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毛利 弘元(もうり ひろもと)は、室町時代から戦国時代にかけての、安芸国国人領主、毛利氏当主。
経歴
文明8年(1476年)に家督を相続する。周防国・長門国の守護大名・大内政弘の勢力下である安芸国人領主の一人であった。諱の弘元は従属していた大内政弘から偏諱を賜ったもの。
大内政弘死後は、その子大内義興に嫡男興元と共に従った。細川氏と大内氏の間で、さらに明応8年(1499年)には明応の政変で失脚した室町幕府将軍足利義稙を保護した大内氏と、幕府の間で揺れる。この危機を自身の隠居ということで解決に導いたが、その心労と酒毒により急死した。
参考資料
- 萩藩閥閲録
- 安芸高田市史