江吉良駅

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ホームからの様子。最近簡易な椅子が出来た。

江吉良駅(えぎらえき)は、岐阜県羽島市江吉良町東郷中にある、名古屋鉄道である。当駅で大須方面と分岐していた時代は、普通列車の約半数が当駅を通過していたが、現在は全ての列車が停車している。

利用可能な鉄道路線

利用状況

2010年度の1日平均乗車人員は、569人である。

駅構造

単式1面1線ホームを持つ地上駅。駅南方には、かつて大須駅まで延びていた廃線跡がある。現在の駅舎は駅集中管理システム名鉄岐阜駅管理)に対応した簡易駅舎である。2007年(平成19年)11月27日12:00から駅集中管理システムが導入されている。

なお、羽島線が高架で建設され、その後に大須駅までの区間が廃止となり、当駅~羽島市役所前が高架となったので、一旦地上に降りてから再度上昇する珍しい形となった。

のりば
路線 行先
羽島線 新羽島ゆき
竹鼻線 竹鼻笠松岐阜方面

配線図

テンプレート:駅配線図

駅周辺

  • 江吉良コミュニティセンター
  • 羽島市立中央小学校
  • 羽島市医師会准看護学校

歴史

江吉良駅は竹鼻線の前身である竹鼻鉄道が竹鼻駅から大須駅までの路線を開業させた際、一中間駅として開設された。

その後、太平洋戦争中に合理化を目的として駅の整理を行うことになり、同線においても江吉良駅を含む11駅が休止とされた。この時休止になった11駅のうち長間駅(2001年廃止)のみは3年ほど後に営業を再開したものの、残りの10駅は戦後も営業を再開することなく、戦後20年余り休止駅として存置されていた。

しかし運輸省の指導を受け、営業再開の見込みがない休止駅は廃止することになり、1969年(昭和44年)4月5日にこの江吉良駅を除く9駅は廃駅となった。江吉良駅が存続したのは、東海道新幹線岐阜羽島駅へ連絡する羽島新線(現:羽島線)の敷設計画があり、その分岐点とする予定であったためである。なおこの時、竹鼻線以外でも同様に休止駅を廃止する措置が図られたが、瀬戸線東大手駅も同じように新線建設の関係で休止駅として存続している(栄町延伸工事に伴うもので、1978年に営業を再開)。

そして羽島線が開通した1982年、江吉良駅は竹鼻線から羽島線が分岐する駅として38年ぶりに営業を再開した(再開前の仮称は羽島信号所)。しかしながら隣接する羽島市役所前駅との距離が700mしかなかったこともあり、営業再開後も利用客は少ないと見込まれ、竹鼻線・羽島線ともにこの時新設された急行のみならず、普通の半数も当駅を通過する措置が図られた。なお、この当時は駅の南側に出入口があった。

2001年、竹鼻線の江吉良-大須間廃止に伴って江吉良駅は分岐駅としての機能を失い、書類上は2路線の境駅となるものの、機能的には再び中間駅となった。一方でこのとき当駅に対する普通の特別通過は取りやめられ、同時に竹鼻線・羽島線における急行運転も廃止されたため、江吉良駅を通る全営業列車が当駅に停車するようになった。

  • 1929年昭和4年)4月1日 - 竹鼻鉄道の栄町駅(現:竹鼻駅)-大須駅間開業に伴い開設。
  • 1943年(昭和18年)3月1日 - 竹鼻鉄道が名古屋鉄道に合併、同社の駅となる。
  • 1944年(昭和19年) - 戦中の合理化により休止。
  • 1982年(昭和57年)12月11日 - 羽島線開業にともない復活。分岐駅となる。なお、復活時より無人駅。
  • 2001年平成13年)10月1日 - 当駅 - 大須間廃止。途中駅となる。
  • 2005年(平成17年) - 羽島市役所前 - 当駅間の高架化工事により、駅設備が一新。駅舎が設置される。
  • 2007年(平成19年)12月14日 - トランパス導入。
  • 2011年(平成23年)2月11日 - ICカード乗車券「manaca」供用開始。
  • 2012年(平成24年)2月29日 - トランパス供用終了。

隣の駅

名古屋鉄道
竹鼻線
羽島市役所前駅 - 江吉良駅
羽島線
江吉良駅 - 新羽島駅

かつて存在した路線

名古屋鉄道
竹鼻線
江吉良駅 - 牧野駅

脚注

関連項目

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