大学の佐藤美希は、野崎の単純なミスによる誤訳を認めつつ、論争の背景には「新訳ブーム」における新しい翻訳観と、下川の持つ規範的な翻訳観との対立があると論じている[14]。
著作
単著
- 『ジャン・ルノワール越境する映画』 青土社 2001
- 『フランス小説の扉』 白水社 2001/白水Uブックス 2010
- 『谷崎潤一郎と異国の言語』 人文書院 2003
- 『香港映画の街角』 青土社 2005
- 『赤ちゃん教育』 青土社 2005/講談社文庫 2008
- 『五感で味わうフランス文学』 白水社 2005
- 『カミュ『よそもの』きみの友だち』 みすず書房〈理想の教室〉 2006
- 『われわれはみな外国人である-翻訳文学という日本文学』 五柳書院 2007
- 『こどもたちは知っている-永遠の少年少女のための文学案内』 春秋社 2009
- 『異邦の香り―ネルヴァル『東方紀行』論』 講談社 2010
- 『フランス文学と愛』 講談社現代新書 2013
- 『翻訳教育』 河出書房新社 2014
- 『映画、希望のイマージュ 香港とフランスの挑戦』 弦書房 2014、ブックレット
共著・編著
- 『英語のたくらみ、フランス語のたわむれ』(斎藤兆史共著 東京大学出版会)2004
- 『英仏文学戦記 もっと愉しむための名作案内』(斎藤兆史共著 東京大学出版会)2010
- 『文学と映画のあいだ』(編 東京大学出版会)2013
- 『アジア映画で〈世界〉を見る』(夏目深雪・石坂健治共編 作品社)2013
翻訳
- ジャン=フィリップ・トゥーサン(全て集英社)
- 『浴室』1990
- 『ムッシュー』1991
- 『カメラ』1992
- 『ためらい』1993
- 『テレビジョン』1998/以上 各集英社文庫 1994-2003
- 『アイスリンク』 1999
- 『セルフポートレート 異国にて』 2001
- 『愛しあう』2003
- 『逃げる』 2006
- エルヴェ・ギベール(全て集英社)
- 『召使と私-そしてギベール写真集『孤独の肖像』抄』1993
- 『楽園』1994
- ジャン・ルノワール(全て青土社)
- 『ジョルジュ大尉の手帳』1996
- 『イギリス人の犯罪』1997
- 『ジャン・ルノワールエッセイ集成』1999
- 性に関する探究 アンドレ・ブルトン編 白水社 1993、新版は改題 「性についての探究」
- 花火 パトリック・ドゥヴィル 白水社 1994
- 秘密 フィリップ・ソレルス 集英社 1994
- 殺戮の天使 ジャン=パトリック・マンシェット 学習研究社 1996
- 本当の話 ソフィ・カル 平凡社 1999
- 幻滅 メディア戦記 オノレ・ド・バルザック 青木真紀子共訳 藤原書店 バルザック「人間喜劇」セレクション 2000
- 素粒子 ミシェル・ウエルベック 筑摩書房 2001/ちくま文庫 2006
- グレースと公爵 グレース・エリオット 集英社文庫 2002
- 映画と国民国家 ジャン=ミシェル・フロドン 岩波書店 2002
- ある夜、クラブで クリスチャン・ガイイ 集英社 2004
- ある秘密 フィリップ・グランベール 新潮社〈新潮クレスト・ブックス〉 2005
- いかにしてともに生きるか コレージュ・ド・フランス講義1976-1977年度 ロラン・バルト講義集成1.筑摩書房 2006
- ちいさな王子 サン=テグジュペリ 光文社古典新訳文庫 2006
- さいごの恋 クリスチャン・ガイイ 集英社 2006
- 赤と黒(上下) スタンダール 光文社古典新訳文庫 2007
- うたかたの日々 ボリス・ヴィアン 光文社古典新訳文庫 2011
- フランス組曲 イレーヌ・ネミロフスキー 平岡敦共訳 白水社 2012
- マリーについての本当の話 ジャン=フィリップ・トゥーサン 講談社 2013
- 地図と領土 ミシェル・ウエルベック 筑摩書房 2013
脚注
テンプレート:Reflist- ↑ 「毎日新聞「今週の本棚」辻原登・評」
- ↑ 「朝日新聞」2007年10月26日号特集「翻訳新世紀」内のエッセイ「さらに滑らかに、前へ前へ」
- ↑ 「新!読書生活:21世紀 活字文化プロジェクト 第16回「二人のあいだを流れる小説という一本の川」」
- ↑ 「有鄰 No.481 P1 座談会:翻訳家が語る 古典「新訳ブーム」(1)」
- ↑ 月刊「ふらんす」2008年4月号
- ↑ 「2001年サントリー学芸賞 社会・風俗部門 選評」
- ↑ 「「香港‐日本交流年2005」総括特集」
- ↑ 8.0 8.1 8.2 下川茂「『赤と黒』新訳について」『スタンダール研究会会報』18号、スタンダール研究会、2008年5月、14頁。
- ↑ 9.0 9.1 下川茂「『赤と黒』新訳について」『スタンダール研究会会報』18号、スタンダール研究会、2008年5月、20頁。
- ↑ 10.0 10.1 桑原聡「スタンダール『赤と黒』――新訳めぐり対立――『誤訳博覧会』『些末な論争』」『「スタンダール『赤と黒』 新訳めぐり対立 「誤訳博覧会」「些末な論争」」本・アート‐アートニュース:イザ!』産経デジタル、2008年6月8日。
- ↑ 11.0 11.1 戸松淳矩「スタンダール『赤と黒』の誤訳問題」『スタンダール『赤と黒』の誤訳問題 ミステリー作家戸松淳矩 あさっての日記/ウェブリブログ』2008年6月13日。
- ↑ 12.0 12.1 内田樹「忙しい週末と翻訳のこと」『忙しい週末と翻訳のこと(内田樹の研究室)』2008年6月9日。
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