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日本お笑い史

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テンプレート:観点 日本お笑い史(にほんおわらいし)とは、日本に於ける笑い・演芸の歴史である。

古代

古事記

『古事記』の中の岩戸隠れのエピソードが記録に残されている日本で最も古い笑いのひとつだと思われる[1]。

神々の暮す高天原(たかまがはら)の統率紳、太陽の神アマテラスオオミカミが、弟スサノオノミコトの乱暴狼藉に腹を立てて岩の洞窟天岩戸(あまのいわと)に閉じこもってしまった。そのため世界が真っ暗になり災いが起こった。そこで神々はアマテラスオオミカミをおびき出す為に岩戸の外で大宴会を行い、女神アメノウズメは着衣を脱いで全裸でこっけいな踊りを披露した。これを見て八百万の神々が一斉に大笑いした。その笑い声が気になったアマテラスオオミカミが、岩戸を少しだけ開けて様子をうかがった所、神々の連携プレーで外に連れ出され、再び世界に光が戻った、というものである。 アマテラスオオミカミが天岩戸に隠れて世の中が闇になるというこの神話は日食を表したものだと解釈されており、神々を笑わせた芸能の女神アメノウズメは日本最古の踊り子と言える。

また山幸彦と海幸彦では、苦難の末に海幸彦を屈服させた山幸彦が、海幸彦を「俳優(わざをぎ)の民」とすると宣言し、滑稽な物真似芸を演じさせている。このエピソードは古代社会において芸能が、神や支配者を楽しませるもの、奉納するものとしての要素があったことを示している。

説話

また、おかしみのある話の源流は『竹取物語』、『今昔物語』または『宇治拾遺物語』に収められた説話にさかのぼる事もできる[1]。

中世

ファイル:春日神社ー篠山ー翁奉納P1011774.jpg
能(翁奉納 春日神社 (篠山市))

散楽から猿楽、それが能と狂言に

物真似や軽業・曲芸、奇術、幻術、人形まわし、踊りなど、娯楽的要素の濃い芸能の総称として散楽が発達し、そのうちの物真似芸を起源とする猿楽は、後に観阿弥、世阿弥らによって能へと発展した。曲芸的な要素の一部は、後に歌舞伎に引き継がれた。滑稽芸は狂言や笑いを扱う演芸になり、独自の芸能文化を築いていった。奇術は近世初期に「手妻」となった。散楽のうち人形を使った諸芸は傀儡(くぐつ)となり、やがて人形浄瑠璃(文楽)へと引き継がれていった。

  • 御伽衆: 話芸に秀でた講釈話が庶民に広がり、講談や落語の源流となったと言われている。
  • 御伽草子: おかしみのある話も多い。
  • 鳥獣人物戯画: 「日本最古の漫画」と称されている。
  • 病草紙: 様々な病や風俗がユーモラスに描かれている。
  • 笑い講: 1199年より続いているといわれる神事。

近世

ファイル:Shouhu-manjuu.jpg
風来山人(平賀源内)による抄訳本『刪笑府』。安永五年=1776年刊。「まんじゅうこわい」の原話の部分。

笑話本、滑稽本

明代の滑稽な話を集めた本(笑話集)の影響を受けて、安楽庵策伝によって『醒睡笑(せいすいしょう)』が1623年に著されている[2]。続いて『昨日は今日の物語(きのふはけふの物語)』や『浮世風呂』(式亭三馬)、『東海道中膝栗毛』(十返舎一九)などが出されて以後日本でもこうした笑話本・滑稽本が書かれるようになった。

江戸時代中期から明治にかけては、漢文の笑話集の和刻本がいろいろと刊行され、広く読まれた。最初に出たのは、寛延四年(1751)に刊行された岡白駒(おかはっく)編『開口新語』である。漢文笑話の原文に訓点を施し、ところどころ漢文の左側に江戸時代の口語で短い訳語を付す、という体裁であった。『開口新語』の成功をうけて、以後、この体裁にならった漢文笑話集が、続々と刊行された。例えば風来山人(平賀源内)も、『笑府』の抄訳『刪笑府』を出版している(右の画像)。「江戸小咄」の原案も、元はこうした和漢の笑話本の翻案に由来しているものが多いとされる。

歌舞伎、文楽

上方と江戸で常設の商業演劇が成立。上方では笑いの要素が意識された作劇がなされた。

  • 歌舞伎 東西で大きく芸風が異なり、上方歌舞伎は様式美もさることながら、上方和事と呼ばれる二枚目でありながら可笑しみをもった人物造形が好まれた。役者もアドリブで笑いをとることをためらわない。
  • 人形浄瑠璃(文楽) 主に上方で発展したが、深刻な場面の前に「チャリ場」と呼ばれる笑える場面を用いてメリハリをつけた。

落語の成立

テンプレート:See 江戸時代初期にはじまった「滑稽噺」は、身振りを加えた「仕方噺」と混じり合って盛んになった。上方では「軽口噺」とも呼ばれたが、特に「落ち」が特徴的だったので江戸中期には「落し噺」と呼ばれるようになった。滑稽本に書かれた話が落とし話として演じられることもあった。明治に入って「おとしばなし」を「落語」と書くようになり、明治中期以降はこれを「らくご」と呼ぶようになった。

諸芸

近代

ファイル:Asakusa Rokku.jpg
浅草オペラ発祥の劇場、常盤座(右手前)。「笑の王国」の幟が見える。1937年1月

軽演劇の隆盛

レコード文化の到来、ラジオ放送の始まり

1910年、日本発の国産蓄音機ニッポンノホンが発売される。 1925年、東京放送局(NHKラジオ第1放送)が開局。

現代:テレビの時代

テレビ創成期

軽演劇からの転身

1953年、NHK・日本テレビが相次いで開局したが、当初一流俳優などはテレビを「電氣紙芝居」として敬遠し、その結果それまで浅草公園六区や新宿などで活躍していた軽演劇の役者など、実力はあるが陽の目を見ず燻っていた者達がテレビの世界に飛び込んだ。三木のり平や八波むと志・由利徹・南利明の「脱線トリオ」、佐山俊二、関敬六・谷幹一・渥美清(のち海野かつをに交替)のスリーポケッツ、石井均一座の他、浅草で人気を博していた大宮敏充の「デン助劇団」などが初期のテレビ・バラエティを飾っていた。

一方、大阪でも梅田の実演劇場・北野劇場に出演していた薄給のコメディアンであった茶川一郎、佐々十郎、芦屋雁之助、芦屋小雁、大村崑等に白羽の矢が立ち、花登筺脚本の一連のコメディーで脚光を浴びた。とりわけ大村は時代の寵児となり、「コンちゃん」ブームを巻き起こした。この他に藤田まことや白木みのる等が進出。吉本新喜劇は当初からテレビを意識して制作されたもので、毎日放送とのタイアップもあり多くのスターを生み出した。一方の松竹新喜劇も看板役者の藤山寛美がよみうりテレビを中心にコメディー数作を発表した。

クレージーキャッツの台頭

1959年、フジテレビ開局と同時に始まった時事コント番組『おとなの漫画』は、本来本格的なジャズバンドであったハナ肇とクレージーキャッツを起用。青島幸男作の洗練された都会的なギャグで一躍市民権を得た。クレージーはこのあと日本テレビの『シャボン玉ホリデー』で更に人気を増し、国民的なお笑いグループとして認知された。特にメンバーの植木等が演じる「無責任男」が高度経済成長を背景とした時流に乗り、大いに当たった。

音楽バラエティ番組

『シャボン玉ホリデー』もそうであったが、この手の番組の嚆矢は同じ日本テレビの『光子の窓』である。草笛光子を主役に起用したこの番組は、歌と踊りと笑いの全てを集約させた音楽バラエティであった。このあと、NHKが『夢であいましょう』をスタート。渥美清、E・H・エリック、黒柳徹子などがコントを演じていた(作・永六輔)。
草笛と黒柳は女性バラエティタレントの先駆者であり、黒柳は現在もなおバラエティ番組に出演し続けている。

寄席芸人の進出

NHKがジェスチャーに柳家金語楼を起用、全国区の人気に。

日本テレビ開局当日に発生した放送事故の穴埋め番組出演を機に、2代目三遊亭歌奴(現:3代目三遊亭圓歌)・三遊亭小金馬(現:4代目三遊亭金馬)・一龍齋貞鳳・3代目江戸家猫八の4人は正力松太郎同社社長に認められ、番組一本を持たされた。これに目を付けたNHKは2代目歌奴以外の三人を引き抜き、『お笑い三人組』をスタートさせる。一方、文化放送で放送された『落語討論会』をフジテレビがテレビ化し、大喜利番組『お笑いタッグマッチ』(5代目春風亭柳昇司会)がスタート。レギュラー陣の4代目柳家小せんが発した「ケメコ」の流行語も相まって一躍人気番組となった。この流れが後述の「演芸ブーム」に繋がる。

演芸ブーム(お笑い第一世代)

1962年頃から1969年頃まで続いた、テレビの演芸番組を中心としたブーム。景気後退の中、番組制作費が抑制された各局は制作コストがかからず視聴率が取れる演芸番組に傾斜。また、視聴者の側も不景気による沈滞ムードの中、テレビに笑いを求めていた。

MANZAIブーム(お笑い第二世代)

1979年から1982年頃まで続いた、テレビの演芸番組を中心としたブーム。演芸ブームの後、コント55号(のちに萩本欽一)・ザ・ドリフターズの2強時代となり、総じて東京発のバラエティー番組がお笑いの主流を占めていた。上記2組の間隙を縫って、せんだみつおや桂三枝(現・6代目文枝)、伊東四朗&小松政夫などが台頭してきたが、この手のバラエティー番組はほぼやり尽くされた感があり、全国ネットのテレビの笑いは一種の砂漠化現象となっていた。
一方、大阪では演芸ブーム以降Wヤング、コメディNo.1、中田カウス・ボタンといった吉本興業の漫才師が台頭し、特に若者に人気の高かった中田カウス・ボタンを筆頭に笑いの潮流が吉本側に傾きつつあった。しかしながら、この傾向はまだ関西ローカルに止まっており、全国向けの関西の演芸は依然としてかしまし娘やレツゴー三匹などが起用され、松竹芸能の力が強かった。(松竹でも笑福亭鶴光や笑福亭鶴瓶などが登場してはいた。)
そんな1979年、澤田隆治、横澤彪といったテレビマン達の手により、寄席演芸の色物(傍流)であった漫才がテレビのメインコンテンツに躍り出た。特にパワー溢れた当時の若手上方漫才師達は一躍時代の寵児となり、笑いが流行の最先端となった。
吉本興業は関西止まりで燻っていた炎がこの時期一気に爆発した形となり、松竹芸能との形勢を逆転させて東京再進出の足がかりを築いた。
東京においては小劇場やライブ・スペースを活動拠点にした笑いのストリームが生まれつつあった。この主体となったのは硬直した組織の活動に飽き足らないゲリラ集団であり、東京では傍流であったマセキ芸能社の意欲的な活動や三遊亭円丈の「新作落語」ムーブメントは見過ごせない。また自身でネタを構成する芸人や、深夜放送のハガキ職人出身の放送作家の増加に伴い、若者うけのよい、スピーディーで毒や刺激の強いお笑いが増える。 この点、まだ大阪はテレビ局を軸としており興行資本の「小屋」への資本投下はまだ少し先の話となる。

お笑い第三世代

1990年前後に起こった、テレビの深夜バラエティーを発端としたブーム。演芸ブームを「お笑い第一世代」、漫才ブームを「お笑い第二世代」と数えて「お笑い第三世代」と呼ばれた[4]。

お笑い第四世代以降

・タモリのボキャブラ天国

視聴者投稿を元に作られていたテレビ番組『タモリのボキャブラ天国』(フジテレビ、タモリ司会)が、徐々にその性格を変えて「大勢の若手芸人がネタを競い合う番組」に変化すると、若い女性などを中心とする特定層の支持を集めたが、番組の人気凋落に伴い、ほとんどの出演者が次第に存在感自体をフェードアウトさせてゆく(つまるところ、しっかりとした下積み経験があったわけではない「ポッと出」の出演者が、視聴者のバブル人気に舞い上がっていただけであった。この現象はのちにも『爆笑オンエアバトル』や『エンタの神様』で繰り返されることになる)。この番組をきっかけに知名度を得た世代をお笑い第四世代と呼ぶことが多い[4]。爆笑問題(厳密に言うと第四世代ではない)、ネプチューン、海砂利水魚(現:くりぃむしちゅー)、ロンドンブーツ1号2号などは、のちに各局で冠番組を持つことになる。

・電波少年シリーズ

『進め!電波少年』(日本テレビ、松本明子らが司会)は、アポイントメントなしの突撃インタビューをはじめとして、台本のないドキュメンタリーの味わいを取り込んだ番組だったが、特に後半は若手芸人に私生活を犠牲にした体験・チャレンジ企画をさせて笑いの種とする構成となり、過剰演出(やらせ)の傾向が強くなる。

そんな中で、過酷なヒッチハイク旅行を行なった猿岩石が、お笑いというよりも共感できる等身大の若者といった位置付けで人気を博し、彼らが唄った楽曲が一定の売り上げを集めたり、旅行中に記した日記をまとめた書籍が売り出され、版を重ねる など、一部特定層において社会現象化する。

その後同様のコンセプトで、ドロンズ、なすび、ロッコツマニア、矢部太郎(カラテカ)らを起用して話題を提供しつづけたが、あくまで企画の面白さが中心のため、企画自体がパターン化すると飽きられるのも早く番組の人気も急に失速した。この番組は芸人を育てるというよりも、消費し尽くすといった感が強く、PTAなど視聴者の批判も多かった。

・ナインティナインとロケの多様化、同時代性

広告代理店やジャーナリズムによる造語「第四世代」という定義に厳密に合致していないが、ほぼ同時期のものとして、フジテレビ『とぶくすり』(のちの『めちゃ²モテたいッ!』→『めちゃ²イケてるッ!』)や日本テレビ『ぐるぐるナインティナイン』などがあり、これらの番組からナインティナイン、よゐこらが1993年頃から知名度を得た。これらに通底しているのはロケーション撮影(ロケ)の多用、そして同時代性である。

1990年代初頭に漫才スタイルがダウンタウンのもとで飽和に達し、それ以降の芸人やお笑い番組は違うスタイルを築きあげる必要にせまられた。その経済学的にいう(商品)差別化の中でたどり着いたのが、街に繰り出し現場や社会を笑いのネタにするというロケーションの手法であり、「リアル」を笑いにして視聴者を惹きつけるとともに、テレビに映る若者が参加しているという同場所性や、それを通して若者と同世代を生きているという同時代性が親近感を醸成し、ヨコの繋がりを生み出して、漫才とは違う人気に結びついた。これらは、番組をテレビ局で撮ると先輩芸人に偶然会ってしまうという若手芸人の緊張や心理、当時抱いていた劣等感がそれを避ける形を求めたということにもある。

その他

  • テレビ番組におけるテロップが頻繁に使われだしたのがこの頃。出演者の発した言葉を逐一字幕化する手法が多用される一方、『電波少年』『めちゃイケ』などでは補足テロップ(『探偵!ナイトスクープ』が発祥とされているツッコミテロップ)を挿入する手法がとられた(共に2000年代も多用されている)。
  • 吉本興業が東京・銀座に進出し、「銀座7丁目劇場」を開場。当初は吉本印天然素材の東上が売りであり、日本テレビやテレビ朝日でタイアップ番組も作成されたが、間もなく他に劇場に出演していたココリコ、ロンドンブーツ1号2号らがテレビ番組に集中的にフィーチャーされることになる。
  • SMAPが自身の冠番組、SMAP×SMAPにてスタジオコントに積極的に取り組み、視聴率30%超のブレイクを起こし「平成のクレイジーキャッツ」との異名も取る[5]。その後のTOKIO、KinKi Kids、嵐、V6、関ジャニ∞などのジャニーズ事務所所属タレントがお笑い系バラエティに進出する契機となる。

この世代の代表的な芸人

など

2000年代のお笑いブーム

ボキャブラブーム後お笑い界はしばらく冬の時代に突入。そんな中1999年に『爆笑オンエアバトル』(NHK)の放送がスタートし、若手のお笑い芸人たちを発掘しようとする動きが起き、いわゆる「ネタ見せ番組」が増え始める。2001年には島田紳助企画立案の新たな漫才コンテスト『M-1グランプリ』が立ち上がった。同初代チャンピオンの中川家が東京進出。

「若手芸人」がブームの中心であるが、若手と言っても殆どが30代であるのが特徴的で、「若手」と言われながら(芸歴で考えて)第四世代である中堅芸人と同い年、年上、同期、先輩など、不思議な現象が起きている。これはブームに乗じて、先のボキャブラ世代の時代に売れ損なったり、未だ東京進出を果たしていなかった大阪吉本所属の第四世代の芸人が多く流入してきたことや、これらの芸人が未だ知名度が低いゆえに第五世代と同じ扱いを受けたことが主な要因である。特に『ボキャブラ天国』に起用されていた芸人(いわゆる「キャブラー」)が東京芸人に偏重していたため[6]、ボキャブラ芸人とほぼ同世代の関西芸人が第五世代のブームによって売れるケースが目立っている。また次長課長・井上、チュートリアル・徳井などに代表される“イケメン芸人”が急増したことや、お笑い情報のみを取り扱ったお笑い専門誌が次々に発行されたりといった芸人のアイドルのような扱いが急増している。

自ら若手芸人ライブを主宰する渡辺正行は、このお笑いブームを「悲しいエピソードで出ている芸人が多い。一昔前と色々な意味で違い、可哀想な芸人が増えた。笑わせてるんじゃなくて、笑われてるんだ」と見る側だけでなく、芸人自体のレベル低下に苦言を呈している。

以前から存在したジャンルではあるが、雛壇芸人というジャンルが大々的に紹介され、「お笑いファン」の間で新たなジャンルとして知られる様になった。

ブリッジを多用した一発屋といわれる芸人も急増しており、一発屋芸人は年末の番組に多数出演し、年始に飽きられて、テレビから姿を消す、という新たなパターンが生まれた。また、こういった芸人はNHK紅白歌合戦に出演したり、流行語大賞を受賞するケースが多い。(例:テツandトモ、ダンディ坂野、波田陽区、ヒロシ、レイザーラモンHG、ムーディ勝山、藤崎マーケット、にしおかすみこ、エド・はるみなど)

ビートたけし、明石家さんま、とんねるず、ウッチャンナンチャン、ダウンタウンなど、大御所芸人が俳優業などの「非お笑い分野」で活躍することはあったが、第5次お笑いブームでは、若手芸人が積極的に非お笑い分野での活動をしている。

ショートスタイル

ネタ番組や賞レースにおけるお笑い芸人のネタの持ち時間は4分〜5分程度が一般的であるが、2000年代中期から後期にかけて、1分〜2分程度の短いネタを矢継ぎ早に披露するネタ番組が登場するようになった。ネタ時間を短くすることによって放送時間内により多くの芸人がネタを披露することができるのがこれらの番組の特徴である。このショートスタイルを「お笑い革命」と名打って2007年に放送開始されたのがフジテレビ系列『爆笑レッドカーペット』である。2007年10月に放送開始されたTBS『あらびき団』も同様のショートスタイルの体裁をとっており、他のネタ番組とは趣を異にしている。これらに先駆けて放送されていた『とんねるずのみなさんのおかげでした』(フジテレビ)内のコーナー「博士と助手〜細かすぎて伝わらないモノマネ選手権〜」や『ウンナン極限ネタバトル! ザ・イロモネア 笑わせたら100万円』(TBS)なども含め、このショートスタイルお笑い番組を通じてエド・はるみ、世界のナベアツ、柳原可奈子、鳥居みゆき、博多華丸・大吉、山本高広、渡辺直美、はるな愛などが知名度を高めた。

ピン芸人の隆盛

吉本興業をはじめとする「芸能商社」がシステマチックに若手を発掘し、消費するサイクルを作り上げたことで、若手の芸人の供給は非常に潤沢におこなわれるようになった。そのためか、力があって観客を笑わせることができる芸人であっても、漫才やコントなどのオーソドックスな形式ではインパクトが与えられず、大ブレイクしにくい状態になっていた。そのため、従来の日本では比較的手薄だった漫談形式を採用した芸人が、新鮮さを感じさせ人気となる。

長井秀和、青木さやか、だいたひかるなどは、毒舌を自分なりの独特なお決まりのフレーズとからめる。陣内智則は綿密に構成された映像ならびに音声等にボケの部分を小刻みに織り込み、そこへツッコミを入れるというパターンで自作のネタを展開した。またエレクトリックベースを使ったはなわが「佐賀県」を歌い、CDが25万枚以上のセールスを記録した。また、はなわから少し遅れて、ギター侍こと波田陽区も2004年の流行語大賞にノミネートされるという現象も起きた。

ただし、供給過剰の状態は続いており、ブームを起こした芸人が消費尽くされてしまうと簡単に忘れられてしまう、という傾向はさらに激しくなっている。そのため、逆に大きなブレイクをおこさず、地道に戦略を立てて活動した芸人の方が生き残っている(例として大木こだま・ひびきの大木こだまなど)。また、拡大した需要にはそれまでお笑いに興味すら示さなかったような人々まで包括し、その人気の基準は一種のトレンド的な性格を強めるようになり、芸人のあり方も変化しつつあるが、一方でそれは笑いのレベルの低下と見る向きもある。

コンビであるにもかかわらずピン芸人のような扱いを受けブレイクした若手・中堅芸人も多い。(例・レイザーラモンHG、犬井ヒロシ、なだぎ武、世界のナベアツ、ムーディ勝山など)売れた者の中には、相方の世間での認知度が皆無な者もいる。

平成の落語ブーム

平成に入って、落語界では1993年(平成5年)には初の「女真打」が誕生し、1995年(平成7年)には東京の5代目柳家小さん、翌1996年には上方の3代目桂米朝がそれぞれ「人間国宝」に選ばれた[7]。

21世紀に入って、落語界には、マスメディアでも幅広く活躍していた春風亭小朝が発起人となった「六人の会」や、新作落語の隆盛をめざした話芸集団「SWA(創作話芸アソシエーション)」の結成という新たな展開が生まれ、一方では長瀬智也と岡田准一が主人公を演じたテレビドラマ『タイガー&ドラゴン』(TBS系)や連続テレビ小説『ちりとてちん』(NHK)などの影響によって新たな落語ファンが生まれた[7]。

このような現象はしばしば「平成の落語ブーム」と呼ばれる[7]。このブームの特徴は、「落語全般」が好きな落語マニアによるブームではなく、それぞれ自分のことばで語る個性的な落語家各人のファンによるブームであるということで、個別に熱烈なファン層をもつ落語家が多数存在することによっている[8]。

すべらない話

深夜番組から始まった人志松本のすべらない話がDVD化され大ヒット。番組の認知度が格段に上がったことにより、番組初期から出演していた千原ジュニア、宮川大輔、ほっしゃん。、河本準一、ケンドーコバヤシや番組MVSを受賞した小籔千豊、兵動大樹などがブレイク。

この世代の代表的な芸人

現代:テレビお笑い芸人以外

年表(年代別)

19世紀

1855年

1857年

1864年

  • 「アメリカ・リズリー・サーカス」が横浜にて日本初のサーカス興行を行う。

1867年

1876年

1883年

1885年

1887年

1894年

1897年

1900年代

1900年

死去:初代三遊亭圓朝(8月11日)

1902年

死去:三代目桂藤兵衛(5月31日)、二代目桂梅枝(10月10日)

1904年

死去:初代桂梅團治(11月28日)

1905年

死去:二代目桂文昇(9月6日)

1906年

死去:初代桂枝三郎(5月21日)

1907年

死去:初代三遊亭圓遊(11月26日)

1908年

1909年

1910年代

1910年

死去:桂三五郎(11月21日)

1911年

死去:六代目桂文治(2月16日)、川上音二郎(11月11日)、桂仁左衛門(11月12日)

1912年

死去:桂燕太郎(2月24日)

1914年

1915年

死去:四代目桂文吾(9月17日)

1916年

死去:初代桂歌之助(1月13日)、桂文左衛門(5月16日)
  • 初代柳家三語楼、真打に昇進。「大正の爆笑王」の異名を取る[5]。

1917年

死去:三代目桂文三(7月16日)

1918年

死去:三代目桂文都(12月19日)
  • 吉本興業が傘下の寄席を「花月」と改称。

1920年代

1920年

1922年

デビュー:榎本健一
  • 吉本興業が東京・横浜・京都・神戸へも進出する。

1923年

結成:砂川捨丸・中村春代
死去:初代快楽亭ブラック(9月19日)

1924年

死去:三代目桂文團治(4月9日)、三遊亭圓右(11月2日)

1925年

死去:曾我廼家十郎(12月4日)

1926年

死去:初代桂文我(8月4日)

1928年

結成:芦乃家雁玉・林田十郎
死去:七代目桂文治(9月18日)、初代桂枝雀(11月22日)

1929年

1930年代

1930年

結成:横山エンタツ・花菱アチャコ

1931年

死去:二代目桂小文枝(1月19日)

1932年

死去:初代江戸家猫八(4月6日)

1933年

結成:海原お浜・小浜、松鶴家千代若・千代菊
  • 吉本興業が吉本演芸通信を創刊。
  • 吉本興業発行「吉本園芸通信」の中で、『今後「萬歳」は「漫才」へと表記改称する』と発表。[10]
  • 横山エンタツ・花菱アチャコが漫才の傑作、早慶戦を発表。
  • 4月1日 古川ロッパが浅草で「笑の王国」を旗揚げ。

1934年

結成:リーガル千太・万吉
死去:桂團輔(3月10日)、初代桂春団治(10月6日)

1935年

結成:あきれたぼういず、松鶴家光晴・浮世亭夢若
  • 帝都漫才組合(現在の漫才協会)設立。
  • 吉本興業が浅草公園六区に浅草花月劇場を開場。
  • 5月 浅草松竹座にて「漫才大会」が行われる。漫才が東京へ本格的に根付く契機となる[10]。

1936年

結成:横山ホットブラザース
デビュー:森繁久彌

1937年

結成:夢路いとし・喜味こいし、ミスワカナ・玉松一郎
死去:菊谷栄(11月9日)

1938年

死去:初代柳家三語楼(6月29日)、初代桂ざこば(9月19日)

1939年

死去:桂文雀(5月16日)

1940年代

1940年

結成:あひる艦隊
死去:曾我廼家五九郎(7月7日)

1941年

結成:ミスワカサ・島ひろし、西川ヒノデ・サクラ
死去:桂團丸(8月24日)

1942年

死去:初代桂花團治(12月23日)

1943年

死去:三代目桂塩鯛(3月15日)

1944年

死去:中根龍太郎(8月30日)、二代目桂圓枝(9月24日)、八代目入船亭扇橋(10月8日)

1945年

1946年

結成:秋田Aスケ・Bスケ、海老一染之助・染太郎
デビュー:初代林家三平
死去:三代目笑福亭枝鶴(5月13日)、ミスワカナ(ミスワカナ・玉松一郎、10月14日)

1947年

結成:ミヤコ蝶々・南都雄二
デビュー:三代目桂米朝、五代目桂文枝、六代目笑福亭松鶴、三代目桂春団治
死去:高勢実乗(11月19日)、初代桂小南(11月21日)

1948年

結成:若井はんじ・けんじ
デビュー:笑福亭松之助
死去:初代桂文治郎(6月2日)、二村定一(9月12日)、曾我廼家五郎(11月11日)

1949年

死去:七代目林家正蔵(10月26日)

1950年代

1950年

結成:コロムビア・トップ・ライト、内海桂子・内海好江、三人奴
デビュー:谷幹一
死去:3代目三遊亭歌笑(5月30日)

1951年

結成:タイヘイトリオ
デビュー:桂歌丸、堺正章、渥美清、関敬六、川上のぼる
解散:あきれたぼういず

1952年

結成:獅子てんや・瀬戸わんや、リーガル天才・秀才
デビュー:立川談志、五代目春風亭柳朝、八代目古今亭志ん馬、桜井長一郎、東八郎
死去:笑福亭圓歌(3月31日)、大辻司郎(4月9日)

1953年

死去:二代目桂春団治(2月25日)

1954年

結成:フランキー堺とシティ・スリッカーズ、青空千夜・一夜、人生幸朗・生恵幸子
デビュー:坂上二郎

1955年

結成:ハナ肇とクレージーキャッツ、東文章・こま代
デビュー:五代目三遊亭圓楽
死去:八代目桂文治(5月20日)

1956年

結成:かしまし娘、脱線トリオ、京唄子・鳳啓助
デビュー:桑原和男

1957年

結成:ザ・ドリフターズ、東京コミックショウ、島田洋之介・今喜多代
デビュー:古今亭志ん朝、牧伸二
死去:川田晴久(6月21日)

1958年

結成:灘康次とモダンカンカン、宮川左近ショウ
デビュー:林家こん平、やなぎ浩二、花紀京、月亭可朝
死去:四代目桂文枝(3月16日)、翁家さん治(3月19日)

1959年

結成:平和ラッパ・日佐丸、スリーポケッツ
デビュー:岡八朗、井上竜夫

1960年代

1960年

結成:漫画トリオ、あした順子・ひろし、晴乃チック・タック、ミュージカルぼーいず
デビュー:林家木久扇、堺すすむ、チャーリー浜
死去:芦乃家雁玉(12月30日)

1961年

結成:てんぷくトリオ、Wけんじ、フラワーショウ
デビュー:南州太郎
解散:脱線トリオ
死去:古川ロッパ(1月16日)、三代目桂三木助(1月16日)

1962年

デビュー:三代目笑福亭仁鶴、玉子屋円辰
死去:栗友一休(栗友一休・三休、5月3日)、四代目桂文團治(12月14日)

1963年

結成:正司敏江・玲児、チャンバラトリオ、トリオ・ザ・パンチ、東洋朝日丸・日出丸
デビュー:ゼンジー北京
死去:玉松一郎(5月30日)、有馬是馬(8月20日)、九代目鈴々舎馬風(12月15日)

1964年

結成:ちゃっきり娘、Wヤング、都上英二・東喜美江、ドンキーカルテット、ナンセンストリオ、トリオ・ザ・スカイライン
死去:八波むと志(元脱線トリオ、1月9日)、三代目桂梅團治(3月31日)、二代目三遊亭圓歌(8月25日)、三代目三遊亭金馬(11月8日)、二代目広沢虎造(12月29日)

1965年

結成:おぼん・こぼん、玉川カルテット、青空球児・好児、春日三球・照代、若井小づえ・みどり、東京ボーイズ、クエッション・ボーイズ
死去:岸井明(7月3日)

1966年

結成:コント55号、横山やすし・西川きよし、昭和のいる・こいる
デビュー:桂三枝(現・六代文枝)、三遊亭好楽、マギー司郎
死去:清水金一(10月10日)

1967年

結成:コメディNo.1、殿さまキングス、サムライトリオ、コント・ラッキー7
死去:林田十郎(3月24日)、二代目桂小文治(11月28日)
解散:鹿島洋々・林正二郎

1968年

結成:レツゴー三匹、海原はるか・かなた、横山たかし・ひろし
デビュー:三遊亭小遊三、池乃めだか
死去:柳家三亀松(1月20日)、堺駿二(8月1日)

1969年

結成:中田カウス・ボタン
デビュー:月亭八方
解散:晴乃チック・タック

1970年代

1970年

結成:サムライ日本
デビュー:間寛平、六代目三遊亭圓楽、春風亭小朝、桂べかこ(南光)、つボイノリオ
死去:榎本健一(1月7日)、泉和助(1月28日)、春木艶子(新山悦朗・春木艶子、2月24日)

1971年

結成:今いくよ・くるよ、海原千里・万里、星セント・ルイス
デビュー:上沼恵美子、イッセー尾形
解散:ドンキーカルテット、トリオスカイライン
死去:山茶花究(3月4日)、桂右之助(3月6日)、横山エンタツ(3月21日)、左卜全(5月26日)、徳川夢声(8月1日)、砂川捨丸(砂川捨丸・中村春代、10月12日)、八代目桂文楽(12月12日)

1972年

結成:B&B、ザ・パンチャーズ、東京丸・京平
デビュー:笑福亭鶴瓶、片岡鶴太郎
死去:森川信(3月26日)、初代桂南天(9月20日)、柳家金語楼(10月22日)

1973年

結成:ザ・ぼんち
デビュー:あのねのね
解散:マックボンボン
死去:八代目翁家さん馬(4月15日)、戸塚睦夫(てんぷくトリオ、5月12日)、若水ヤエ子(5月28日)、五代目古今亭志ん生(9月21日)

1974年

結成:ツービート、バラクーダ
デビュー:明石家さんま、関根勤
死去:花菱アチャコ(7月25日)、初代桂小春団治(8月15日)、木戸新太郎(8月19日)

1975年

結成:島田紳助・松本竜介、オール阪神・巨人、西川のりお・上方よしお、ザ・ハンダース、チャーリーカンパニー
デビュー:タモリ、嘉門達夫
死去:中村春代(2月4日)、九代目桂文治(3月8日)、牧野周一(5月3日)、杉狂児(9月1日)

1976年

結成:太平サブロー・シロー、春やすこ・けいこ、東京乾電池
解散:海原お浜・小浜
死去:若井はんじ(若井はんじ・けんじ、2月6日)、大宮敏充(12月23日)

1977年

結成:コント赤信号、ナポレオンズ
デビュー:小堺一機、高田純次、村上ショージ、桂雀々
解散:海原千里・万里
死去:渡辺篤(2月27日)、東喜代駒(東喜代駒・駒千代、10月10日)、秋田實(10月27日)

1978年

結成:ビジーフォー、ゆーとぴあ、海原さおり・しおり、前田一球・写楽
デビュー:九代目林家正蔵
死去:桂音也(3月28日)
  • 落語協会分裂騒動:三遊亭圓生一門、古今亭志ん朝一門、橘家圓蔵一門が、それまで所属していた「落語協会」から独立して「落語三遊協会」を設立。落語協会が真打ちを乱造することに反発したのが理由だった。落語界全体に大きな波紋を呼び、一時は落語協会の半数が新団体に移るという予測もされたが、実際には様々な要因があって参加を見送るものが相次ぐ。さらには新団体参加者の寄席出演が拒否されたため、志ん朝一門と圓蔵一門は早々に離脱。
  • 3月27日テレビ朝日『みごろ!たべごろ!笑いごろ!』放送終了。
  • 4月9日 ラジオ大阪『鶴瓶・新野のぬかるみの世界』放送開始。
  • 10月1日 博品館劇場開場。

1979年

結成:シティボーイズ、ヒップアップ、劇団東京ヴォードヴィルショー、コント・レオナルド
デビュー:綾小路きみまろ、Bro.KONE
死去:三遊亭圓生(9月3日)、伊藤一葉(9月30日)、中田治雄(Wヤング、10月25日)

1980年代

1980年

結成:コント赤信号、とんねるず、あご&きんぞう
デビュー:コロッケ、Bro.TOM
死去:ルーキー新一(3月4日)、浮世亭出羽助(元浮世亭出羽助・八丈竹幸、3月24日)、初代林家三平(9月8日)、四代目三遊亭小圓遊(10月5日)、横山東六(元横山ホットブラザース、11月6日)

1981年

結成:大木こだま・ひびき、ブッチャーブラザーズ、第三舞台、立山センター・オーバー
デビュー:山田邦子、笑福亭笑瓶、松尾貴史
死去:二代目博多淡海(1月16日)、伴淳三郎(10月26日)

1982年

結成:ダウンタウン、トミーズ、コント山口君と竹田君、ハイヒール、やすえ・やすよ
デビュー:東国原英夫、ガダルカナル・タカ、井手らっきょ、つまみ枝豆、グレート義太夫、松尾伴内、ジミー大西、内場勝則
解散:ギャグ・シンセサイザー、新谷のぼる・泉かおり
死去:林家彦六(1月29日)、江利チエミ(2月13日)、人生幸朗(人生幸朗・生恵幸子、3月4日)、藤村有弘(3月16日)、中田ダイマル(中田ダイマル・ラケット、9月5日)、初代三波伸介(12月8日)

1983年

結成:たけし軍団、石塚英彦、東京サンシャインボーイズ、怪物ランド、おかけんた・ゆうた、まるむし商店、バブルガム・ブラザーズ
デビュー:清水ミチコ、野沢直子、栗田貫一、春風亭昇太、葉月パル
死去:深見千三郎(2月2日)、西村小楽天(2月25日)、二代目渋谷天外(3月18日)、市村俊幸(8月9日)、浮世亭歌楽(元浮世亭歌楽・ミナミサザエ、8月13日)、花登筺(10月3日)

1984年

結成:非常階段、WAHAHA本舗
デビュー:伊集院光、久本雅美、長原成樹
解散:ビジーフォー、やすえ・やすよ、ザ・ハンダース、銀次・政二
死去:佐山俊二(1月30日)、四代目林家小染(1月31日)、伊馬春部(3月17日)、関武志(元コント・ラッキー7、5月11日)

1985年

結成:ウッチャンナンチャン、ダチョウ倶楽部、大川興業、ラジカル・ガジベリビンバ・システム、劇団健康
デビュー:今田耕司、東野幸治、出川哲朗
解散:島田紳助・松本竜介、コント・レオナルド、若井ぼん・はやと、前田犬千代・竹千代、東京二・京太、新山ノリロー・トリロー、春やすこ・けいこ
死去:笠置シヅ子(3月30日)、武智豊子(7月18日)、たこ八郎(7月24日)

1986年

結成:B21スペシャル、清水圭・和泉修、130R、リットン調査団、ピンクの電話、笑組、ジャドーズ
デビュー:木村祐一、吉田ヒロ、シベリア文太
死去:佐々十郎(1月11日)、桂竜夫(桂竜夫・竜子、2月20日)、木下華声(5月25日)、六代目笑福亭松鶴(9月5日)、平参平(9月14日)、四代目宮川左近(宮川左近ショウ、9月21日)、晴乃チック(元晴乃チック・タック、9月29日)、東京ぼん太(10月14日)、パン猪狩(11月14日)

1987年

結成:浅草キッド、ショウショウ、プー&ムー
デビュー:磯野貴理子、勝俣州和、辻本茂雄、石田靖、神奈月、ぜんじろう
死去:春日照代(春日三球・照代、4月1日)、トニー谷(7月16日)、有島一郎 (7月20日)、佐々木つとむ(9月4日)、若井けんじ(若井はんじ・けんじ、11月26日)、三田みつお(テキサスコンビ、12月4日)

1988年

結成:ホンジャマカ、爆笑問題、さまぁ〜ず、雨上がり決死隊[14]、デンジャラス、ティーアップ、ザ・ニュースペーパー、シンデレラエキスプレス
デビュー:月亭方正、森脇健児、山田花子、林家たい平、島田珠代、イジリー岡田、春一番
死去:東五九童(東五九童・松葉蝶子、3月1日)、田谷力三(3月30日)、東八郎(7月6日)、桂蝶太(9月27日)、柳四郎(シャンバロー、12月6日)

1989年

結成:千原兄弟、FUJIWARA、博多華丸・大吉[14]、極楽とんぼ、バッファロー吾郎、しましまんず、ワンダラーズ
デビュー:なるみ、林家彦いち、大山英雄
解散:横山やすし・西川きよし、螢雪次郎一座
死去:松葉蝶子(東五九童・松葉蝶子、2月2日)

1990年代

1990年

結成:ナインティナイン、よゐこ、矢野・兵動、へびいちご、はりけ〜んず、電撃ネットワーク
デビュー:松村邦洋、桧博明、川畑泰史
解散:オールディーズ、ビッグブラザーズ、ポテトフライ、ミモ・ファルス、メンバメイコボルスミ11、大阪笑ルーム、ソフィア
死去:藤山寛美(5月21日)

1991年

結成:くりぃむしちゅー、キャイ〜ン、TKO、メッセンジャー、X-GUN
デビュー:ほっしゃん。[14]、宮川大輔[14]、カンニング竹山、げんしじん
解散:中田はじめ・圭祐、若井小づえ・みどり、パワーズ
死去:五代目春風亭柳朝(2月7日)、林正之助(吉本興業会長、4月24日)、桂さん福(9月21日)

1992年

結成:ココリコ、オアシズ、カンニング、中川家、アンバランス、海原やすよ・ともこ、BOOMER、水玉れっぷう隊
デビュー:土田晃之[14]、藤井隆[14]、陣内智則[14]、劇団ひとり[14]、長井秀和
解散:太平サブロー・シロー、チャイルズ、TEAM-0、Z-BEAM
死去:滝あきら(2月23日)、長谷川町子(5月27日)、三代目桂文我(8月16日)、玉川良一(10月14日)

1993年

結成:ネプチューン、ロンドンブーツ1号2号、アンジャッシュ、ますだおかだ、COWCOW、2丁拳銃、プリンプリン、ピーピングトム、シンクタンク、SNOB
デビュー:ケンドーコバヤシ[14]、たむらけんじ[14]、幹てつや、ハローケイスケ
解散:AKIKO、チェリーズ、ピンクダック
死去:瀬戸わんや(獅子てんや・瀬戸わんや、2月10日)、ハナ肇(ハナ肇とクレージーキャッツリーダー、9月10日)、波多野栄一(11月5日)、益田喜頓(12月1日)、四代目柳亭痴楽(12月1日)、逸見政孝(元フジテレビアナウンサー、12月25日)

1994年

結成:DonDokoDon、オセロ、Take2、アリtoキリギリス、TIM、次長課長、タカアンドトシ、アンタッチャブル、バナナマン、ペナルティ、サバンナ、アメリカザリガニ、ダイノジ、シャンプーハット、テンダラー、野性爆弾、アップダウン、じゃぴょん、やるせなす、オーケイ、あさりど、ボルサリーノ、モリマン
デビュー:ふかわりょう、マギー審司、にしおかすみこ[14]、長州小力[14]、ユリオカ超特Q、スマイリーキクチ、つぶやきシロー
解散:まじかるず、ちびっこギャング
死去:二代目桂春蝶(1月4日)、悠玄亭玉介(5月4日)、石橋エータロー(ハナ肇とクレージーキャッツ、6月22日)、鳳啓助(8月8日)、海原お浜(元海原お浜・小浜、9月14日)、三木鶏郎(10月7日)、ピグモン勝田(10月23日)、河本栄得(ベイブルース、10月31日)、レオナルド熊(元コント・レオナルド、12月11日)

1995年

結成:ガレッジセール、品川庄司、おぎやはぎ、北陽、ハリガネロック、ルート33、ランディーズ、ブラックパイナーSOS、ポカスカジャン
デビュー:有吉弘行[14]、前田健、コージー冨田、コウメ太夫、ゆうたろう
解散:リミテッド、松口VS小林、-4℃
死去:南利明(元脱線トリオ、1月13日)

1996年

結成:ラーメンズ、ドランクドラゴン、ロザン、バッドボーイズ、ライセンス、バイきんぐ、江戸むらさき、りあるキッズ、ビーグル38、エネルギー、パタパタママ、COLORS、チュチュチュファミリー
デビュー:はなわ、ダンディ坂野、佐久間一行、まちゃまちゃ、南野やじ、西村、TAIZO、代走みつくに
解散:青芝フック・キック
死去:横山やすし(元横山やすし・西川きよし、1月21日)、松鶴家千代菊(松鶴家千代若・千代菊、4月29日)、二代目桂小南(5月4日)、フランキー堺(6月10日)、ミヤコ(非常階段、6月19日)、杉兵助(6月16日)、渥美清(8月4日)、安田伸(ハナ肇とクレージーキャッツ、11月5日)

1997年

結成:麒麟、いつもここから、インスタントジョンソン、エレキコミック、18KIN、ニブンノゴ!、カラテカ、サカイスト、エルシャラカーニ、青空、犬の心、360°モンキーズ、どりあんず、オレンジ、ジャングルボーボー、レイザーラモン、パックンマックン、米粒写経、ガッポリ建設
デビュー:江頭2:50、井上マー、くまだまさし、鉄拳、福田哲平、大隈いちろう
解散:男同志、プラスチックゴーゴー、誉
死去:中田ラケット(中田ダイマル・ラケット、2月5日)、石井均(12月31日)

1998年

結成:チュートリアル、ブラックマヨネーズ、スピードワゴン、インパルス、ロバート、トータルテンボス、サンドウィッチマン、テツandトモ、森三中、レギュラー、U字工事、トップリード、マシンガンズ、ザ・パンチ、シャカ、ダブルブッキング、火災報知器、ガリットチュウ、コンマニセンチ、ファミリーレストラン、ツーナッカン、スパローズ、Hi-Hi、こきざみインディアン、パッチワーク、ヴェートーベン
デビュー:原口あきまさ、あべこうじ、波田陽区、田上よしえ、パペットマペット、だいたひかる、ゴリけん、末吉くん
解散:ゼナイル、のイズ
死去:曾我廼家五郎八(1月20日)、大泉滉(4月23日)、ミスハワイ(暁伸・ミスハワイ、12月13日)

1999年

結成:フットボールアワー、キングコング、ザブングル、タイムマシーン3号、キャン×キャン、オジンオズボーン、髭男爵、5GAP、天津、ノンスモーキン、ゴールドラッシュ、チョップリン、ポテト少年団、アホマイルド、ツインクル、タリキ、BURN、ホロッコ、パラシュート部隊、水玉れっぷう隊、チャド・マレーン、宮田陽・昇
デビュー:なかやまきんに君、夙川アトム、やまもとまさみ、末高斗夢、大西ライオン
解散:チュパチャップス、フォークダンスDE成子坂、トゥナイト、エレキグラム、ドレス、ダーンス4、高僧・野々村、LaLaLa、びゅんびゅん、UBU、インパクト、D-BARN、どんきほ〜て
死去:東けんじ(Wけんじ、1月7日)、 若井小づえ(元若井小づえ・みどり、1月13日)、三木のり平(1月25日)、桜井長一郎(3月4日)、曾我廼家明蝶(4月13日)、二代目桂枝雀(4月19日)、三代目入船亭扇蔵(5月8日)、由利徹(元脱線トリオ、5月20日)、邦一郎(シャンバロー、8月13日)

2000年代

2000年

結成:NON STYLE、笑い飯、オードリー、ハマカーン、磁石、流れ星、ななめ45°、響、チーモンチョーチュウ、アームストロング、平成ノブシコブシ、千鳥、ダイアン、飛石連休、Wエンジン、ロケット団、ラフ・コントロール、ブロードキャスト!!、POISON GIRL BAND、なすなかにし、クワバタオハラ、ダーリンハニー、クールポコ、ヴィンテージ、シェーン、チキチキジョニー、ロシアンモンキー、ミサイルマン、ヘッドライト、ロビンフット、ダークホース、チョイチャック、三日月マンハッタン、しゃもじ、トライアングル、うえはまだ、さゆみ・ひかり、ずん、カンカラ、ゆりありく
デビュー:後藤秀樹、鳥居みゆき、ホリ、なかやまきんに君、星野卓也、快児、きくりん、アナログタロウ、ラブ守永、みょーちゃん、それいけ斉藤くん、スパルタ教育
解散:アニマル梯団、モストデンジャラスコンビ、スープレックス、ぴのっきお、スクラッチ、シェイクダウン、満、ピテカンバブー、みのなが、カチコチキューピー、荒波部屋、パート2
死去:荒井注(元ザ・ドリフターズ、2月9日)、松鶴家千代若(松鶴家千代若・千代菊、6月15日)、晴乃パーチク(晴乃ピーチク・パーチク、9月8日)、ミヤコ蝶々(10月12日)、茶川一郎(11月9日)

2001年

結成:パンクブーブー、安田大サーカス、ハイキングウォーキング、ナイツ、三拍子、ラバーガール、超新塾、上々軍団、東京ダイナマイト、どきどきキャンプ、オテンキ、イシバシハザマ、LLR、クレオパトラ、ミルククラウン、ソラシド、メインストリート、ブーブートレイン、いち・もく・さん、ビックスモールン
デビュー:友近、あべこうじ、ネゴシックス、ヒライケンジ、小籔千豊、土肥ポン太、もう中学生、よろこんで佐藤
解散:U-turn、ツインカム、サービスパンダ、003MANIA、スキヤキ、スミス夫人、ビリジアン、ケン坊田中・松田キビキビ、パイレーツ、K2、清水圭・和泉修
死去:四代目桂三木助(1月3日)、マルセ太郎(1月22日)、古今亭右朝(4月29日)、橘家文蔵(9月10日)、古今亭志ん朝(10月1日)、三代目江戸家猫八(12月10日)

2002年

結成:アンガールズ、とろサーモン、ザ・プラン9、アジアン、ゆったり感、スーパーマラドーナ、オキシジェン、あきげん、フラミンゴ、あどばるーん、ペイパービュウ、浜口浜村、ツインズ、キャラメルマシーン、3ガガヘッズ
デビュー:中山功太、名刀長塚、若井おさむ、ウメ、三浦マイルド、花香よしあき、じゅんご、原田17才、ダイス、坂本ちゃん、ハリウッドザコシショウ
解散:プラスドライバー、ビビる、アクシャン、ノンキーズ、マンブルゴッチ、MANZAI-C、タイムトラベラー、アルカリ三世、G★MENS、ジョビジョバ
死去:二代目桂歌之助(1月2日)、海老一染太郎(海老一染之助・染太郎、2月2日)、五代目柳家小さん(5月16日)、坊屋三郎(5月25日)

2003年

結成:オリエンタルラジオ、南海キャンディーズ、ザ・たっち、ピース、ジャルジャル、東京03、我が家、しずる、カナリア、イワイガワ、プラスマイナス、スマイル、天竺鼠、囲碁将棋、えんにち、ザ・ゴールデンゴールデン、ランチランチ、弾丸ジャッキー、ダブルネーム、EE男、こりゃめでてーな、オオカミ少年、カオポイント、パップコーン、瞬間メタル、ジンカーズ、かりんとう、レアレア、セブンbyセブン、青春ダーツ、ダムダムおじさん、どんぴしゃ、遊び屋、モストデンジャラストリオ、女と男
デビュー:青木さやか、狩野英孝、いとうあさこ、大輪教授、ヒロシ
解散:星セント・ルイス、底ぬけAIR-LINE、ドロンズ、アルファルファ、スウィング、バズーカルーム、足軽エンペラー、ババリア、あくび虫
死去:春風亭柳昇(6月16日)、夢路いとし(夢路いとし・喜味こいし、9月25日)、Mr.ボールド(10月23日)、丘エース(Wエース、11月12日)

2004年

結成:はんにゃ、ハリセンボン、スリムクラブ、THE GEESE、エレファントジョン、かまいたち、ギャロップ、風藤松原、Wコロン、少年少女、トレンディエンジェル、アイデンティティ、天狗、エリートヤンキー、span!、ジェニーゴーゴー、鬼ヶ島、エンジョイワ→クス、やさしい雨、ヒデヨシ、や団、どぶろっく、チャーミング、ハッピーエンド、Yes-man、マキシマムパーパーサム、デコボコ団、本田兄妹
デビュー:柳原可奈子、サイクロンZ、パッション屋良、Gたかし、アントキの猪木、あかつ、カンカン、あれきさんだーおりょう、赤P-MAN
解散:猿岩石、坂道コロンブス、チャイルドマシーン、ノンストップバス、ファンキーモンキークリニック、ダブルコセガレ、東京ビンゴビンゴダイナマイトジャパン、ヤツる
死去:十代目桂文治(1月31日)、谷エース(Wエース、2月26日)、いかりや長介(ザ・ドリフターズリーダー、3月20日)、藤代達生(元まじかるず、3月23日)、芦屋雁之助(4月7日)、桂喜丸(4月14日)、平川ジロー(平川タロー・ジロー、5月28日)、コロムビア・トップ(コロムビア・トップ・ライト、6月7日)、星セント(元星セント・ルイス、7月22日)、リーガル天才(リーガル天才・秀才、12月22日)、朝田昌貴(12月26日)

2005年

結成:フルーツポンチ、ロッチ、ハライチ、ものいい、藤崎マーケット、チョコレートプラネット、ヒカリゴケ、しんのすけとシャン、銀シャリ、プリンセス金魚、井下好井、グランジ、インポッシブル、だいなお、スカイラブハリケーン、ビーフケーキ、学天即、タナからイケダ、ななまがり、ガリベンズ、桃組、モエヤン、ニッチェ、ハニーベージュ、ほたるゲンジ、ピーマンズスタンダード、虹の黄昏、ゆう太だい介、夜ふかしの会
デビュー:バカリズム、桜塚やっくん、エハラマサヒロ、ガリガリガリクソン、高橋工房、KICK☆、ゴンゾー、冷蔵庫マン
解散:グレートチキンパワーズ、あばれヌンチャク、せんたくばさみ、北京ゲンジ、ゲッターズ、モジモジハンター、ラインバック、おはよう。、けもの道、青芝金太・紋太
死去:林裕章(吉本興業会長、1月3日)、四代目桂文紅(3月9日)、星ルイス(元星セント・ルイス、3月10日)、 五代目桂文枝(3月12日)、ポール牧(4月22日)、江口明(ナンセンストリオ、5月22日)、岡八朗(7月26日)、桂吉朝(11月8日)、宮城けんじ(Wけんじ、10月19日)、ショパン猪狩(東京コミックショウ、11月13日)、白羽大介(12月26日)

2006年

結成:ジャングルポケット、アルコ&ピース、GAG少年楽団、ジューシーズ、チョコレートプラネット、シンデレラ、和牛、ケチン・ダ・コチン、恋愛小説家、クロスバー直撃、シソンヌ、タモンズ、コンパス、シーランド、レッドクリスマス、エーデルワイス、ガルウィング、ルネ、西村深村、ぺんぎんナッツ、新宿カウボーイ、ツーライス、山陽ピッツァ、クロヤギ、八福亭、侍PANG、マグナム
デビュー:イモトアヤコ、楽しんご、エド・はるみ、ゆってぃ、くじら、慶、HEY!たくちゃん、こばやしけん太、よろこんで佐藤、おかもとまり、ふとっちょ☆カウボーイ
解散:Rまにあ、イヌがニャーと泣いた日、きぐるみピエロ、友池中林、クロスパンチ、ゆうえんち、πr、ダックスープ、日刊ナンセンス、ナメリカ、ロビンス、ブロンクス、ブロッサム、ゆかいパン、キリングセンス、くつ下一足二足、WAGE、浮世絵師、あさり・かつお
死去:ローカル岡(元シャンバロー、1月16日)、松本竜助(元島田紳助・松本竜介、4月1日) 、〆さばヒカル(〆さば、9月18日)、桂文春(9月21日)、ばってん荒川(10月22日)、清水キョウイチ郎(元ぴのっきお、11月4日)、村田渚(鼻エンジン、元フォークダンスDE成子坂、11月11日)、青島幸男(12月20日)、中島忠幸(カンニング、12月20日)

2007年

結成:モンスターエンジン、かもめんたる、マヂカルラブリー、吉田たち、ぽ〜くちょっぷ、笑撃戦隊、アイロンヘッド、リトレイン、ブルーセレブ、こぶし、ハンマミーヤ、バックスクリーン、アンカンミンカン、D・N・A、BLUE RIVER、阿佐ヶ谷姉妹、まえだまえだ
デビュー:小島よしお、渡辺直美、斉藤紳士、ギフト☆矢野、キューティー上木
解散:ジョーダンズ、ビッキーズ、Over Drive、ハレルヤ、にのうらご、マチコ、ビーム、有刺鉄線、セカンドステージ、ジェットコースター、フロントストーリー、オレンジジュース、ラブアンドピース、サードメン、シガーロング、バルチック艦隊、メンタルエイジ、ロデオボックス、魚でF、アントニオ、ノスタルジック、俺のバカ、上木総合研究所、ランプアップ、金魚ばち、テングリ、ちむりん、時子とのぞみ、アミ・ボロロク・ホエ・デシェ・ジェテ・チャイ
死去:生恵幸子(人生幸朗・生恵幸子、2月5日)、はらみつお(3月13日)、植木等(ハナ肇とクレージーキャッツ、3月27日)、 横山ノック(元漫画トリオ、5月3日)、はな寛太(はな寛太・いま寛大、5月15日)、谷幹一(6月25日)、七代目三遊亭圓好(10月11日)、晴乃ピーチク(晴乃ピーチク・パーチク、10月23日)、南道郎(10月27日)、竹内ゆうじ(12月10日)

2008年

結成:2700、たんぽぽ、パンサー、勝又、ウーマンラッシュアワー、さらば青春の光、田畑藤本、ラブレターズ、ジグザグジギー、ツィンテル、ウエストランド、プリマ旦那、コマンダンテ、パンダユナイテッド、バース、トンファー、テンゲン、ダックス。、S×L、ピテカントロプス、巨匠、ザンゼンジ、ドリーマーズ、世界少年、グーとパー、ガシャァン、トリプルエンジョイ、ポラロイドマガジン、ワルステルダム、すっぽん大学
デビュー:島田秀平、鈴木つかさ、スギちゃん、メンソールライト、スギタヒロシ、橋本まさを、ゆっちゃん、三本スゲユウタ
解散:号泣、レム色、コンツ、大脇里村ゼミナール、ナナイロ、ワンスター、金時、ベリー・ベリー、ダ・ヴィンチ、つるせんねん、バリアスリー、笑南、イー☆リャン、クルクルキューティクル、ブルームフラワー、マンゴスティン、すきゃんぴ、とうふ、胡喋蘭、こんらんチョップ、ぴっかり高木とR藤本、ワンインチ、塩コショー、ちゃらんぽらん
死去:ウガンダ・トラ(元ビジーフォー、5月31日)、 赤塚不二夫(8月2日)、内海カッパ(8月27日)、リーガル秀才(リーガル天才・秀才、10月10日)、前田竹千代(チャンバラトリオ、11月9日)、若井はやと(元若井ぼん・はやと、12月8日)、十代目翁家さん馬(12月19日)

2009年

結成:うしろシティ、オレンジサンセット、乙、ダイタク、あわよくば、0.03秒、ザ・ゴリラバンド、黒蟻、千葉チューセッツ、ウメボシエンジン、はまこ・テラこ、スパイク、あやまんJAPAN
デビュー:トミドコロ、ヒューマン中村、あばれる君、カジ、三戸キャップ、ソドム、アンチエイジ徳泉、井上虫歯二本、ゆきち先生、さな
解散:コメディNo.1、ハローバイバイ、さくらんぼブービー、マッドドックス、どーよ、DA-DA、ブラザース、スパークスタート、ランナァズハイ、アビリティモンキー、シーソーゲーム、クールズ、マッチポンプ、ドラハッパー、オレンジジュース、キンデルダイク、庵。、ハロ、トクトコ、リトルドンファン、イアソン、ダルメシアン、いけないパラダイス、8ボール、ボンクラーズ、Mahha、元・無免許ライダー、ラブカップル、タボン、Y&Y、胡喋蘭、鳳仙花、チェリー☆パイ、あんいーぶん、つーから、チェリーの果実、相方不在、楽珍トリオ
死去:前田隣(ナンセンストリオ、2月19日)、坂東邦(元サムライトリオ、2月26日)、二代目桂小春団治(3月30日)、久保田進(サウンドコピー、4月29日)、臼井儀人(9月11日)、五代目三遊亭圓楽(10月29日)、森繁久彌(11月10日)、亀山房代(11月23日)

2010年代

2010年

結成:ギンナナ、マテンロウ、アインシュタイン、春夏笑冬、ねじ、ニューヨーク、ビスケッティ、ホタテーズ、エレファンツ、シマッシュレコード、わらふぢなるお
デビュー:AMEMIYA、キャプテン渡辺、ザクマシンガン山田
解散:ホーム・チーム、ダブルダッチ、5番6番、アイスクリーム、三福星、フィフティーカーニバル、モンキーチャック、ザクマシンガン、三日月シュガー、パパロア、カレー、お先にどうぞ、タンバリン、キラッキラーズ、ビートルホーク、なんばよこやま、ゼミナールキッチン、サギタリウス、デニッシュ、フレンチブルドッグ、クッキーズ、ヒットマン、チャーチル、モンチャック、東京タイツ、爽快パンク、黄昏アンティーク、ワンハイスクール、連戦姉妹、ぱぴゅーん、めっちぇん、さんぽみち、おーばんず、サジタリ、チング、ピンキーワッフル
死去:ミッキー安川(1月18日)、藤田まこと(2月17日)、南方英二(チャンバラトリオ、2月27日)、玉川善治(プロダクション人力舎創立者、6月11日)、谷啓(ハナ肇とクレージーキャッツ、9月11日)、古今亭志ん五(9月28日)、コロムビア・ライト(コロムビア・トップ・ライト、10月26日)、正司玲児(正司敏江・玲児、12月10日)、サムライ勇(サムライトリオ、12月31日)

2011年

結成:スーパーマッシュパーティー、ベイビーギャング、シンクロック、チャンピオンジム、ヤチョウの会
解散:ジャリズム、カリカ、のろし、カノン、朝倉小松崎、ロマンチックセクシー、クロンモロン、ミスマッチグルメ、キスキスバンバン、マッサジル、たかしひでき、ガスマスクガール、四次元ナイフ、シャングリラ、さかなDVD、盗涙王、ブレーメン、バウンサー、ドルフィンズ、ロビンソン、サンロード、サンミラノ、JJポリマー、ハイエナ、シャバダバ、HTH、機動戦士リウンズ、フキノタイタン、ヤングキャベツ、スポンジブルドック、ブルーマウンテン、トリコロール、上海ドール、アロハ、キャラメルクラッチ、ピーナッツパン、メメ、ジェシカ、パルフェ、メロディー、中央線withyou、すっとんきょ、キッチン!、ブルマ、ザ・アンモナイト、シャンゼリーゼ、モラリスト、ハム、ミラール
死去:横澤彪(元フジテレビプロデューサー、1月8日)、喜味こいし(夢路いとし・喜味こいし、1月23日)、三代目桂圓枝(2月16日)、坂上二郎(コント55号、3月10日)、今井辰紀(ワンツーギャンゴ、5月20日)、三城晃子(7月27日)、前田武彦(8月5日)、柳家さん助(9月9日)、白山雅一(9月21日)、伊原寛(ニューマリオネット、11月1日)、立川談志(11月21日)、暁伸(暁伸・ミスハワイ、12月26日)

2012年

結成:アキナ
解散:Bコース、ストリーク、ヤポンスキー、ソーセージ、ぼれろ、ラヴドライブ、ニッケルバック、カブトムシ、少年感覚、ヒダリウマ、モッキンバード、たいよう、あんぺあ、ダメジン、ワラウータン、大蛇が村にやってきた、あしゅら、GUMシロップ、ぷち観音、麦芽、KBBY、にわとりとたまご、キンチャク、チェリブロ、フラッパー☆、夕凪ロマネコンティ
死去:橋達也(1月16日)、大平シロー(元太平サブロー・シロー、2月9日)、藤岡太郎(3月17日)、雷門小福(4月7日)、新倉イワオ(5月9日)、小林すすむ(ヒップアップ、5月16日)、小野ヤスシ(ドンキーカルテット、6月28日)、玉川スミ(9月25日)、古今亭圓菊(10月13日)、桜井センリ(ハナ肇とクレージーキャッツ、11月10日)

2013年

解散:オセロ、ミルククラウン、ムートン、つばさ・きよし、桃組、マンキンタン、レッドクリスマス、HOLLYナイト、あげは、魔女っこ、背中バキボキズ
死去:松島一夫(宮川左近ショウ、3月2日)、アニマル・レスリー(元阪急ブレーブス投手、4月27日)、牧伸二(4月29日)、六代目笑福亭松喬(7月30日)、川上のぼる(9月7日)、桜塚やっくん(元あばれヌンチャク、10月5日)、古今亭志ん馬(10月7日)、田口れんじ(Wコミック、10月11日)、桂春駒(12月31日)

2014年

解散:パシンペロン、かりんとう、アームストロング
死去:海原しおり(海原さおり・しおり、1月3日)、三遊亭右紋(1月23日)、レツゴーじゅん(レツゴー三匹、5月8日)、横山あきお(青空はるお・あきお、6月20日)、春一番(7月3日)、土建屋よしゆき(7月31日)、笑福亭小松(8月2日)、マンガ太郎(8月5日)

日本お笑い界での主要イベントおよびコンテスト

現在も開催中のイベントおよびコンテスト

開催が終了したイベントおよびコンテスト

脚注

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注釈

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出典

参考文献

  • 宇井無愁『日本の笑話』角川書店、 1977年
  • 織田正吉『笑いとユーモア』 筑摩書房、 1979年
  • 『大衆芸能資料集成』三一書房、1980年
  • 樋口清之『日本人の歴史(9) 笑いと日本人』講談社、1982年
  • 有遊会『寄席爆笑帳』三一新書、1985年、
  • 有遊会『浅草芸人爆笑帳』三一新書、1990年
  • 有遊会『東京芸人爆笑帳』三一新書、1992年
  • 原健太郎『東京喜劇―「アチャラカ」の歴史』 NTT出版、1994年
  • 橘左近『東都噺家系図』筑摩書房、1999年
  • 中江克己 『お江戸の意外な「モノ」の値段 物価から見える江戸っ子の生活模様』PHP文庫、2003年
  • 高田文夫『完璧版 テレビバラエティ 大笑辞典」(白夜書房)2003年
  • 山中伊知郎『テレビお笑いタレント史 お笑いブームはここから始まった』ソフトバンククリエイティブ、2005年
  • 大阪府立上方演芸資料館編『上方演芸大全』創元社、2008年
  • 正岡容 『定本日本浪曲史』岩波書店、2009年
  • テンプレート:Cite book
  • テンプレート:Cite book

関連項目

テンプレート:日本関連の項目 テンプレート:Japanese-history-stub cy:Owarai

  1. ↑ 1.0 1.1 テンプレート:Cite book
  2. ↑ テンプレート:Cite book
  3. ↑ 帝京平成大学公式サイト内の「笑い学講座」の第37回「劇団結成の動向4」
  4. ↑ 4.0 4.1 雑誌ケンガイ2005年2月号「R30ボクらが歩んだお笑い道30年史」芸文社刊
  5. ↑ 5.0 5.1 5.2 5.3 テンプレート:Cite book
  6. ↑ 吉本興業所属の芸人の起用が現在では考えられない程極端に少なく、特に大阪吉本からの出演はほぼ皆無であった。ただし同じ大阪芸人でも松竹芸能からは何故か数組出演している。詳細はボキャブラ天国シリーズに登場したキャブラー一覧を参照。
  7. ↑ 7.0 7.1 7.2 『CD付落語入門』(2008)pp.4-5
  8. ↑ 広瀬(2010)pp.13-27
  9. ↑ 『日本映画発達史 I 活動写真時代』 、田中純一郎、中公文庫、1975年12月10日 ISBN 4122002850, p.144-145.
  10. ↑ 10.0 10.1 10.2 10.3 『日本の戦時下ジョーク集 満州事変・日中戦争篇』、早坂隆 中央公論新社 2007年
  11. ↑ ジャパンタイムズ出版部『ジャパンタイムズを知る本』1982年 ISBN 4789001806 p80
  12. ↑ 鈴木拓也『世界のエイプリルフール・ジョーク集』中央公論新社 2008年 p88-92
  13. ↑ 13.0 13.1 ビデオリサーチ・関東地区調べ
  14. ↑ 14.00 14.01 14.02 14.03 14.04 14.05 14.06 14.07 14.08 14.09 14.10 14.11 14.12 テンプレート:Cite journal
  15. ↑ テンプレート:Cite news
  16. ↑ テンプレート:Cite news
  17. ↑ テンプレート:Cite news
  18. ↑ 桂文治11代目襲名興業始まる 日刊スポーツ 2012年9月21日閲覧
  19. ↑ テンプレート:Cite news