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	<title>鼠小僧 - 版の履歴</title>
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		<title>220.211.170.131: /* なおも続く盗人稼業～2度目の捕縛・処刑 */ 五尺に満たぬ小男　動作敏捷</title>
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		<updated>2014-05-20T05:50:39Z</updated>

		<summary type="html">&lt;p&gt;&lt;span class=&quot;autocomment&quot;&gt;なおも続く盗人稼業～2度目の捕縛・処刑: &lt;/span&gt; 五尺に満たぬ小男　動作敏捷&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;b&gt;新規ページ&lt;/b&gt;&lt;/p&gt;&lt;div&gt;{{観点|date=2009年9月}}&lt;br /&gt;
{{Otheruses|江戸時代に実在した人物|彼を題材とした歌舞伎の演目|鼠小紋東君新形}}&lt;br /&gt;
{{redirect|鼠小僧次郎吉|[[大佛次郎]]の小説及びそれを原作とする映画・テレビドラマ|鼠小僧次郎吉 (大佛次郎)}}&lt;br /&gt;
[[File:Kodanji Ichikawa IV as Nezumi-kozō Jirokichi.jpg|thumb|250px|[[市川小團次 (4代目)|四代目市川小團次]]の鼠小僧&amp;lt;br/&amp;gt;[[安政]]4年正月（[[1857年]]2月）、江戸[[市村座]]初演の『[[鼠小紋東君新形]]』より。{{要出典範囲|2代目歌川豊国 画|title=となりの出典には二代目とあるが、三代目が二代目を自称していたこともあり、それがわかる出典を求める|date=2010年8月}}&amp;lt;ref&amp;gt;[展観目録第１２９号 子年に関する図書展目録  http://www.library.tohoku.ac.jp/main/exhibit/sp/rec/sp-129.html] 場所 東北大学附属図書館会議室 昭和47年1月18日(火)19日(水) 各午後1時から4時まで&amp;lt;/ref&amp;gt;]]&lt;br /&gt;
&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;鼠小僧&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;（ねずみこぞう、&amp;lt;!--「ねずみ小僧」とも表記。--&amp;gt;[[寛政]]9年（[[1797年]]） - [[天保]]3年[[8月19日 (旧暦)|8月19日]]（[[1832年]][[9月13日]]））は、[[江戸時代]]後期（[[化政期]]）に[[大名屋敷]]を専門に荒らした[[窃盗]]犯。本名は&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;次郎吉&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;（じろきち）。&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;鼠小僧次郎吉&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;として知られる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
本業は[[鳶職]]であったといわれ、[[義賊]]の伝承で知られる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==生涯==&lt;br /&gt;
以下は「鼠賊白状記」と呼ばれる鼠小僧自身の自白調書による。&lt;br /&gt;
===生い立ち～盗人稼業へ・1度目の捕縛===&lt;br /&gt;
歌舞伎小屋・中村座の[[便利屋]]稼業を勤める貞次郎（定吉・定七とも）の息子として元吉原（現在の日本橋人形町）に生まれる。10歳前後で木具職人の家へ奉公に上がり、16歳で親元へ帰った。その後は鳶人足となったが、不行跡のため父親から25歳の時に[[勘当]]される。その後は賭博で身を持ち崩し、その資金稼ぎのために盗人稼業に手を染めるようになったと伝わる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[文政]]6年（[[1823年]]）以降、武家屋敷の奥向に忍び込むこと28箇所32回に及んだが、文政8年（[[1825年]]）に[[土浦藩]]上屋敷（現：[[日本橋蛎殻町]]二丁目。当時の藩主は[[奏者番]]の[[土屋彦直]]）に忍び込んだ所を捕縛された。南町奉行所の尋問を受けるが、「初めて盗みに入った」と嘘をついて切り抜け、[[入墨]]を入れられた上での中追放の刑を受ける。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===なおも続く盗人稼業～2度目の捕縛・処刑===&lt;br /&gt;
一時は上方へ姿を消し、江戸に密かに舞い戻ってからは父親の住んでいる長屋に身を寄せる。しかし、賭博の資金欲しさにまたもや盗人稼業に舞い戻る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後7年にもわたって武家屋敷71箇所、90回にわたって忍び込みついに天保3年[[5月5日 (旧暦)|5月5日]]（[[1832年]][[6月3日]]）（日付については[[5月8日 (旧暦)|8日]]（[[6月6日|6日]]）などの諸説あり）、日本橋浜町の[[上野国]][[小幡藩]]屋敷（当時の藩主は[[松平忠恵]]）で捕縛された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
北町奉行・[[榊原忠之]]の尋問に対し、十年間に荒らした屋敷95箇所、839回、盗んだ金三千両余り。と鼠小僧は供述したが、本人が記憶していない部分もあり、諸書によっても違うので正確な金額は未だに不明である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
3ヵ月後の8月19日（9月13日）に[[市中引き回し]]の上での[[獄門]]の判決が下される。この刑は本来なら凶悪犯（放火や殺人）に適用される刑であり、この判決は面子を潰された[[武家]]の恨みの産物という見方もできる。なお、引き回しの際には牢屋敷のある伝馬町から日本橋、京橋のあたりまで有名人の鼠小僧を一目見ようと[[野次馬]]が大挙して押し寄せた。市中引き回しは当時一種の見世物となっており、みずぼらしい外見だと見物人の反感を買いかねなかった為、特に有名な罪人であった鼠小僧には美しい着物を身に付けさせ、薄化粧をして[[口紅]]まで注していたという。五尺に満たぬ小男で、動作敏捷といい、捕まったときは碌な家財道具もなく金もなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
処刑は[[小塚原刑場]]にて行われた。享年36。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===その後===&lt;br /&gt;
当時の重罪には[[縁座|連座制]]が適用されていたが、鼠小僧は勘当されているために肉親とは縁が切れており、数人いたという妻や妾にも捕縛直前に離縁状（離婚証明）を渡していたため、天涯孤独の身として刑を受けた。この自らの行いに対しあらゆる人間を巻き込まずに済ませたという点も、鼠小僧が義賊扱いされる要因のひとつとなっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
墓は、両国の[[回向院]]にある。参拝客は長年捕まらなかった幸運にあやかろうと、墓のお前立ちを削って持ち帰り、お守りにしている&amp;lt;ref&amp;gt;[http://ekoin.or.jp/guide/ 名所案内] 回向院公式サイト。2014年1月24日閲覧。&amp;lt;/ref&amp;gt;。また[[南千住]]の小塚原回向院、[[愛媛県]][[松山市]]、[[岐阜県]][[各務原市]]等にも義賊に恩義を受けた人々が建てた等と伝えられる墓がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 鼠小僧の義賊伝説 ==&lt;br /&gt;
{{未検証|section=1|date=2009年9月}}&lt;br /&gt;
鼠小僧について「金に困った貧しい者に、汚職大名や悪徳商家から盗んだ金銭を分け与える」と伝説がある。実はこの噂は彼が捕縛される9年も前から流れていた。事実、彼が捕縛された後、役人による家宅捜索が行われたが盗まれた金銭はほとんど発見されなかった。傍目から見ると彼の生活が分をわきまえた慎ましやかなものであることから盗んだ金の行方について噂になり、このような伝説が生まれたものと考えられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし現実の鼠小僧の記録を見るとこのような事実はどこにも記されておらず、現在の研究家の間では「盗んだ金のほとんどは博打と女と飲酒に浪費した」という説が定着している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
鼠小僧は武士階級が絶対であった江戸時代に於いて大名屋敷を専門に徒党を組むことなく一人で盗みに入ったことから江戸時代における反[[権力]]の具現者のように扱われたり、そういったものの題材して使われることが多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これについて資料が残されていない中で鼠小僧自身にその様な意図が無かったという推測があり、彼が大名屋敷を専門に狙った理由については敷地面積が非常に広く一旦中に入れば警備が手薄であったことや男性が住んでいる表と女性が住んでいる奥がはっきりと区別されており、金がある奥で発見されても女性ばかりで逃亡しやすいという盗みに入りやすかったという理由が挙げられている。また町人長屋に大金は無く、商家は逆に金にあかせて警備を厳重にしていた。大名屋敷は[[参勤交代]]等に代表される[[江戸幕府]]の経済的な締め付けや謀反の疑いを幕府に抱かせるおそれがあるという理由で警備を厳重に出来なかったものと考えられ、また面子と体面を守るために被害が発覚しても公にしにくいという事情もあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==鼠小僧を扱った創作物==&lt;br /&gt;
===歌舞伎===&lt;br /&gt;
* 『[[鼠小紋東君新形]]』（通称『鼠小僧』） [[河竹黙阿弥|二代目河竹新七（黙阿弥）]]作、[[安政]]4年（1857年）初演&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--* 『[[治郎吉懺悔]]』[[鈴木泉三郎]]作、--&amp;gt;&lt;br /&gt;
* 『[[野田版鼠小僧]]』 [[野田秀樹]]作、[[平成]]15年（2003年）初演&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===落語===&lt;br /&gt;
* 『[[蜆売り]]』（しじみ うり）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===小説===&lt;br /&gt;
* 『鼠小僧唄祭』 [[長谷川伸]] 著&lt;br /&gt;
* 『鼠小僧次郎吉』 [[芥川龍之介]] 著&lt;br /&gt;
* 『[[鼠小僧次郎吉 (大佛次郎)|鼠小僧次郎吉]]』 [[大佛次郎]] 著&lt;br /&gt;
* 『鼠小僧次郎吉』 [[吉行淳之介]] 著&lt;br /&gt;
* 『鼠小僧別伝』 [[江見水蔭]] 著&lt;br /&gt;
* 『鼠小僧別伝』 [[直木三十五]] 著&lt;br /&gt;
* 『鼠小僧外伝』 [[菊池寛]] 著&lt;br /&gt;
* 『[[鼠、江戸を疾る|鼠シリーズ]]』 [[赤川次郎]]著&lt;br /&gt;
ほか多数&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===映画===&lt;br /&gt;
* 『[[鼠小僧次郎吉 (大佛次郎)#1932年版|鼠小僧次郎吉]]』（2部作） [[昭和]]7年（[[1932年]]）、[[松竹]]、監督：[[衣笠貞之助]]・[[秋山耕作]]、主演：[[林長二郎]]&lt;br /&gt;
* 『[[鼠小僧次郎吉 (大佛次郎)#1933年版|鼠小僧次郎吉]]』（3部作） 昭和8年（[[1933年]]）、[[日活]]、監督：[[山中貞雄]]、主演：[[大河内伝次郎]]&lt;br /&gt;
* 『[[鼠小僧次郎吉 (大佛次郎)#1965年版|鼠小僧次郎吉]]』 昭和40年（[[1965年]]）、[[大映]]、監督：[[三隅研次]]、主演：[[林与一]]&lt;br /&gt;
* 『[[ねずみ小僧怪盗伝]]』 昭和59年（[[1984年]]）、[[松竹]]、監督：[[野村芳太郎 ]]、主演：[[中村雅俊]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===テレビドラマ===&lt;br /&gt;
* 『怪盗ねずみ小僧』 昭和40年（[[1965年]]）-昭和41年（[[1966年]]）、[[TBSテレビ|TBS]]、鼠小僧：[[三木のり平]]&lt;br /&gt;
* 『[[鼠小僧次郎吉 (大佛次郎)#テレビ映画|鼠小僧次郎吉 必殺の白刃]]』 昭和58年（1983年）、[[フジテレビジョン|フジテレビ]]、鼠小僧：林与一&lt;br /&gt;
* 『[[八百八町夢日記]]』 平成元年（1989年）・平成3年（[[1991年]]）-平成4年（[[1992年]]）、[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]、鼠小僧：[[風間杜夫]]&lt;br /&gt;
* 『[[熱血! 周作が行く]]』&lt;br /&gt;
* 『[[喰いタン2]]』&lt;br /&gt;
* 『[[鼠、江戸を疾る]]』平成26年（2014年）、[[NHK]]、鼠小僧：[[滝沢秀明]]&lt;br /&gt;
他、多数&lt;br /&gt;
====女ねずみ作品====&lt;br /&gt;
鼠小僧を扱ったテレビドラマ作品の中には「女ねずみ」という架空のキャラクターを扱った作品も存在する。これら作品に登場する「鼠小僧」は鼠小僧次郎吉本人ではなく、彼の娘ないしは孫娘が父ないしは祖父の処刑から数年の時を経て江戸の庶民のために「鼠小僧」の名を受け継ぎ活躍するという設定となっている。&lt;br /&gt;
* 『[[浮世絵 女ねずみ小僧]]』 昭和46年（[[1971年]]）・昭和47年（[[1972年]]）・昭和49年（[[1974年]]）、フジテレビ、鼠小僧：[[小川眞由美|小川真由美]]&lt;br /&gt;
* 『[[ご存知!女ねずみ小僧|ご存知 女ねずみ小僧]]』 昭和52年（[[1977年]]）、フジテレビ、鼠小僧：小川真由美&lt;br /&gt;
* 『[[女ねずみ小僧]]』 [[平成]]元年（[[1989年]]）、フジテレビ、鼠小僧：[[大地真央]]&lt;br /&gt;
* 『[[名奉行 遠山の金さん#遠山の金さんVS女ねずみ|遠山の金さんVS女ねずみ]]』平成9年（[[1997年]]）- 平成10年（[[1998年]]）[[テレビ朝日]]、鼠小僧（お小夜・お紺）：[[古手川祐子]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===漫画・アニメ===&lt;br /&gt;
* 『[[風雲児たち]]』 - 化政編に登場。&lt;br /&gt;
* [[モンキー・パンチ]]作品&lt;br /&gt;
** 『[[ルパン三世 (TV第2シリーズ)]]」第24話「怪盗ねずみ小僧現わる」 - 四代目鼠小僧次郎吉が登場。&lt;br /&gt;
** 『[[CR元禄義人伝浪漫|幕末義人伝 浪漫]]』 - 二代目鼠小僧浪漫が主人公として登場。&lt;br /&gt;
* 『[[もーれつア太郎]]』&lt;br /&gt;
* 『[[MOUSE]]』 - 主人公は鼠小僧の子孫であるという設定。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 出典 ==&lt;br /&gt;
{{Reflist}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www.ffortune.net/social/people/nihon-edo/nezumikozo.htm 鼠小僧次郎吉（1797-1832）]&lt;br /&gt;
* [http://www.ten-f.com/goemon.html 石川五右衛門の仲間たち]&lt;br /&gt;
* [http://www.cnet-ta.ne.jp/p/pddlib/photo/sumida/nezumi.htm 鼠小僧の墓]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:ねすみこそう}}&lt;br /&gt;
[[Category:江戸時代の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:盗賊]]&lt;br /&gt;
[[Category:刑死した人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:武蔵国の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1797年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:1832年没]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>220.211.170.131</name></author>
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