ドイツの国家元首一覧
ドイツの国家元首一覧(どいつのこっかげんしゅいちらん)では、1871年のドイツ統一以降のドイツにおける国家元首(皇帝・大統領など)の一覧表を掲載する。国家元首の正式な役職名は時代・政体によって異なり、以下が存在する。なお、原語表記の" - "は複合名詞の単語の区切りを示すものであり、実際のドイツ語表記では使用しない。
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目次
ドイツ国の国家元首
1871年に、プロイセン国王を皇帝とするドイツ国(ドイツ帝国)が建国。1918年のドイツ革命によって帝政が廃止され、国号は「ドイツ国」のまま、大統領(Reichspräsident)を国家元首とする共和制(ヴァイマル共和政)に移行。皇帝・大統領についての詳細は、ドイツ皇帝およびドイツ国大統領の項を参照。
帝政期(皇帝)
代 | 皇帝 | 在位期間 | |
---|---|---|---|
1 | ヴィルヘルム1世 Wilhelm I. |
100px | 1871年1月18日 - 1888年3月9日 |
2 | フリードリヒ3世 Friedrich III. |
100px | 1888年3月9日 - 1888年6月15日 |
3 | ヴィルヘルム2世 Wilhelm II. |
100px | 1888年6月15日 - 1918年11月9日 (ドイツ革命で廃位) |
ヴァイマル共和政期(大統領)
代 | 大統領の氏名 | 所属政党 | 在任期間 | 備考 | |
---|---|---|---|---|---|
1 | フリードリヒ・エーベルト Friedrich Ebert |
100px | ドイツ 社会民主党 (SPD) |
1919年2月11日 - 1925年2月28日 |
制憲国民議会にて初代大統領に選出。就任後、ヴァイマル憲法を公布。在任中に死去。 |
- | 最高裁判所長官 ヴァルター・ジモンス (de:Walter Simons) |
100px | 無所属 | 1925年3月25日 - 1925年5月12日 |
エーベルトが在任中に逝去したため、国会は1925年3月10日にジモンスの暫定大統領就任に関する法案を採択した。[1] |
2 | パウル・フォン・ヒンデンブルク Paul Ludwig von Beneckendorf und von Hindenburg |
100px | 無所属 | 1925年5月12日 - 1934年8月2日 |
直接選挙で選出 在任中に死去 |
ナチス・ドイツ [1]
代 | 国家元首の氏名 | 所属政党 | 在任期間 | 備考 | |
---|---|---|---|---|---|
1 | アドルフ・ヒトラー Adolf Hitler (指導者兼首相) |
100px | 国家社会主義 ドイツ労働者党 (ナチス党) |
1934年8月2日 - 1945年4月30日 |
1933年に首相に就任。全権委任法などにより、憲法・議会を事実上無力化。ヒンデンブルクが死亡した1934年8月2日以降、首相職のまま国家元首を兼任して「指導者兼首相」となり、「総統(Der Führer)」と呼ばれた。在任中に自殺。 |
2 | カール・デーニッツ Karl Dönitz (大提督) |
100px | 国家社会主義 ドイツ労働者党 (ナチス党) |
1945年4月30日 - 1945年5月23日 |
ヒトラーの遺書で「大統領」として指名されていたことにより臨時政府(フレンスブルク政府)の首班となる。降伏後、連合国軍により逮捕され、ニュルンベルク裁判において禁錮10年の判決を受ける。 |
ドイツ民主共和国(東ドイツ)の国家元首
ドイツ民主共和国の国家元首は建国当初、大統領(Staatspräsident)であったが、初代大統領ヴィルヘルム・ピークの死去直後の1960年9月12日、同国は憲法を改正しソビエト方式へ移行。人民議会が選出する国家評議会を最高機関と定め、国家評議会議長を事実上の国家元首とした。このため、ピークは同国の最初で最後の大統領となった。
1990年4月5日、事実上初めての民主的な自由選挙によって選ばれた人民議会が憲法改正を行い、国家評議会制度は廃止された。その際大統領制の復活も考慮されたが、東ドイツの解体がほぼ決定的であったため、新たに正式な国家元首の選出を行うことを断念し、憲法に第75a条を挿入し「共和国大統領の地位、任務及び権限に関する法律が議決されるまで、人民議会の幹部会が国家評議会の権限を行使し、人民議会の議長が国家評議会議長の権限を行使する」[2]とされた。このため人民議会議長のザビーネ・ベルクマン=ポール(キリスト教民主同盟)が、1990年10月2日の国家解体まで暫定的な国家元首として扱われていた。
大統領
代 | 大統領の氏名 | 所属政党 | 在任期間 | |
---|---|---|---|---|
1 | ヴィルヘルム・ピーク Friedrich Wilhelm Reinhold Pieck |
100px | ドイツ社会主義統一党 (SED) |
1949年10月11日 - 1960年9月7日 (在任中に死去) |
国家評議会議長
代 | 国家評議会議長の氏名 | 所属政党 | 在任期間 | |
---|---|---|---|---|
1 | ヴァルター・ウルブリヒト Walter Ernst Paul Ulbricht |
100px | ドイツ社会主義統一党 (SED) |
1960年9月12日 - 1973年8月1日 (在任中に死去) |
2 | ヴィリー・シュトフ Willi Stoph |
100px | ドイツ社会主義統一党 (SED) |
1973年10月3日 - 1976年10月29日 |
3 | エーリッヒ・ホーネッカー Erich Honecker |
100px | ドイツ社会主義統一党 (SED) |
1976年10月29日 - 1989年10月18日 (東欧革命で失脚) |
4 | エゴン・クレンツ Egon Krenz |
100px | ドイツ社会主義統一党 (SED) |
1989年10月18日 - 1989年12月3日 |
5 | マンフレート・ゲルラッハ Manfred Gerlach |
ファイル:Bundesarchiv Bild 183-1986-0617-034, Prof. Dr. Manfred Gerlach.jpg | ドイツ自由民主党 (東ドイツ) |
1989年12月6日 - 1990年4月5日 |
人民議会議長(暫定国家元首)
人民議会議長の氏名 | 所属政党 | 在任期間 | |
---|---|---|---|
ザビーネ・ベルクマン=ポール Sabine Bergmann-Pohl |
ファイル:Bundesarchiv Bild 183-1990-0813-302, Sabine Bergmann-Pohl.jpg | ドイツキリスト教民主同盟 (東ドイツ) |
1990年4月5日 - 1990年10月2日 |
ドイツ連邦共和国(西ドイツ → 再統一ドイツ)の大統領
ドイツ連邦共和国の大統領は連邦大統領(Bundespräsident)という。ドイツにおける他の国家元首とは異なり、その権限は儀礼的・形式的なものにとどまっており、政治的な実権は連邦首相が有している。詳細は連邦大統領 (ドイツ)を参照。