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	<title>ARTA - 版の履歴</title>
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		<id>https://wikippe.e-do-match.com/index.php?title=ARTA&amp;diff=219863&amp;oldid=prev</id>
		<title>121.84.79.10: /* GT500 */</title>
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		<updated>2014-07-08T15:02:30Z</updated>

		<summary type="html">&lt;p&gt;&lt;span class=&quot;autocomment&quot;&gt;GT500&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;b&gt;新規ページ&lt;/b&gt;&lt;/p&gt;&lt;div&gt;{{レーシングチーム&lt;br /&gt;
| チーム名 = ARTA&lt;br /&gt;
| 画像 = ARTA Garaiya 2005.jpg&lt;br /&gt;
| 画像説明 = [[SUPER GT]]に参戦していた[[ASL・ガライヤ|ARTAガライヤ]]&lt;br /&gt;
| 国籍 = {{flagicon|JPN}} 日本&lt;br /&gt;
| 本拠地 = &lt;br /&gt;
| 創設者 = &lt;br /&gt;
| チーム代表 = [[鈴木亜久里]]&lt;br /&gt;
| 関係者 = [[土屋圭市]]&amp;lt;br /&amp;gt;[[金石年弘]]&amp;lt;br /&amp;gt;[[伊沢拓也]]&amp;lt;br /&amp;gt;[[塚越広大]]ほか&lt;br /&gt;
| 活動期間 = 1998年 -&lt;br /&gt;
| カテゴリ = [[インディ・レーシング・リーグ|IRL]]、[[フォーミュラ・ニッポン|FN]]、[[全日本F3選手権|全日本F3]]、[[全日本GT選手権|全日本GT]]、[[SUPER GT]]    &lt;br /&gt;
| チームズタイトル = &lt;br /&gt;
| ドライバーズタイトル =SUPER GT (GT500) 1（[[2007年のSUPER GT|2007]]）&lt;br /&gt;
| ライダーズタイトル = &lt;br /&gt;
| 公式サイト = [http://www.autobacs.com/motorsports/ AUTOBACKS MOTORSPORTS]&lt;br /&gt;
| 備考 = &lt;br /&gt;
| 参戦中1 = [[2014年のSUPER GT]] (GT500)&lt;br /&gt;
| エントリー名1 = AUTOBACS RACING TEAM AGURI &lt;br /&gt;
| レーサー1 = {{flagicon|ITA}} [[ヴィタントニオ・リウッツィ]]&amp;lt;br /&amp;gt;{{flagicon|JPN}} [[松浦孝亮]]&lt;br /&gt;
| マシン1 = 8. ARTA [[ホンダ・NSX|NSX CONCEPT-GT]]&lt;br /&gt;
| タイヤ1 = [[ブリヂストン]]&lt;br /&gt;
| 参戦中2 = 2014年のSUPERT GT (GT300)&lt;br /&gt;
| エントリー名2 = AUTOBACS RACING TEAM AGURI &lt;br /&gt;
| レーサー2 = {{flagicon|JPN}} [[高木真一 (レーサー)|高木真一]]&amp;lt;br /&amp;gt;{{flagicon|JPN}} [[小林崇志]]&lt;br /&gt;
| マシン2 = 55. ARTA [[ホンダ・CR-Z|CR-Z GT]]&lt;br /&gt;
| タイヤ2 = ブリヂストン&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;ARTA&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;（エーアールティーエー、{{lang|en|AUTOBACS Racing Team AGURI}}）は、元[[フォーミュラ1|F1]][[レーサー|ドライバー]]の[[鈴木亜久里]]と[[オートバックスセブン|オートバックス]]が提携して[[1997年]]に設立した[[日本]]の[[モータースポーツ]]プロジェクト。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
設立当初の名称は“&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;ARTA F1 Project&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;”であったが、「F1」の文字を正式な許可無く使用したことが問題になったので、後に“ARTA Project”のみに変更された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
正しい読みは「エーアールティーエー」だが、参戦当初のレース中継では「アルタ」とも呼ばれていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
F1でチャンピオン争いをできるような世界に通用するドライバーを発掘・育成することを目的に設立されたプロジェクトである。[[レーシングカート]]の大会「ARTAチャレンジ」&amp;lt;ref&amp;gt;2007年までは単独の大会だったが、2008年よりオープンマスターズカートに組み込まれ、同シリーズの「ARTAチャレンジクラス」となった。&amp;lt;/ref&amp;gt;を主催し若年層の才能発掘と育成を目指す他、下位カテゴリーに参戦する若い才能へのサポートを行い、レーシングチームとしては[[フォーミュラ・ニッポン]]や[[全日本GT選手権]]（JGTC、現 [[SUPER GT]]）に参戦。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2001年]]には同プロジェクトの支援を受けた[[金石年弘]]が、ドイツ[[フォーミュラ3|F3]]のシリーズチャンピオンに輝いているほか、[[2003年]]には[[金石勝智]]を[[ドイツツーリングカー選手権]]に送り込むなど、ドライバー支援の形でのスポンサードも積極的に行っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2007年]]にはARTAとして参戦、あるいはドライバーのサポートを行っているカテゴリーが&lt;br /&gt;
* ARTAチャレンジ（レーシングカート）&lt;br /&gt;
* フォーミュラ・ニッポン&lt;br /&gt;
* SUPER GT&lt;br /&gt;
* [[インディ・レーシング・リーグ]]（IRL）※パンサー・レーシングとのジョイント&lt;br /&gt;
* [[全日本F3選手権]]&lt;br /&gt;
* [[フォーミュラチャレンジ・ジャパン]]（FCJ）&lt;br /&gt;
* [[世界カート選手権]]&lt;br /&gt;
* [[スーパーアグリF1チーム]]（F1）※チームへのスポンサードと井出有治のサポート&lt;br /&gt;
とモータースポーツの底辺から頂点までを占めるようになり、世界最大規模のレーシングプロジェクト体系となった。&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.autobacs.info/motorsports/HISTORY/arta4.html ARTA Project [第2章 飽くなき挑戦①] 海を渡ったARTA Spirits]&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、2007年限りでIRLから撤退。[[2008年]]にはスーパーアグリF1チームがシーズン途中で撤退。[[2009年]]は経済情勢の悪化から、フォーミュラ・ニッポン参戦を断念するなど活動規模は縮小傾向にあるが、現在も日本有数のレーシングチームの1つである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== フォーミュラ・ニッポン ==&lt;br /&gt;
=== 1998年〜2003年 ===&lt;br /&gt;
フォーミュラ・ニッポン発足時（[[1996年]]）から参戦していた「&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;[[船井電機|FUNAI]] SUPER AGURI&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;（フナイ・スーパーアグリ）」が、[[1998年]]より「&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;ARTA&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;」となる。[[2002年]]までに優勝は3回のみで、何れのシーズンもチーム・ドライバー共にチャンピオン争いに大きく絡むことは無かった。&amp;lt;br /&amp;gt;&lt;br /&gt;
[[2003年]]は[[ルマン|チームルマン]]とのジョイントチーム「&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;[[フォーラムエンジニアリング|Forum eng]], ARTA Team LeMans&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;（フォーラムエンジニアリング・エーアールティーエー・チームルマン）」で参戦したが、実質的にはチームルマンそのものであり、この体制は1年で終了。このシーズンをもってシリーズから一時撤退した。&lt;br /&gt;
* 1998年　#55 金石勝智 / #56 [[脇阪寿一]]（[[ローラ・カーズ|LOLA]] T97-51・[[無限・MF308|無限MF308]]）- ランキング3位（優勝1回・脇阪）&lt;br /&gt;
* 1999年　#55 金石勝智 / #56 脇阪寿一（LOLA B99-51 → [[レイナード|REYNARD]] 99L・無限MF308）- ランキング6位&lt;br /&gt;
* 2000年　#55 金石勝智 / #56 脇阪寿一（REYNARD 99L・無限MF308）- ランキング4位&lt;br /&gt;
* 2001年　#55 脇阪寿一 / #56 [[土屋武士]]（REYNARD 2KL・無限MF308）- ランキング3位（優勝1回・脇阪）&lt;br /&gt;
* 2002年　#55 脇阪寿一 / #56 [[金石年弘]]（REYNARD 01L・無限MF308）- ランキング3位（優勝1回・脇阪）&lt;br /&gt;
* 2003年　#7 金石年弘 / #8 土屋武士（LOLA B351・無限MF308）- ランキング2位（優勝1回・金石）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 2006年〜2008年 ===&lt;br /&gt;
[[2006年]]より参戦を再開。メンテナンスはSUPER GTと同様に[[童夢 (自動車会社)|童夢]]へ委託。予選での速さはみせるものの、決勝での結果には結びつかず、同一の態勢で臨んだ2007年も精彩なくシーズンを終えた。2008年には自社メンテ体制に変更するも状況は変わらなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
経済情勢の悪化などもあって、2009年より再び参戦を休止している。&lt;br /&gt;
* 2006年　#55 金石年弘 / #56 [[小暮卓史]]（[[ローラ・B06/51|LOLA B06/51]]・[[ホンダ・HF386E|HONDA HF386E]]）- ランキング7位&lt;br /&gt;
* 2007年　#55 [[井出有治]] / #56 金石年弘（LOLA B06/51・HONDA HF386E）- ランキング9位&lt;br /&gt;
* 2008年　#55 井出有冶 / #56 [[伊沢拓也]]（LOLA B06/51・HONDA HF386E）- ランキング8位&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 全日本GT選手権・SUPER GT ==&lt;br /&gt;
=== GT500 ===&lt;br /&gt;
[[ファイル:2007 ARTA NSX.JPG|thumb|200px|right|ARTA NSX - [[SUPER GT]] (GT500)&amp;lt;br /&amp;gt;（2007年シリーズチャンピオンマシン）]]&lt;br /&gt;
1998年・[[1999年]]には[[日産・スカイライン#GT-Rとは|スカイラインGT-R]]で参戦した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2000年]]より[[本田技研工業|ホンダ]]とジョイントし、マシンを[[ホンダ・NSX|NSX]]に変更。初年度はオーナードライバーの亜久里に加えて[[土屋圭市]]がドライブした。[[2001年]]より亜久里に変わって[[金石勝智]]がドライブし、この年、最終戦までタイトル争いを演じた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2003年は金石勝智の[[ドイツツーリングカー選手権]]（DTM）参戦に伴い、従兄弟の金石年弘がドライブ。この年で土屋圭市が現役ドライバーを引退した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2004年]]はDTM帰りの金石勝智と[[伊藤大輔 (レーサー)|伊藤大輔]]がドライブした。この年は前年に引退した土屋圭市が監督に就任。しかしこの年はマシンの不調もあり、わずか2ポイントしか獲得できなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2005年]]からは[[Team Honda Racing]]として、[[童夢 (自動車会社)#TAKATA童夢NSX|TAKATA童夢NSX]]同様ホンダ[[ワークス・チーム|ワークス]]となり、総監督に鈴木亜久里、監督に[[童夢 (自動車会社)|童夢]]の[[中村卓哉]]を迎えた体制となり、ドライバーも昨年に引き続き伊藤大輔がドライブし、もう一人は当初[[ジョナサン・コシェ]]だったが、開幕直前に元F1ドライバーの[[ラルフ・ファーマン]]に変更した。シーズン序盤はやや苦戦気味であったが、第3戦（[[セパン・インターナショナル・サーキット|セパン]]）から他チームに先駆けてターボエンジンからNAエンジンへの換装を機に復調。[[ポールポジション]]を3回獲得し、第7戦（[[オートポリス]]）では見事[[ポールトゥーウィン|ポール トゥ ウィン]]で優勝を遂げ、最終戦までチャンピオン争いを繰り広げた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[ファイル:ARTA HSV-010GT 2010.jpg|thumb|200px|right|ARTA HSV-010 GT - SUPER GT (GT500)&amp;lt;br /&amp;gt;（2010年デビューマシン）]]&lt;br /&gt;
2006年も引き続き伊藤大輔とラルフ・ファーマンのコンビで参戦。開幕戦では圧倒的な速さでポールポジションを獲得したが、なかなか優勝することができないでいた。しかし第4戦（セパン）でポール トゥ ウィンを飾る事ができた。一時はポイントランキングトップにつけるも後半戦で不運に次ぐ不運により後退。ランキング7位でシーズンを終えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2007年はTeam Honda Racingを解散し、再びARTAとして前年と同じ布陣で参戦する。開幕戦（[[鈴鹿サーキット|鈴鹿]]）では最終ラップでリタイヤしたものの圧倒的な速さを見せ（予選では鈴鹿におけるGT500のコースレコードを樹立した）、第2戦（[[岡山国際サーキット|岡山]]）、第5戦（[[スポーツランドSUGO|菅生]]）で優勝し早くも2勝を上げる。さらに勢いは止まらず、最終戦を前にした第8戦（オートポリス）で優勝を飾り、ARTA NSXはHONDAにとって2度目となるシリーズタイトルを最終戦を待たずして獲得した。これはJGTC時代を含めてGT500史上初めてのことである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2008年は、メンテナンス体制が自社（スーパーアグリカンパニー）メンテ体制に回帰することになり、再びサテライトチームの位置づけに戻ることになった。ドライバーも伊藤大輔がトヨタ陣営のチームルマンに移籍したため、ラルフ・ファーマンがエースの役目を果たす一方でパートナーには新たにルーキーの伊沢拓也が選ばれることになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
NSX最終年となった2009年は、前年に引き続きラルフ・ファーマンと伊沢拓也のコンビで参戦、第7戦（[[富士スピードウェイ|富士]]）と最終戦（[[ツインリンクもてぎ|もてぎ]]）で2勝を挙げ、ランキング2位でシーズンを終えている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[File:No.8 ARTA NSX CONCEPT-GT at 2014 SUPER GT SUZUKA TEST.JPG|thumb|200px|ARTA NSX CONCEPT-GT - SUPER GT (GT500)&amp;lt;br /&amp;gt;（2014年デビューマシン）]]&lt;br /&gt;
2010年は、車両も[[ホンダ・HSV-010|HSV-010 GT]]に変更した。第6戦鈴鹿では、このレースのために第3ドライバーとして登録していた[[小林崇志]]がGT500史上最年少となるポールポジションを獲得し、レースも優勝を飾った。しかし、これ以外は精彩を欠き、シリーズ11位でシーズンを終えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2011年は、小林崇志がレギュラーに昇格し[[武藤英紀]]とコンビを組んだが、チームランキング15位、ドライバーズランキング14位と低迷した。翌2012年は武藤に代わってラルフ・ファーマンが復帰したが、チームランキング15位、ドライバーズランキング16位に終わる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
HSV-010最終年となる2013年は、前年までGT300クラスに参戦していた[[松浦孝亮]]が小林崇志と入れ替わりラルフ・ファーマンとコンビを組んで参戦。&lt;br /&gt;
&amp;lt;br&amp;gt;第4戦菅生、天候が目まぐるしく変わった影響でトップグループが集団クラッシュすると、その間隙を突いてDENSO SARD SC430、KeePer TOM&amp;#039;S SC430を一気に抜き去り、残り9周でトップに立つ。ファイナルラップ、GT300クラスのトップARTA CR-Z GTに追いつくと、そのままランデブー走行を繰り広げ2台同時にトップチェッカー。ARTA HSV-010にとって3年ぶりの優勝、ARTA初の両クラス同時優勝を飾った。&amp;lt;ref&amp;gt;[http://supergt.net/pages/pg:news_detail/device:pc/ln:ja/year:2013/round:4/gt_class:gt500/id:13147 SUPER GT.NET Rd.4 決勝GT500：衝撃のサバイバルレースに！ARTA HSV-010が逆転勝利]&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;[http://as-web.jp/news/info.php?c_id=2&amp;amp;no=50097 ARTAのダブルウインに、亜久里＆圭市も大喜び]&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2014年はファーマンに代わって元F1ドライバーの[[ヴィタントニオ・リウッツィ]]を起用、松浦とコンビを組む。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== GT300 ===&lt;br /&gt;
[[ファイル:ARTA CR-Z GT Version 2013 in Tokyo Auto Salon 2014.jpg|thumb|300px|right|ARTA CR-Z GT - SUPER GT(GT300)&amp;lt;br /&amp;gt;（2013年デビューマシン）]]&lt;br /&gt;
2001年に[[トヨタ・MR-S]]で参戦を開始。[[2002年]]には[[新田守男]]・[[高木真一 (レーサー)|高木真一]]のコンビでシリーズチャンピオンを獲得した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2003年にマシンをオートバックスが独自開発した[[ASL・ガライヤ|ガライヤ]]にスイッチする。この年はコーナリングはいいものの、[[日産自動車|日産]]から供給された[[日産・SRエンジン|SR20DET（シルビアと同一エンジン）]]がパワー不足で、不本意な成績に終わる。翌2004年にはエンジンを同じ日産製の[[日産・VQエンジン|VQ35DE（GT300クラスに参戦したフェアレディZと同一エンジン）]]に換装するなどのパワーアップを図り、2連勝するなど活躍しチャンピオン争いをするが、惜しくも1ポイント差で敗れる。2005年も第7戦（オートポリス）までポイントランキングトップだったが、最終戦で惜しくも敗れ、シリーズ総合3位に終わっている。シーズン中に、監督の『チャンピオンになれなかったらチーム解散』という一言があったことから、この年を限りに参戦を終了することとなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、2007年に鈴木亜久里の「プロジェクト発足10年目という節目の年に、どうしてもガライヤを走らせたかった」という思いから、再び2005年と同じ布陣での参戦が決まった。1年のブランクがあったものの元々速いマシンが故か、公式テストでは他に引けを取らないポテンシャルを見せた。シーズンでは開幕直後こそトラブル等で芳しくない成績を残していたが、第3戦（[[富士スピードウェイ|富士]]）ラウンドで見事に優勝を果たしている。しかし中盤はは不運に見舞われることが多くなかなか結果が残せなかったものの、第6戦と第7戦で連続表彰台で巻き返しを見せチャンピオン争いに残ったが、結局シリーズ4位という結果に終わりタイトル獲得には至らなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2008年も引き続き同じ体制で参戦することになった。マシンは前年度同様ガライヤであるが、シャシーが新造されており、第2戦（岡山）と第5戦（菅生）で優勝、シリーズ2位でシーズンを終えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2009年も前年同様の体制で参戦し、第3戦（富士スピードウェイ）で優勝、チームランキング4位、ドライバーズランキング5位でシーズンを終えている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2010年も新田・高木コンビで参戦を続けたが、シーズンは未勝利、ランキングも最終戦で[[日産・フェアレディZ Z33|フェアレディZ]]に乗る[[ハセミモータースポーツ]]の[[星野一樹]]、[[柳田真孝]]組に逆転チャンピオンを許し、ランキング2位に終わった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2011年は新田守男がチームを離れ、代わりのドライバーとして松浦孝亮を起用。さらに、それまでGT300クラスにはタイヤ供給を行っていなかった[[ブリヂストン]]がガライヤのためだけにGT300用タイヤを開発・供給するという体制で挑んだが、結果はドライバーズランキング12位、チームランキング10位に終わり、ガライヤ最終年の2012年も同様の体制で、ドライバーズランキング9位、チームランキング8位に終わった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2013年は、マシンを[[ホンダ・CR-Z]]に変更し、カーナンバーも43から55に変更される。ドライバーは前年までGT500クラスに参戦していた小林崇志が松浦孝亮と入れ替わり、高木真一とコンビを組む。&lt;br /&gt;
&amp;lt;br&amp;gt;第3戦マレーシアで見事優勝し、CR-Z GTの初勝利、GT300におけるブリヂストンの初勝利、16号車の無限CR-Z GTとともにワンツーフィニッシュを飾った。&amp;lt;ref&amp;gt;[http://response.jp/article/2013/06/17/200176.html 【SUPER GT 第3戦】GT300はホンダCR-Z対決…ARTA高木&amp;amp;小林組が優勝]&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;br&amp;gt;続く第4戦菅生でも速さと戦略の巧さを見せ優勝。2位に無限CR-Z GTが入り、2戦連続CR-Z GTのワンツーフィニッシュとなった。また、ファイナルラップで追いついたGT500のトップARTA HSV-010とランデブー走行し同時トップチェッカー、ARTA初の両クラス同時優勝を果たした。&amp;lt;ref&amp;gt;[http://supergt.net/pages/pg:news_detail/device:pc/ln:ja/id:13146 SUPER GT.NET Rd.4 決勝GT300：チーム全員の力で逆転！ARTA CR-Z GTが2連勝を果たす]&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;[http://as-web.jp/news/info.php?c_id=2&amp;amp;no=50097 ARTAのダブルウインに、亜久里＆圭市も大喜び]&amp;lt;/ref&amp;gt;チームランキング、ドライバーズランキングいずれも7位。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== インディカー・シリーズ ==&lt;br /&gt;
2003年より[[エイドリアン・フェルナンデス]]率いる[[フェルナンデス・レーシング]]と提携し「&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;SUPER AGURI FERNANDEZ RACING&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;（スーパーアグリ・フェルナンデス・レーシング）」として[[インディカー・シリーズ]]に参戦。ドライバーには[[ロジャー安川]]を起用。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2004年からドライバーを松浦孝亮に変更。松浦はこの年のルーキー・オブ・ザ・イヤーを獲得した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2007年は提携先を[[パンサー・レーシング]]に変更し「&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;SUPER AGURI PANTHER RACING&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;（スーパーアグリ・パンサー・レーシング）」として参戦したが、目立った成果をあげることなくこの年をもって撤退した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==F1==&lt;br /&gt;
前述の通り、[[スーパーアグリF1チーム]]として、2006年から[[F1世界選手権]]に参戦を行っていた。&lt;br /&gt;
チーム自体はARTAの直接運営ではないが(殆どが元アロウズやラルースのスタッフで運営)、オートバックスがスポンサーシップを行い、オートバックスモータースポーツのCMに登場し&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.youtube.com/watch?v=O5J7jczXhKQ オートバックス　モータースポーツCM　2007]&amp;lt;/ref&amp;gt;、ARTA関係のイベントに登場し&amp;lt;ref&amp;gt;[http://response.jp/article/2006/10/16/87228.html SAF1☆ARTA フェスタin鈴鹿サーキット開催]&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;[http://as-web.jp/news/info.php?c_id=7&amp;amp;no=45329 ARTA、ファンとの交流で大いに盛り上がる]&amp;lt;/ref&amp;gt;、ARTAのホームページ上でもARTA体系の頂点と記されるなど&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.autobacs.info/motorsports/HISTORY/arta4.html ARTA Project [第2章 飽くなき挑戦①] 海を渡ったARTA Spirits]&amp;lt;/ref&amp;gt;、ARTA Projectの一部として見做されている。&lt;br /&gt;
これにより、ARTAはモータースポーツの底辺であるカートから頂点のF1までを網羅するレーシングプロジェクト体系を完成させ、スーパーアグリF1チームにARTA出身の[[井出有治]]を迎えることで、設立の目的である「世界に通用する人材(ドライバー)を育て底辺(カート)から頂点(F1)までの道筋を示す」を達成した&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.autobacs.info/motorsports/HISTORY/arta4.html ARTA Project [第2章 飽くなき挑戦①] 海を渡ったARTA Spirits]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&amp;lt;br&amp;gt;&lt;br /&gt;
チームは2008年シーズン途中で資金面の問題が立ち行かなくなり、グランプリ撤退、解散した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{main|スーパーアグリF1チーム}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
{{脚注ヘルプ}}&lt;br /&gt;
&amp;lt;references /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[スーパーアグリF1チーム]]&lt;br /&gt;
* [[モータースポーツ]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www.alnex.jp/ 株式会社アルネックス]&lt;br /&gt;
* [http://www.autobacs.com/motorsports/ AUTOBACS MOTORSPORTS]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{2008年フォーミュラ・ニッポン出走ドライバー}}&lt;br /&gt;
{{2014年HONDA・SUPER GTチーム}}&lt;br /&gt;
{{Motorsport-stub}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:えあるていえ}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本のレーシングチーム]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>121.84.79.10</name></author>
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