セントラルスクゥエア
セントラルスクゥエアは、長野オリンピックの表彰式会場として使われた約4,700m2の施設である。所在地は長野県長野市鶴賀問御所町1307番地。アスファルト舗装された広場とステージで構成されており、ステージ後方の壁面には長野オリンピックを写した大型の写真パネルが展示されている。
概要
長野市の中心市街地に位置し、善光寺の表参道「中央通り」に面している。地元企業などの共同出資により設立された企業「株式会社長野セントラル・スクゥエア」が運営しており、普段は有料駐車場として営業しているが、土日祝日にはイベント会場として使用されることもある。長野オリンピックの際には
- 屋外競技
- 大会後半に日本人選手がメダルを獲得した屋内競技
の表彰式会場として使われたことから、オリンピック記念施設としての性格を持っている。
沿革
セントラルスクゥエアの所在地には、かつて大型店「ヴィナス長野店」が存在したが、同店が1980年(昭和55年)に撤退した後は遊休地となっていた。1991年(平成3年)にはホテルの建設が計画されたが、実現には至らなかった。
1995年(平成7年)、長野市周辺の企業などで構成されるグループ[1]「長野都市経営研究所」が母体となって、株式会社長野セントラル・スクゥエアが設立された。1996年(平成8年)、同社は八十二銀行・長野信用金庫など地元の金融機関から合わせて約9億円を借り入れ、ヴィナス跡地の一部を購入。隣接する借地とともに整備し「セントラルスクゥエア」とした。当初この施設は
- 広場(約1,500m2)
- ステージ(約220m2)
- 駐車場(45台分収容)
という構成であり、1997年(平成9年)には広場に輸入雑貨店、アイスクリーム店などの店舗も期間限定で設けられた。
1998年(平成10年)1月5日-2月28日の間、同施設は長野オリンピック組織委員会(NAOC)へ無償で貸与され、表彰式会場として使われた。大会終了後、広場部分は有料駐車場となり、ステージ部分は長野市に寄付されることとなった。1999年(平成11年)、長野セントラル・スクゥエアが限定生産のピンバッジを販売し、その売上金約5百万円によって壁面に写真パネルが設置された。
その後、飲酒運転の罰則強化が一因[2]となって駐車場利用者が減少し、同社は借入金の元金返済が進まなくなった。2004年(平成16年)になっても同社は769百万円の借入金を抱えていたが
存続することとなった。
2012年に表参道長野オリンピックメモリアルパークとして再整備され、4月11日に竣工セレモニーが挙行された[3]。
脚注
外部リンク
- 観光スポット セントラルスクゥエア(財団法人ながの観光コンベンションビューロー)
- NUPRI 長野都市経営研究所
テンプレート:ウィキ座標2段度分秒 テンプレート:Olympic-stub
テンプレート:Asbox